迷惑な迷子
「で、あのバカはどっちに行ったの?」
町を出てすぐ、カノンはセレンに聞いていた。
「……まっすぐ」
真っ直ぐ、つまり道なりか……。
この北門から伸びる道はある程度進んだところで枝分かれしているが、まっすぐに行けばアレーナ村の近くまで行ける。
アレーナ村には途中でわき道に入らないといけないが、もしそのまままっすぐ進んだとしたら隣の町に辿り着く。
なのでそこまで荒れた道ではないし、道を行く人も少ないとはいえ皆無ではないので、ある程度の魔物討伐もされている。
それでも護衛なしで移動するにはリスクがあるが……。
そんな道をまっすぐ行った先にある狩場は、以前カノンが初めてオークを倒した平原くらいだろう。
他にも細かな魔物のたまり場的なものは存在しているが、そんなところまで探していたらきりがない。
「じゃあまっすぐ走ってみよ。ハク、気配察知全開でお願い!」
『おう!任せろ!』
言われるまでもない。
カノン達のように移動に体力や気力を使わなくてもいい分、気配察知や嗅覚探知で頑張るとしよう。
カノンが走り出し、その後ろをリーゼとセレンが追う。
しかし、元々冒険者をしていたリーゼはともかく、セレンは果たしてどこまで付いてこられるのか……。
そのまましばらくまっすぐ道なりに走ってみたが、気配察知にはアインらしき気配は引っかからない。
そして流石にセレンの息も乱れてきた。
『カノン、止まれ』
「え?見つけた?」
俺の言葉にカノンは立ち止まって周りを見渡す。
『いや、まだだ。けどこれ以上先にはいないだろう』
「あ、そっか」
隣で息を整えているセレンを見ながらリーゼは納得したような顔をする。
それに対してカノンは首を傾げていた。
『俺たちは大体10分くらい走っていたわけだが、アインが俺たちみたいなペースで走れるとは思わない。だから同じ順路を来たならもう追い付いていてもおかしくはない』
「確かにもっと先にいるって可能性もあるけど、どちらかって言うと途中で曲がった可能性の方が高そうだね」
リーゼが俺の言葉を補足してくれた。
そうなのだ。
実際、俺の気配察知の有効範囲は気配の量に依存している。
人が多い街中では、よほど強い気配、例えばアイリスのような圧倒的な強者の気配でもないとかなり狭い範囲でしか感知できない。
それに対し、今俺たちがいるような開けた場所でなら、かなり遠くまで感知できる。
特に、感知したい気配を知っている場合はなおさらだ。
しかし、それでアインの気配を感知できないということはこの先にもいないだろう。
『可能性として高いのはこの先の平原かとも思ったが……よく考えるとアインが狩場を知っているとは思えないんだよな……』
「確かに……」
俺の言葉にカノンも納得したように頷く。
「でも…じゃあどこだろう?」
「……町の近く?」
カノンが考え込む横で、セレンが呟く。
「ありえそうね……」
確かにあり得る……。
まだ町の外に出たことがなく、魔物を狩った経験もない。
しかし、そうなると捜索範囲がとんでもないことになりかねないぞ?
町の近く全域なんて、とてもじゃないが探しきれない……。
少しでも効率を上げるには……。
「ハク、空から探す?」
それしかないか……。
『よし、なら二手に分かれよう。リーゼ、セレンを頼んでもいいか?俺たちは空から探してみる』
「うん、じゃあ私たちは空から見つけにくい林の中とかを探すね」
とりあえずだが、この分担が一番効率がいいだろう。
流石にセレンを一人にするのは気が引けるし……。
「じゃあリーゼさん!お願いします!」
カノンはそういうと竜装を発動してそのまま空へ舞い上がった。
カノンは町に向かって全力で飛んでいた。
その後方ではリーゼとセレンが町に向かって走っている。
「ハク、どっちだと思う?」
『どっちと言われてもな……。とりあえず手あたり次第しかないだろう……』
「そうだね…とりあえずこっちから行ってみる?」
そう言ってカノンが指さしたのはカノンから見て右側、つまり西側だ。
『そうだな……この距離ならリーゼ達にも見えてるだろうし向こうは俺たちと被らないように探してくれるだろう』
「うん」
カノンは軽く返事をして向きを変える。
そうして探してはいるのだが、アインらしき気配は全く見つからない。
いや、まだ空からの捜索に切り替えて10分くらいだとは言え、下手するともう手遅れってこともあり得るぞ?
さて、そろそろ捜索場所を変えるべきか……。
「ねぇ、ハクはどう思う?もう死んでると思う?」
ふいにカノンが口を開いた。
『そうだな……状況から判断すると、その可能性もあるとは思う。けど、可能性としては低めだろうが……』
そう判断した理由はいくつかある。
まず一つ目は、この辺りに出る魔物はゴブリンやスライムと言った、比較的弱い魔物に限られているという事。
ある程度鍛えた大人なら逃げ切ることも難しくはない。
アインも子供ではあるが、逃げ切れる可能性も十分にあるだろう。
そして二つ目だが、そもそも町の周囲で魔物に出会うこと自体が稀だ。
むしろ盗賊の方が多いくらいだろう。
そして、盗賊に関しても町の近くで襲うような馬鹿は稀なうえ、少女ならともかく体力もない、金もない子供を襲うメリットなど皆無のはずなのでアインが襲われる可能性は低い。
ただし、亜竜の影響で魔物の分布が一時的に変わっている今、それがどれだけ有効かは分からないが、少なくとも町からそう離れなければ簡単に死ぬような目には遭わないと思っている。
まぁそれでも、死ぬ可能性は高いと言えば高い。
街中で安全な依頼ばかり……いや、確かまともに仕事すらしていなかったか……。
街中でのんびりして過ごしていた奴が外に出ても、魔物に襲われればひとたまりもないのは間違いない。
もしゴブリンと遭遇しても、町まで逃げるという選択をすれば助かる可能性もあるだろうが、戦おうとした時点で間違いなく死ぬだろう。
具体的には、攻撃をするために詠唱をしている間に襲われて終わりだ。
昨日の模擬戦を見た限りではそう判断するしかない。
だからせめてゴブリン以上の魔物と出会っていないか、出会っていたとしても逃げていれば助かるだろうと判断している。
「……ほんとに迷惑な奴…」
カノンが思わずと言った感じで愚痴をこぼす。
うん、気持ちは分かる。
『その迷惑って苦情は、アインの親にでも直接叩きつけてやれ、本人と一緒にな』
「……うん」
カノンは少し間を空けて返事をした。
その表情は少しくらい。
カノンは今何を考えているのだろう?
「……ん?」
ふと、カノンが顔を上げた。
『どうした……ん?』
一瞬疑問を持った俺だったが、少し遅れて俺にも分かった。
気配察知の範囲外なのに感知できた気配がある。
竜の気配に近い気配だ。
しかし、この気配は竜に近いとは言っても俺もカノンもよく知っている気配だ。
「リーゼさん?」
『多分竜化を使ったな。俺たちに場所を知らせるためか?』
戦闘でないことを祈りたいが……。
「もしかして見つかった?」
『可能性はあるな』
その生死は分からないが……。
「行ってみる!」
カノンはそういうや否や、身をひるがえしてリーゼの気配がする方に向かって全速力で向かった。
出来れば無事であってほしいな。
ついでに、無事だったなら一発殴ってやりたいが……。




