詰問
ギルドを出たカノン達は、地図を頼りにアイリスが紹介してくれた宿の前に来ていた。
「ここ?」
『みたいだな』
地図通りに来たのだから間違いはないだろう。
宿の名前もあってるし……。
「泊まれるの?」
横からリーゼがそんなことを聞いてくる。
『これくらいなら行けるだろう』
リーゼの問いに軽い口調で答える。
目の前にあるのは少し……いや、大分高そうな宿だ。
今まで泊まっていたのは安宿とまでは言わないが、日本で言う所のビジネスホテル程度の場所だった。
しかし、ここはどう見ても贅沢をして泊まるような場所。
旅館とか、少しお高めのホテルと言った所だろう。
王都に滞在するために泊まるような場所には見えない。
一応はギルドの紹介してくれる宿なので、あり得ない値段というわけではないだろうが……。
「どうしよう?」
『どうしようも何も、入るしかないだろう……』
俺がそういうと、カノンはゆっくりと頷いて扉を開いた。
宿の中も中々豪華な設えだ。
これはさぞかしいい値段がするだろう……。
「いらっしゃいませ」
カノン達が入るのと同時に受付に座っていた女性が笑顔で立ち上がった。
「えっと……これお願いします」
カノンは恐る恐ると言った様子でギルドでもらった紹介状を渡す。
「はい、お預かりします」
そう言って封筒を受け取った女性は、中身を見てから後ろを向き、奥にいる別の従業員に何かを伝えた。
そしてカノン達の方に向き直る。
「はい、確認しました。アイリス様と同室となっております。ご案内いたします」
女性がそういうと奥にいた別の従業員が出てきて、カノン達を案内してくれるようだ。
ていうか、アイリスと同じ部屋になってるんだな。
まぁ……その方が色々と安心できるか……。
「いいのかな?」
『まぁ……本人がそうしたみたいだしいいんじゃないか?』
いまだに戸惑うカノンにそう答える。
アイリスの独断ならまだしも、ソルが黙認したということはこちらにそこまでの負担はかかってこないはずだ。
その辺りはある程度安心している。
「カノンちゃーん!元気だったー?」
部屋の前に着く前に部屋から出てきて出迎えてくれたのは、普段の冒険者スタイルではなく街中で普通に見かけるような恰好をしたアイリスだった。
「は、はい、今少し戸惑ってますけど……」
「あ~、ごめんね、ここじゃ少し訳があるから……」
そう言って片手で謝るアイリス。
「アイリス様、お手数ですが、こちらにサインをお願いいたします」
会話の切れ目を待っていた従業員がアイリスの何かを渡す。
アイリスはそれにサインをして従業員に返した。
「はい。これでいい?」
「はい、ありがとうございます」
そう言って従業員そのまま戻っていった。
「さて、じゃあ中に入って」
アイリスにそう言われ、カノン達はそのまま部屋の中に入る。
部屋の中も中々豪華だ。
今カノン達がいるのはテーブルと椅子が置いてある。
その奥には別の部屋に続く扉もあって、恐らく寝室とかトイレとかになっているのだろう。
「えっと、アイリスさん?そろそろ説明してほしいんですけど……」
カノンが戸惑いながらアイリスに言う。
「分かってるって、とはいっても……何から説明したらいいかしら?」
そういいながらアイリスは考え込む。
『そんなに難しい話じゃないでしょう……。アイリスがお二人をここに呼んだ理由は、同じ宿の方が都合がよかったからです』
『都合がいい?そういえば何か巻き込まれそうな感じではあったな』
珍しくカノンが折れたのでよく覚えている。
「えぇ、まぁ臨時講師をやるときにカノンちゃんにも少し手伝ってもらいたいことがあるんだけど、そのためってことで……ね?」
まぁ、そういう理由で同じ宿をとる理由は納得しよう。
『なら、何でこんな高そうな宿なんだ?』
「え?高そうじゃなくて高いわよ?」
きょとんとした顔で言うアイリス。
そんなことは言われんでも分かっとるわい!
少なくとも、カノンの普段の稼ぎでここに泊まれるかと言われたとして、無理と即答できる程度には分かっている。
今回は亜竜の素材を売った金があったから流されるままにここまで来たが、普段なら建物を見た時点でギルドに引き返している。
「アイリスさん?」
カノンが笑顔でアイリスに近寄る。
「え?えっと……カノンちゃん?」
心なしかアイリスの顔が引きつっているように見える。
「説明…してくれますよね?」
カノンは表情こそ笑顔なのだが、年相応の無邪気な笑顔かと言われると否と答えるだろう。
とんでもない威圧感を醸し出す修羅の顔だ。
そしてこの状態のカノンには、俺は逆らわないことに決めている。
一度死んでいるとはいえ、まだまだ命は惜しい。
「私、ここに入った時すごく不安だったんですよ?こんな宿、泊まれるわけないじゃないですか。ハクもずっとは無理って言ってましたし、リーゼさんの鞘のお金もいるのにろくな説明もなくこんなところに泊まれませんよ?」
カノンに詰め寄られ、アイリスはリーゼに助けを求めるような視線を送る。
しかしリーゼは無言で首を横に振った。
「私じゃ力不足です」
『先に言って置くが俺も無理だぞ?』
今度はこっちに振られそうだったので先に断っておく。
というか、それしかできない。
「あ、あの……」
「アイリスさん?」
更にカノンに詰め寄られ、アイリスは諦めたようにうなだれた。
「分かったわよ……説明するわ……。でも説明にも時間がかかるから少し離れてくれない?」
アイリスが諦めたように言うと、カノンはアイリスから離れる。
それと同時にカノンの表情も元に戻った。




