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東西の渡り  作者: 灰撒しずる
西山章‐山々渡り
5/17

二の二 白き王の国アムデンⅱ

 あの酒は程よく酔うだけで翌日酔いが残らないのもよい、とヒタキは思う。

 すっきり目覚める朝の涼やかな光の中もぞもぞと着替え、近くの湧水で顔を濯ぎ酒ではなく水で喉の渇きを潤したヒタキは、水嚢にも新たに水を満たし露濡れた落葉を蹴ってあの寝床へと戻った。

 麻袋から取り出した胡桃とやや乾せたどんぐりのパンを齧りながら髪を結い直し、頭巾も被り留め紐を締めて己の支度を整え、未だ寝床で微睡む竜たちを叩き起こす。夜露朝露を厭いイナサも籠の中に入っていたので二頭が同時に身じろぎ起き上がることとなり、籠は大いに揺れた。ヒタキは慌てて這い出して転げてきた荷を受け止め、きょとんとした顔のヒカタと対面しつつ、明日はやりかたを考えようと心に決めた。

 貰った果物を竜に与えてその間に鞍を置き荷を括りつけるのは慣れたもの。すっかり腹を満たした彼らの葡萄の汁で濡れた口元を拭う丁度良い頃合いで、鳥たちが現れた。

 翌朝の蝶捕りの案内に付けられたのは、普通のものよりは随分大きいが、隼の兵長や梟の賢者とは違い、人で言えば子供ほどの体躯しか持たない夜鷹だった。王に仕える密偵で、虫探しとなれば右に出るものはないほどの巧者なのだと言う。

 樹皮色をした彼は他に護衛の十羽――夜鷹に鶫や鶺鴒――も引き連れて、ヒタキの前でびしりと整列して見せた。藍色のリボンが首に揺れるのは、隼兵長の徽章と同じようなものだろう。

「兎肉の色をした蝶の居所にご案内するようにと申しつけられております、間違いありませんかな。……もっと味のよい虫が居りますよ?」

 夜の狩猟者である彼は他の者たちよりなお静かに飛ぶが、声は弾んだ特徴的なものだった。

 兎肉の色、との何とも言えぬ表現にヒタキは目を丸くしたが――すぐになんだか納得してしまった。この山には無い花、薔薇に例えた色が通じたのは、賢い梟相手だったからかも知れない。改めて考えれば薔薇よりも兎肉のほうが精が付きそうでそれらしいではないか、と。

「――いや、いいんだ、その蝶で。よろしくお願いする」

「はっ。出過ぎたことを申しました。好みは鳥それぞれであります。肉も魚も木の実も好き好き。私どもにお任せくださいませ」

 その色々と思いを巡らせていた間を何と思ったか。生真面目な夜鷹にヒタキは人は虫を食べないということを言いそびれてただ笑った。

 夜鷹を先頭にし、ヒタキとその竜たちを上下前後左右と取り囲む形で他の十羽が隊列を組んで蝶の住処だという林まで飛ぶ。途中、竜の横など慣れぬ者たちが何度か接触しかけて危険だったので、ヒタキはイナサの背を使わせてやった。鳥でありながら他の翼を借りるなんて、と口々に言っていた彼らだったが、なかなか無い経験に態度のほうではむしろ興味津々とみえた。竜の背に並ぶ羽毛の塊は奇妙な飾りのようだ。

「お客人、もうすぐ見えてきます。あちらです」

 そんな奇妙な一行は半刻ほど飛び続け、件の林に到着した。声をかけた夜鷹が降下した先は葉を黄色に変えた楓の林で、赤や茶に色づいた場所よりも蝶が目立ちそうだ。倣って降りた竜の上で、ヒタキはさっと辺りを見回した。積もった葉に足をとられたヒカタが前のめりになって慌ててしがみつく。

「あ、」

 そんな中でもそれはすぐに見つかった。視界をひらと掠める、木の葉とは違う鮮やかな色。最初の一匹は歩く先に向かって消える。体を揺らして歩いた夜鷹が木陰から向こうをそうっと覗き、ヒタキを振り向いた。

「居りました。あれは清水の所に集まるのですよ」

 ヒカタから離れどれとその後ろから覗きこんだヒタキは一時、言葉を失った。居るのはどこかと、探すまでもない。

「……すごいな。これだけ居れば捕まえるのも簡単そうだ」

 木陰に積もる黄色の上にある、薔薇色にして兎肉色――つまるところ淡い赤色の茂みのような物は、煌めく翅を動かして飛ぶ蝶の群れだ。夜鷹の言葉どおり、湧水の上に集まって喉を潤しているのだ。その数百は下らない。

