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東西の渡り  作者: 灰撒しずる
南北章‐ひとよがたり
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三 竜商い

 泉の女王に頼まれたとおり、山を下り谷を越えたすぐ先に在るシーナ国を訪ねたヒタキは、ナリュムの宝物を売り込むという形で王宮を訪問して王族に対面した。さり気なく、見た目には同い年ほどの第一王子に箱を渡す。女王が注意したとおり彼は栗毛で弟王子は金髪だったから、間違いようがなかった。

 その後、箱がどうなったのかをヒタキは知らない。ただ兄王子は病みついて苦しんでいるという噂を聞いたのみだ。ユカリたちは暫くあの国には近づかないことになった。

 ヒタキも精霊の気にあてられたのかイナサのことが響いたのか、暫く体調を崩し里に身を置いていた。久々の遠出はマトリとアイサと共になり――行き先は海でも山でもなく、南北にと広がる人の国々の中でも中心部に位置する大国、四百年ほどの歴史を持つアウースだった。ユカリの里から飛び続けて十日ばかりで、栄えた国の南都に至る。

「アイサ、町の中もなるべく道覚えろよ。此処はよく来るからな」

「うん、分かった」

 そこでの最初の仕事は竜商いだった。袋に藁を詰めて大切に包んだ卵を、今回は十、運び込む。

 竜商いは渡りたちにとって大切な収入源だ。南北であろうと東西であろうとそれは変わりない。それぞれの竜は預け袋を肩から提げて歩くのは、大陸最大の竜市場、大竜商会という組織の敷地だ。至る所から竜を連れ、また竜を求めて、客が集まってくる。

 世話をしてやればよく親しみ、体力が非常にあり、大抵は力持ち。豪胆と言えるほどに落ち着いている。人の友として歴史の長い竜は翼のあるもの、屈強な四肢を持つもの、泳ぐのに適した鰭や尾を持つもの――それらの中でも大きいものや小さいものなど多様に存在するが、実は皆一つの種だ。竜は卵の中で生まれてくる先のことを感じ取り、その環境に適した姿になって外に出てくる。水の中ならば泳げるように、高所なら飛べるように、砂の上ならそれに適した足の形、という具合で、人がそれに気が付いてからその生態は多様化した。

 だから旅をする渡りたちは卵を持ち歩き、様々な環境に触れさせる。そうするとヒカタがそうであるように、泳げて飛べる上にどんな土地に行っても健康な、器用なよい竜が生まれてくるのだ。卵を預かって歩き回るだけでも稼ぎになる、身入りのよい仕事だ。

 近頃は鑑賞用にと小柄になるようにした上で毛色を調整した――これも生まれ来る土地に見合ったものとなる――竜も多く出回るようになった。

 成体の竜の取引も多いが、幼竜の場合は卵の状態で運び込んで、その場で孵化させて具合を見るのが基本だ。硬い殻に覆われた竜の卵は一つが大きな南瓜ほどもある。それをヒタキとマトリは四つ、アイサは二つ、頑丈な袋に入れて運ぶ。

 大竜商会はそこだけでちょっとした町のような広さで、竜で移動する者も多く見られた。ユカリの持つ竜は大半が飛ぶことと泳ぐことに特化して足が強くないので歩くなら自力のほうが早いが、行き交うものの中には事故でも起きそうな速度で駆けていく竜も居る。

 その辺りは慣れたもので、先頭に立ったマトリは周りをよくよく見渡して娘たちが道に出るのを制した。成体竜の展示場やら調教場やらを眺めながら、三人も卵も無事に奥へと進み、敷地で一番大きな建物に入っていく。中は灯りが多く明るく、どこかの屋敷勤めのような良い服を着た受付や見張りが何人も居た。

「あれ、素敵」

 アイサが父に囁いたのは、奥に並べられた様々な紫色の装飾品に対してだ。石か陶器かと思える雰囲気の表面だが、よくよく見れば厚みがない――竜の卵の殻を細工した物だった。竜の仔が破った殻の残りを形を整えたり彫物をしたり、また何か別の素材に象嵌したりして使うのだ。死骸も革を剥いで使う竜はこのように余すところがなく、卵の殻までが取引の査定に入る。だからこそ孵化もこの場で行うのだ。

 一部が割れただけで丸い形を保った希少な殻は、透かし彫りを施し灯りのかさにして飾られていた。横に見張りが立っているとおり金貨をいくつも積まないと買えない代物で、 他の品もけっして安くない。貴族の子女ならともかく、自分の娘にはなかなかという値段を横目に、マトリは肩を竦めた。

