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『魔女ノトリセツ』

作者: そめやん

とかく蒸し暑い昨今である。はた迷惑な暑さである。やれ地球温暖化だ、氷河の減少だ、エコだ、牛のゲップにおける二酸化炭素濃度が高いだ。駅構内も外気に増して人口密度も過多、おまけに環境を考えた空調設定であるから余計に息苦しいような気持ちにすらなる。しかし背に腹は変えられないことも事実なのである。


<寝坊した!ごめん!あと30分くらい!>


久々に会うというのに、しかしながら友人の遅刻は相変らずの雰囲気を纏っていて、

いや前言撤回。はた迷惑な暑さである。


渋谷駅構内、井之頭線改札はうだるような熱気。信じられない人の数。先を急ぎ歩く人、何やら笑顔で携帯相手に語り掛けている人、柱にもたれ掛かり何となしに手弄りをする人。そんな私といえば、やはり同様に壁へもたれ掛かり腕組をして友人を待っているわけだ。社会へ飛び出して早3年余り。恐ろしい速さで年次が変わり、歳を重ね、今に至る。当時は陳腐に感じられた学生生活も、今思えば何とまあ輝かしかったことか。この改札で何度朝の挨拶を交わし、何度翌日の約束をしたものか。到底社会で役立ちそうな学びを感じられなかったが、それでも専門書へ頭を捻り、やれ試験だやれレポート提出だと連日の徹夜を潜り抜けたものだ。永劫このやり取りが続くなんて考えてもいなかったが、渋谷へ足を運ばなくなる瞬間もこう簡単にやってくるかと思ったものだ。当時はシャツとジーパンで界隈を闊歩したものだった、さながら近所のコンビニへ向かう程度の気配りだった。世に言う「女子大生」には到底気も進まず、相変らず昔のままだと高校時代を知る友人たちからは言われたものだった。


そんな私が、である。


「あ、すいませ…」

壁際にいようが何だろうが人の流れとぶつかるときはぶつかる。謝罪の言葉に耳を傾けることなく、もちろん相手方は謝罪を口にすることもなく、背広のおっさんが横をすり抜けて遠く離れていく。おっさんもおっさんになろうとしてその現実を受け止めているわけではないのだ。学生の領地から一歩外界へ歩みだすと、目の前は随分華やいだように感じた。「オフィスカジュアル」とは巧みな表現で、当時の私にとっては仕切りの曖昧な、やや言い訳がましさすら感じる言葉だった。その時ばかりは、選択の自由もなく背広を着こなすおっさんがよっぽど羨ましく思えた。ま…今や、そんなことも感じもしなくなったわけだが。

急に昔が懐かしく思い返されることも、入社時を思い出していることも、きっときっと暑さと友人の遅刻に誘発されているはずだ。学生時代だってそうだった、待ち合わせ予定の定刻で彼女を拝むことなど、むしろその回数を数えたほうが早いと思われる。自宅は奴のほうが近かったにも関わらず、だ。人の休日を何だと思っているのだ、ああだんだん腹立たしくなってきた。

過去を掘り返すのはこの辺りにして本日の豪華ランチを考えることにしよう、もちろん支払いはむこうだ。社会人になったのは相手も一緒、たまの休日ランチくらいご馳走に上がっても罰は当たらないだろう。さて、そうと決まれば和洋折衷、やはりお灸をすえるには寿司くらいの


「すみません、ちょっといいですか?」


取り出した携帯のロックを解除していると、横から声が聞こえてきた。厳密には斜め下方向から、幼いこどもの声にちょこんと腰辺りをせっつかれた様に思う。

「はい…はい?」

携帯から顔を外すと、まだ小学生くらいに見える女の子が立っていた。大きな黒い三角帽子と、これまた大きな藁箒を肩へ立て掛けるように、右腕で包み込むように支えながら。

「聞きたいんですけど!」

元気いっぱい、くりくりの真っ黒い瞳がこちらを、何か含みを持った視線でもって見つめている。

「な、なんでしょうか」

「魔女になりたいんです!方法を教えてくれますか!」

久し振りに痺れる質問だと思った。


「えっと…魔女になりたいの?」

「そう!おばあちゃんみたいな魔女になりたいんです!」

「おば…?」

そこまで言うならおばあちゃんに聞けばいいじゃない。そんな野暮ったいことを思いつつ、少女と並んで壁に立っていた。得体の知れない女の子は、どうやらいたって普通の女の子ではないらしい。