「皆で捕らえて参りましょうか。生け捕りがよろしいですか?」

「生け捕りもいいが、とりあえずたっぷり捕れれば構わない。――たっぷり捕っていいのだよな?」

「はっ、勿論。此度の武具の返礼でございますのでお好きなだけ」

「では」

 ちらちらと色を変え蠢く様は揺れ動く炎のようでもある。じっと眺めながら話をして、ヒタキはヒカタの傍へと戻り荷を開く。麻袋を広げて空気を呑ませて膨らませ、二三、鳥たちと算段をする。鶺鴒は尾を振りながら相槌を打った。

 即席の虫取り網を手に、ヒタキは忍び足で蝶の群れに近づく。何処が後ろも前もないが、生きた茂みは身を捩るように動いただけだった。近づけば羽音も聞こえる。

 心中で数を数え――えいやとばかり、ヒタキは勢いよく布袋を被せる。途端、一塊の何かと思えた蝶たちはその結束を解いて一匹ずつ飛び散っていく。そこに飛びこんで夜鷹たちが押さえつける。

 思わず止めていた息を吐き、ヒタキは鱗粉に汚れた手でひとまず袋の口を握った。袋の中羽ばたく気配は何匹分か、方々に飛んでいったものが多すぎてあまり捕まっていないように思わされるが、手応えはあった。

 黄色の中点々と見える蝶の姿は薔薇の花弁でも撒いたようだ。夜鷹たちは慣れたもので、宙や草葉の上で止まるものを捕まえて嘴と足を一杯にしていた。ヒタキが寄って袋を少し開くと、その中に捻じ込んでいく。生け捕りでなくともと言った為か、拉げた見た目になっている物もいくつかあった。

「やっぱりこいつは味が悪いなあ」

 とぼやくのも聞こえて、ヒタキは口元に笑いを含んだ。

「お客人、少しすればまた集まって参ります。もう一度やりましょう」

「うん、よろしく頼む」

 散った蝶をどうしようかと視線を滑らせていた不慣れな人間に、夜鷹は深く考えることもなく進言する。これは確かに頼りになると感心してヒタキは一度手を拭った。布が薄赤い銀を帯びるのは汚れというより彩りのようだ。

 水の湧く場所から少し離れて談笑して暫し。今度は頭巾についた面覆いであらかじめ目より下を隠して臨む。少し前を忘れたように集っていた蝶たちは、再びの麻袋の強襲にまた慌ててばらばらに広がっていった。

 三度も繰り返せば袋の中は盛況となって、もがく様子も持つ手に十分伝わるほどとなった。これだけあれば相当の稼ぎだ。翅が十枚で銀貨になる。

「大分捕れたな、大猟だ」

「どうでしょう、まだやりますか。それとも他の虫に致しましょうか」

 日はようやく木々の天辺に差し掛かろうかというところだ。ヒカタとイナサを見遣れば仕事もなくのんびりと寛いでいるし、ヒタキもまた疲れからは遠い。

 蝶を大量に持ち帰るよりも何か他のあてを探したほうがよいだろうと、その点では手馴れている渡りは考えた。稀少な物のほうが高く売れるものだ。人の世では見かけるのが稀な媚薬の材料は、袋一杯に満たせば十分だ。

「そうだな……ああ、この山には宝石虫も出ると聞いたが、あれは捕れるかな」

「宝石? どのような虫でありますか」

「見事な青緑色をした飛ぶ虫で……赤の縞が翅に一本ずつ入った。ああでもあれは夏のものだったかな」

「ああ、あのギラついたのでございますか。あれは見た目が悪いので我々はあまり食べないのですが……お客人の頼みとなれば」

 ヒタキの言う虫の翅は装飾品の材料として珍重されているものだが、やはり鳥と人では価値観が違うようだ。

 次についての話し合いが纏まったあたりで、他の鳥たちも蝶を咥え掴んで飛んできた。その中で、一羽の鶫がふと後ろを振り返る。つられ、ヒタキもそちらを見遣った。

 ふらりひらりと飛ぶ蝶とは違い、勢いのある銀色のものが矢のように掠めていったのが、見間違いのように一瞬だけ見えた。蝶の一匹が音もなく地面に落ちる。足だけが小さく動いたが、風にそよいだだけだったかも知れない。