「あれを土産にするのはちょっとなあ。家に帰ったら自分で作ってみたらどうだ? タダで済む」

「お前が作るんじゃないのか」

「俺はああいうの得意じゃない、知ってるだろ。木彫りだってお前のほうが上手いんだ」

 ヒタキのつっこむ声にも肩を竦めたまま、マトリはまっすぐに受付へと向かった。にこやかに待ち受ける従業員の前に、静かに卵の入ったを置く。

「ユカリの者だ。卵を十。アッベディ殿が居れば彼に取り次いでくれ」

「かしこまりました。確認の間こちらに記入を」

 ヒタキもその横に袋を置いた。アイサの袋も取り上げて、子供にとっては高さのある台へと置く。

 すぐに袋を開き、藁を除いて中身を確認する手があった。ユカリの持ちこむ卵はすべて藍に近い濃紫色の殻をしているがこれは竜の血統によるもので、先の展示や周囲でやりとりされている卵を見れば濃淡も赤青の度合いも様々だ。自分たちの持ち込むこれは、鮮やかさに欠けるとも、品があってよろしいとも、ヒタキは聞かされていた。場所柄か商人の人柄かは分からないが、値の落としどころは装飾品の相場などを見て決めることにしている。

「やあ、マトリか。久しぶりだな」

「ああどうも、ご無沙汰しております。前来た時は会えなかったから結構経ちますねえ?」

 マトリが帳面に文字を書きつける間に現れた男に、ヒタキは顔には出さないまでもぎょっとした。従兄が自然かつ笑顔で応対していることから相手は現在この商会でユカリの一族の担当についているアッベディに他ならないが――彼はヒタキの記憶している姿とは随分変わっていた。

 まず体格。前に会った時はすらりとしていたが、今はかなりふくよかで全体的に丸みが出来ていた。そして服は、以前は他の従業員と同じものであったが――豪奢な金の飾りが襟にも袖にもあるのは、建物の支配人級のものだろう。昇進したに違いないが、あの控えめな人、などと表現しておけば間違いのなかった以前と比べると随分派手だ。表情も以前とは違う覇気のようなものがある。髭をたくわえ、皺も目立つようになったが。

 子供ができた為に東西に渡らず人の国での取引を任されていたマトリと違い、ヒタキが此処に来るのは実に八年ぶりだった。十年近い歳月。人間なら年も取るし多少の変化は当然だろう。が、それにしてもと思うほどであったのは確かだ。

「娘のアイサです。そっちは――変わってないのでお分かりかと思いますが、ヒタキです」

 笑いながらの挨拶の末に、マトリはアイサを示して――少し考えて一応と付け足した。小さく挨拶したアイサに笑いかけたアッベディは、言うとおりに八年前と変わらぬ姿を見つけると目を丸くする。ユカリの者は皆似たような旅装束なので、誰が来ても面と向かうまで気づかないのだ。

「ああ、おお。久しぶりだな……マトリと違って君は変わらんな、驚いた」

 この男は、ユカリが東西の渡りであることを知っている。しかしこのあたりを実感するのは初めてで、本当に、と言わんばかりの顔だった。

「ええ、お久しぶりです。会わぬうちにそちらはご立派になられたようで、私も驚いてしまいました」

 とやかく説明する必要も誤魔化す必要もない。ヒタキはそつのない挨拶と笑みだけを返した。しげしげと見る視線は感じたが、それもいつものことだと笑ったままに受け流す。むしろ大人しく気弱なところのあるアイサへの言及が減ってよかったと思うほどだ。

 ここで慣らそうと思うのではなく庇いたくなるあたり、姪に対し過保護だという自覚もあったが。

 己を見上げたアイサにも困ったように微笑んで、ヒタキは視線を受付の台へと逸らした。クッションを敷いた箱の上に持って来た卵が並べられている。これだけ数があればかなりの額が貰えるはずだ。

 本当は、売るはずの卵はもう一つあった。はぐれたイナサの代わりに一つ、手元に残すことになって減ったのだ。

「卵を十、な、確かに預かった。そう……この分だと三日はかかるな? もう宿は取ったか?」

「いえこれから。どこか空きがありますかね? あ、ヒタキはすぐに別件で抜けるんで……一部屋あれば十分……」

 見た目は大いに変わった竜の売人だったが、卵に触れて孵化までかかる日数を測るのはヒタキの記憶と違わず慣れて早かった。不正のないよう両者立ち合いの下、というこの組織の形態も、宿泊に関して取り次ごうかと気遣う人の好さもだ。

 体よく宿まで案内してもらうマトリの声を聞きながら、ヒタキはひっそりと息を吐き出した。

 商会持ちの宿に部屋を取ってもらってアッベディと別れた三人が乗ってきた竜を預けた厩舎に戻るのは、卵の重さが無い分行きより早かった。預け札を番に手渡し、ヒカタ、ナライ、シナト、それぞれの持ち竜に対面する。翼の強い良い竜ですね、と世辞でもない褒め言葉を受けながら、外へと出た。

 昼下がりの町は賑わっている。何階建て、というような大きな建物がこうも並ぶのは、他国では都の他にはなかなか見られるものではない。漆喰塗りの大きな建物は何の店かと思えば、人が住んでいるだけの家だということもかなりある。これで都ではないというのだから、この大国の栄えぶりは誰に訊くまでもないことだ。