「おばあちゃんは魔女だったの?」

「そうなんです!夏休みだから、会う前に私も魔女になりたかったの!」

ニカッと太陽の如き笑顔がこちらへ向き直る。もとより緊張はしてない様子だったが、少しずつ私との会話にも慣れてきたようだった。

「そ、そうなんだね…それはおばあちゃんに聞けないね…」

ひきつった言葉しか出てこないが、とりあえず話を合わせてみる。

「ここまではひとりで来たの?」

「そうだよ、それくらいできる!」

もちろん、公共交通機関を使ったのだろう。その小脇に抱えている箒では、多分まだ飛べないのだろうから。

「その、お母さんとかは…心配しないの?」

大丈夫!と女の子は元気よく返す。ここで突然話が途切れ、相変わらず女の子は横にいるわけだが、二人の間だけが暫く静かになった。周囲を歩く人々は別段こちらへ目を向けることなく、各々の動作を続けている。目の端で少女を盗み見てしまう、この私の方が何だかおかしいのかと思わされる。帽子と箒を抜かせばただのよくいる小学生もしくは中学生にしか見えないはずなのに。大きなリンゴがプリントされている白いシャツに短い丈のジーパン。服からはみ出るような腕や足は、「露わ」という言葉が不釣り合いなくらいひょろっと伸びている。年相応といえばその通りな、小麦色な肌からは元気に学校へ通っているであろうことを想像させる。左肩から斜め掛けとなっているやや大柄な革鞄は膨れているようにも見えるが、何が入っているのだろう。それこそ、分厚い古書やら、喋る黒い猫なんかがひょっこり顔を出しても不思議でない気持ちになってきた。それはそれで、もう面白さすら感じる。

「お姉さんはここで何しているの?」

唐突に質問をされ、ギクっと肩を震わせてしまう。

「あ、えと…友達をね、待ってるのよ」

「ふーん、お仕事かと思った」

「今日、土曜日だからお休みなの」

言ってしまってから、もしかしたら親御さんは仕事なのかな、なんて自分の不注意さを感じた。

「お母さんはお仕事なの」

勿論予感は的中。

「あ、そっか…お、お母さんは働き者で偉いね!」

「お母さんみたいな恰好していたから、お姉さんもお仕事なのかと思った」

こちらの心配をよそに、少女は私の服装を指さしながらそう呟いた。何気なく言ったであろう言葉に、はたと自分自身を見るために視線は下へ。黒いパンツにVネックの白いブラウス。半袖ながらに袖口が波打つようにふわりふわりと柔い曲線を描いていて、所謂二の腕隠しの効果付きである。普段の癖で腕時計と、当時付き合っていた人から頂戴したブレスレット。これが悲しいことにお気に入りで、しかしながら物に罪無しと愛用している。少女の言わんとすることもわかる。これはオフィスカジュアルの延長線だと表したいのだろう。

「あー…平日は私もお仕事しているんだよ」

「へー!どんなお仕事しているの?」

女の子はやや興味深げにこちらへ視線を戻して尋ねてきた。年端のいかない子にはさほど笑いどころのない会話になってしまう気がした。

「OLって聞いたことある?そんな感じ…そんなことより、魔女のお話はいいの?」

「あ!そうだった、魔女になる方法知ってる?」

口のあたりに手のひらをあてがって、こどもらしく声を上げる。

「うーんと…ごめんね、私はその…詳しく知っているわけではないの」

「そっかぁ」

そしてあからさまに残念そうな顔をする女の子。コロコロと変わる表情は見ていて飽きない。自分にしてあげられることは何か、素直に渋谷では魔女に慣れないことを伝えるか…いやいくらなんでも酷過ぎるか。

「昔本で読んだけど…猫とか、蛙とか、そういうのから揃えてみたら?」

趣味のそれは、まず形からをモットーとしている私の少ないアドバイスに、

「つかいま、ね!猫がいいんだけどね、お母さんが猫アレルギーなの」

しょげた表情の三角帽子は続ける。

「でも、魔女になったらね、猫とお喋りしたいの!名前はイチゴ!白い猫がいいんだ~」

「イチゴが好きなんだね…」

そうなのー!と返す少女。ここから怒涛の「魔女」に向けた意気込みを伝えてもらった。

「魔女になったら、お空を飛びたいんだ、この箒で!おばあちゃんもあっちこっちへ行ったんだって。それから、魔法が使えたら素敵だなって思うの。なーんでもできるようになるんだよ!とっても素敵!そのためには嫌いなことも頑張らないといかないってお婆ちゃんが…だから頑張るの!」

「頑張るって、何を頑張るの?」

ここにきて、彼女への興味が沸いてきた、そんなような心持ちになっていた。同年代のころ、魔法使いになりたいと考えていたことを思い出したからかもしれない。クリスマスに生まれた子は魔法使いになる、なんて話があったっけ。

