迷惑な少年
リーゼの気配を感じてから約1分、全力で飛ぶカノンは速く、既に気配察知には戦っている気配が感知できていた。
気配察知によると、リーゼとセレンらしき気配がゴブリンと思われる気配と交戦中だ。
ゴブリンの数は10匹程度、セレンたちに守られるように少し弱った気配があるので、恐らくその気配がアインだろう。
どうやらまだ生きているようだ。
ただし、問題なのは交戦中のゴブリンの群の奥から、約10匹程度のゴブリンの気配が近づいてきている事か……。
二つの群が同時に襲ってくることなど基本的にはないので、アインが逃走中に何かしたのか……。
はた迷惑なことである。
「……あ、見えてきた!」
ふいにカノンが声を上げた。
確かに俺にも見えてきた。
林と平原の境目でアインを守りながら戦う二人の姿が……。
「ハク!魔法撃って!」
『おう!……ウィンドカッター!』
久々に単独使用されたウィンドカッターは、射程距離ギリギリから放たれた。
上空にいるカノンの周りから発生した風の刃は、そのまま群の後ろにいたゴブリンたちの首を跳ねた。
少し距離があるのでゴブリンの断末魔は聞こえなかったが、あの状態で生きている生き物は早々いないだろう……。
というわけで、首がなくなったゴブリンの断末魔を聞いたであろう前衛のゴブリンたちはその声に振り返り、仲間の無残な姿を目撃してしまった。
そしてその光景に唖然としている間に、背後からリーゼとセレンが残っていたゴブリンたちを倒し、それと同時にカノンがセレンたちの前に乱暴に着地した。
「お待たせしました!大丈夫でしたか!?」
「は、早いね……流石カノンさん……」
少し驚いたように呟くのは竜化したリーゼだ。
見た目はカノンの竜装と大差ないが、スキル的には全く違うようだ。
「リーゼさんの竜化の気配があったので飛んできました」
文字通り…な……。
『どうやら探し物は見つかったらしいな』
セレンの背後に倒れているアインに視線を移す。
腕から血を流しているが、命に別状は無さそうだ。
そしてどうやら意識自体ははっきりしているようで、カノンが到着してからずっとこっちを睨んでいる。
「なんだ、思ったより大丈夫そうだね……」
カノンから聞こえてきたのは呆れを含んだ言い回しだ。
「な、何で魔弱が来てんだ!誰が助けろなんて言った!」
カノンを睨みながら怒鳴るアインに対して、カノンは冷めた視線を向ける。
「Gランクの癖に勝手に町の外に出て、勝手に死にかけてその言い草?」
「い、今頃出てきて!どうせ弱いから最後まで出てこなかったんだろ!」
おぉ……。
どうもゴブリンの首を跳ねた魔法には気が付かなかったらしい。
「別にどう思ってもらってもいいんだけど、死にたいならこのまま放っていくよ?」
「お、お前に守ってもらうほど落ちぶれてない!!」
「……アイン、現実」
「うるさい!」
セレンの言葉にも耳を貸そうとしない。
これを説得することが不可能に思えてきた。
「…はぁ……」
カノンも面倒になったのか大きなため息を吐いた。
「ハク、今から来るゴブリン、出来るだけ衝撃的に倒して」
『衝撃的?言いたいことは分かるが……』
さて、どうするか……。
「……ゴブリン?倒したよ?」
カノンの口から出たゴブリンという単語に反応するセレン。
「もうすぐ増援来るよ?」
カノンがそういうと、セレンの顔が強張る。
リーゼは気が付いていたのかそれほど表情は変わらない。
アインは……全く動じていないというか……。
ゴブリンの危険度を過少に判断しているのか……それとも大丈夫だという根拠のない自信があるのか……。
「ふん、どうせ俺に魔法撃たれて仕返しにでも来たんだろ!また魔法でやっつけてやるよ」
何故か自信ありげに言うアインだが、何となく理解した。
ゴブリンの群相手に遠距離から魔法を撃ったらしい。
そりゃ追いかけられるわ……。
そうこうしている間にも、ゴブリンの群が見えてきた。
「ギ?ギ!ギギャギャ!!」
先頭のゴブリンがアインを指さして何か言っている。
この群がここまでやってきた原因はアインで決まりらしい。
「はぁ…あんたが何をしたのか知らないけど…こいつらの目的はあんたらしいしあんたを置いて行けば私たちは安全だね」
そう言ってアインを見るカノン。
するとアインはバツが悪そうに顔をそむけた。
「……ハク、お願い」
『よし、任せろ』
アイン以外には俺の声を届けているので二人には俺が何かをするということは分かるはずだ。
俺はカノンの背中からマンイータの蔓を出すと、その先端にマンイーターの本体、ウツボカズラのような胴体を作り出す。
「ギャ?」
近づいてきていたゴブリンたちが、警戒して立ち止まる。
ゴブリンから見れば、非力なはずの人間の少女から生えてきた得体の知れない物だろう。
「………………」
驚いているのはアインも一緒だったらしく、大きく口を開けて固まっている。
そういえばアインに俺の能力を見せるのは初めてか?
マンイーターの胴体からはさらに蔓を作ることが出来る。
そうして作った蔓をゴブリンに向けて伸ばす。
「ギ?ギャャ!!」
まずは一番手前にいた一匹からだ。
そのままゴブリンを捕獲すると胴体にぶち込む。
「ギャギャギャ!!!ギギギ!ギ……」
流石魔物なだけあって、マンイーターの消化速度は速い。
ほんの数秒でゴブリン一匹を消化出来た。
「「「「「ギャーーーーーー!!!!!」」」」」
それを見て慌てて逃げだすゴブリン。
『ここまでやったんだ、逃がすか!』
そんなもったいないことできるはずもない。
蔓をさらに伸ばし、そのまま逃げようとしていたゴブリンたちを捕まえて胴体に突っ込む。
ゴブリンによって不自然に膨らんだマンイーターの胴体は、数秒で元の大きさに戻った。
ただし、防音などはないので消化されるゴブリンの断末魔は丸聞こえだが……。
気配察知で近くに魔物がいないことを確認して、カノンがアインに向き直る。
「アイン?」
「ひっ…な、なんだ化け物!」
化け物とはひどい言い草であるが、カノンはまったく気にした様子を見せない。
「化け物でもいいよ?で、大人しく村に帰る?それとも……食べられる?」
何に?とは聞かない方がいいんだろう……。
それを聞いたアインの顔が一気に青ざめる。
「……わ、分かった、帰る…………」
渋々と言った具合だが、一応納得はしたようだ。
「セレン?これで説得終了でいいよね?」
「……うん、ありがとう」
そう言って笑顔で礼を言うセレン。
少なくともセレンは同じ光景を見ているのにカノンに対する評価を変えないようだ。
いい友達を持ったものだ……。
「あれって説得?」
その横でリーゼが首を傾げているが、その気持ちはよく分かる。
どちらかというと脅迫のような気もしないでもない……。
流石に本人には言わないが……。
「ハク?声に出てるからね?」
おぉ……またやってしまったか……。
「そもそもあれやったのハクだからね?」
『まぁ……そうなんだが……やれって言ったのはカノンだよな?』
「あんなエグイ方法だとは思わなかったよ?」
「すまん……」
咄嗟に思いついたのがあれだったんだが……。
確かにインパクトはあるが、ありすぎたらしい。
今度は気をつけよう……。