「さて別行動か。ヒタキは城で二日、俺たちは他の商いついでに程々に遊んで、卵が孵るまで待機して稼ぎが出たら帰る。いいな? 衣装と小道具はちゃんと分けたよな?」

「ああ、高く売ってこいよ」

 田舎者の部類であるユカリ一族からすれば、観光して遊ぶには十二分だ。

 そんなことの透ける大分軽くなった荷を叩いてのマトリの確認に、ヒタキは頷いた。緩い調子で暫く過ごすのだろう父娘が多少羨ましくもあったが、アイサの経験の為でもあったし、仕事の配分としては妥当なところだった。急いで帰れとも言われていないから、務めを終わらせてしまえばゆっくりする時間もないことはない。

 ふと、自分の家や近くの町村では見ることの無い白壁の建物を眺めていたアイサが顔を上げ、二人を見た。

「そういえば城って何しに行くの?」

 商い、と言ったほうは父母もよく出向くいつもの仕事であるから、彼女にも察しがついていた。ヒタキが以前に持ち帰った蝶の翅や水晶の皿の残りを含め、様々な東西の品を商人に売りつけに行くのだ。けれど城のほうはどうも違うようだと、父の言い方が引っかかる。

 ヒタキは不思議そうな顔をした姪と視線を合わせて笑みを浮かべた。

「夜会に出るんだ。宴会というか……祭にも近いかな。ご馳走を出して、人を招いて会話を楽しみ、踊ったり歌ったりする」

「今日はこの国の王の主催でな。色んな国の偉い人が呼ばれてる」

 裾を噛む竜を窘めながら分かりやすい言葉を探して言うと、マトリが付け足しした。大国アウースの王の催しともなればその絢爛さとたるやそこらの宴会や祭とは比べ物にはならないが、王侯貴族の見る風景など物語でしか知らぬ娘への説明としては妥当なところだった。

「えー面白そう。いいなあ」

「でも仕事だ。そういう遊びに来た人たちの前で、皆に聞こえるように妖精かなんかの話をしてくる。商いのほうが早く終わるし楽だぞ、多分」

 きっと楽しく、見たこともない珍しいものが見られるのだろうと羨ましがる子供。昔の自分も思い出しながらヒタキが続けると途端、彼女は渋い顔となった。

「……一人前になるにはそういうのもしなきゃいけないの?」

 年を取って少しは口数が増えたが、人前に出て長々話すなど到底出来そうにもない。そういう大人しい娘だった。それもよくよく知っているヒタキとマトリは、分かりやすい反応に揃って肩を揺らした。

「得手不得手ってやつだな。あんまり下手にやって面白くなかったら次から仕事が来なくなるかもしれないから、上手い奴しかやらないよ」

 マトリのざっくりとした説明はある意味では酷い言い様だったが、アイサは安心した。

 それならば自分が呼ばれることはまずない、との安心のほうが、話が下手だと言われての気落ちより先だ。むしろ下手で助かったというくらいだ。ほっと、また分かりやすく息が漏れる。

「お父さんとか、お母さんは?」

「お父さんは、この前別の場所でやってきた。お母さんは、ヒタキのほうが上手いから行かない。……ほら、話聞かせてくれても雑だろ」

 大荷物の馬車が通るのを視界の端に、三人は竜を連れて少し歩きながら会話を続けた。幾分移動距離の長いヒタキは既に頭巾の後ろに避けていた面覆いの留め紐を解いて片手間に支度を始めているが、時間には十分余裕があり、慌ただしい雰囲気はない。

 母は、とケリについて説明を受けた娘アイサは大人二人がケリを憐れむほどあっさり、隠すこともなく、ああ、という顔をして見せた。

「確かにヒタキとかお父さんのほうが上手。お母さんのはたまに、よく分かんないところある……」

「ケリは大雑把だからな……」

「あー、まあ、今日は何の話にするんだ?」

 ヒタキは目を逸らしながらも同調したが、マトリは夫として話を逸らしておいた。「お父さんも言ってた」――なんて、後で告げ口されては堪らないと思っている節もある。

「櫛探しの話」

 面覆いを正面に回し耳の後ろで紐を結わえたヒタキが、布の下で短く応じる。目より下、顔の大半を覆ってしまえば、紫の目だけやけに印象が強い。

「お前あれ好きだなぁ」

「私も聞いたことあるやつだよね?」

 きょとんとした顔をして、からかうような口振りのマトリの後にアイサが言う。簡素な題には聞き覚えがあったその話は、彼女にとっては特別なものではない。

「ああ、皆知ってる。昔の渡りの話だからな。そういうのを物語に仕立てるんだ」

 後に渡りとなる為に大人たちから聞かされる、先人たちの経験談だ。いくつもあるうちの一つ、父が、祖父が、曾祖父が――と、まずは誰の話だったか、自分の系譜を辿ってから始められる講義。いくつもの教訓といつか役に立つかもしれない異界の知識が、そこには詰まっている。

 代価を受け取っての物語はただ東西の不思議さや珍妙さ、美しさを供して楽しませるものでしかないが、本当はそういうものだった。

「さって行くか。――きっと何かお土産が貰えるから、そっちを楽しみにしておいで」

 区切りをつけてヒタキは言った。ひらと手を振りヒカタに跨る。慣れた旅人の道を邪魔するものはなく、竜は仲間たちに一鳴きして空へと舞いあがった。

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