「算数!」

つい笑みの漏れるような答えだった。

「算数嫌いなんだね」

「そうなの、難しくって。だけどね、魔女になりたいから、頑張るんだ!」

女の子は健気にも頷いた。もしかすると親の策略なのかもしれないな、と息をつきながらぼんやり考えた。その時、カバンに放り込んでいた携帯のバイブ音を腕に感じた。遅刻女の足音かもしれない。確認をしようと視線を落としている隙に、女の子は私の眼前へ移動していたようだった。


「必要なものって、なりたい、そう思うことだと思うの」


算数もできないとだけどね、女の子は続けた。私ははたと手を止めて彼女を見つめてしまった。

「諦めちゃったらダメになっちゃうって、おばあちゃんが。私もそう思うんだ!

だから箒も自分で作ったんだよ、いつか空を飛ぶために!杖だってここに入ってる」

肩掛けカバンをぱんぱん、と誇らしげに叩いた女の子は、やはり太陽の笑み。

「お姉さん、お話ししてくれてありがとう。私が魔女になれるよう、信じていてね!」

「ご、め、ん~~~~遅くなりました…?」

空気を読まずバタバタと騒がしい足音でやってきた友人の顔には、大きく『その子誰』と書かれていた。

「おともだちも来たみたい!お姉さん、さようなら!」

「あ、さよなら…」

こちらに背を向けて、しかし顔だけはこちらを、私をしっかりと見つめながら女の子は手を振り走り去っていった。まるで嵐のような速さで、雲のようにつかみどころがない、そんな時間だったように思う。

なのに、なのにだ。

「え、誰あの子、知り合い?」

「いや…たまたまさっき一緒になって」

やや上の空に答えると、心配そうな表情の友人もへぇともはぁとも付かない返事をした。

「あのさ、何かなりたいものってあった、将来さ」

「何その質問、突然すぎる」

妙な質問をしていることは重々承知だが、遅れてきたわけだからそれなりの申し訳なさそうな表情を簡単に崩すな。

「小学生のころとか、そんくらいの時」

「えー?何だっけなぁ…小学校の先生だったかな、当時学校の先生が好きでさ~」

「ああ、なんか聞いたかも。それで?」

「それで?…ああ、私そこまで頭良くないし、体育できないしピアノも無理だからやめた」

後頭部に手をまわし、へへへと笑う。

「でも教育系は諦められなかったから、今こうして仕事をですね…いやまじめな話は飲みながらにしましょうよ」

そうだった。この人は形さえ変わっている物の夢を叶えた側だった。


『信じていてね!』


女の子の声が耳元で響いた、そんな気がした。

「それよりさ!ほら!お待たせしてしまったので、ご飯でも行きましょうよ、とりあえず!本日の予定はそこから考えましょ、せっかく休日返上して東京へ出向いてもらっているわけだから」

「前髪を切りたい」

「は?」

歩き出しながら、私は思いもよらず呟いていた。

バリキャリと言えば、流す前髪でしょ。そんな風潮に流され、1年近くかけて納得のいくウェーブがかかるようになった前髪を指さしながら繰り返し言う。

「前髪切る、あと後ろもさっぱりする」

「まじで!?頑張って伸ばしていたじゃん!いいの?」

「いい、なんか初心に戻りたい気分」

「えええ…後悔しない?」

ふむ確かに、と思う。一時のテンションに身を任せるやつは身を滅ぼすって偉大なる言葉も残っていることだ。しかしながら。

「今後悔したくないから、とりあえず勢い付いている今やりたい」

そう、と不信そうに首を縦に振る友人。とにもかくにも、まずはランチに行こう、とやはり携帯を取り出す奴を横目に、先ほどの駆け出し魔女を思い浮かべる。

まだ戻れるはずだ、私だって魔女になれると思えそうだ。


―――おしまい―――

小説とは名ばかりの、意思表明を含めた文章となりました。笑


魔女になりたかった、あの気持ちを忘れかけていたのですが、満員電車に揺られていたらフッと。

すっかり忘れていた気持ちと言葉がぼんやり零れてきたことをきっかけに物語に例えてみました。

もう少し肩の力を抜いて、ゆるく、好きなことにも手を出す余裕をもっていこうね、と。

結果、掴みどころのない文章となりましたが…。


ご覧いただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言]  魔女。何気ない日常の1コマに現れた健気な女の子の夢。小学生くらいの時の純粋な気持ちを忘れたくないなあ、と。  子どもの頃の憧れを今持っていたっていいじゃないか。そんな風に、大人たちの背中を…
2018/11/05 22:00 退会済み
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