「チカリだ! 出たぞ!」

 鳥かと呟く前に、誰かが咥えた蝶を放して叫んだ。ヒュンと風を切る音を耳にし、ヒタキは咄嗟に頭を下げた。上を何かが通っていった。何か――妖精が。

 響く悲鳴を上げた鶫が落葉の上に転げるのはその直後だ。

 それまでか弱い蝶ばかりが飛んで捕らえられていたところに、鞭打つ如き銀の軌跡が幾筋も描かれている。形も分からぬほどに速く、そのものの形ではなく通った名残だけが目に映るのだ。

 が、ヒタキは見た。打たれ――衝突し小鳥が昏倒した上に降り立ったものは、大きさは人の拳ほど、三角形の二枚羽を腰につけた人型の何かだった。輪郭がどことなく人と似通うというだけで、体のすべてが銀色をし、腰は老爺のように折れ曲がっている。羽が体を吊りあげているようだ。そして顔には不釣り合いに大きな、口であろう切れ込みが空いていた。

 ヒタキはそれを初めて見たが、話には聞いていた。幾度もアムデンと争いを繰り返している妖精の一派、チカリだ。

 何処の国にも属さず山間や洞を渡る移動民で、王権や土地を狙うでもなく鳥たちが気に食わないと理由に悪戯を仕掛けてくるのだが、その大半は悪戯というには可愛くない魔法だ。昏倒の魔法は後で目を覚ますだけよく、風切り羽を取られて暫くまともに飛べなくなった者たちは何羽も居た。酷いものでは目潰しや羽抜け、首落としなどもある。

 悪戯などと称するのは当の妖精たちだけだ。命を奪ったりするのも、この残虐な妖精にとってはそれだけのこと。

 危険を報せる夜鷹の鳴き声がけたたましい。小鳥の羽を毟っていた妖精が、ヒタキのほうを向いた。ヒタキは今この山の者でもあり――自分たちを駆除する為の武器をアムデンに持ち込む腹立たしい人間がいると、妖精たちは知っていた。だからこそヒタキは荷を魔除けの縄で縛ったし、隼の近衛たちは渡りが入国する前から護衛にとやってきたのだ。

 口から何か、意味の分からぬ喚き声が発せられる。

「危ない!」

 矢の如く飛び込んできたそれの横合いから体当たりを喰らわせたのは、夜鷹だった。妖精と縺れ、先程まで蝶が群がっていた湧水に落ちて飛沫を上げる。

 怯んでいたヒタキははっとし、慌てて懐から小さな剣を取り出した。これも鉄製、手順を踏んで用意された守り刀だ。大きなものではないが立派な魔除けになる。きつく握り込み、構えらしい構えは取らないまま走り出す。

 ヒタキは別段、武術の心得があるわけでもない。魔術のほうは多少あるがそれは戦う為のものではなく、対処法やらの知識があるというだけだ。つまるところこれが精一杯。そも、東西では相手のほうが力を持っているのが常なのだから、急場しのぎにやりあおうなどというのは愚かな話だ。

 なるべくやりあわずに終えるのが一番賢い。逃げるが勝ち。東西においては真に価値のある言葉だった。

「ヒカタ、イナサ、来い!」

 蝶を詰め込んだ袋は手放さないのが意地だ。警戒の鳴き声を発しながらじりじりとして様子を窺っていた二頭が呼ぶ声に駆け寄ってくると、ヒタキはさっさと鞍に跨って上昇の指示を出した。

 木立の合間を縫って逃げる中、飛び交う妖精の奥に銀の靄が見えた。妖精の身そのものよりいくらか大きく、その中からチカリたちが飛び出してくる。巣のようだが、それ自体が動き、意思を持っている。再び喚き声のようなものが聞こえたのは命令だ。

 木々の枝葉によって日光が鈍く遮られていた森の只中が、一瞬眩く照らされた。いくつもの魔法が一度に放たれたのだ。飛び散った羽が木の葉に混じり、目の見えなくなった鳥が木に衝突して落ちる。妖精チカリの喚き声とアムデンの鳥たちの威嚇の鳴き声が混ざりあい、ヒタキの耳を乱した。

 鳥たちはばらばらに戦い、また逃げているように見えたが、違った。

 来た道を戻るように空へと舞いあがったヒタキは、ふっと束の間吐けた息を整える快晴の下、新たな一団が居ることに気づく。――ある者は追われある者は追い、いくつかに分かれたチカリの群れが、味方の鳥たちと共に空に出てくる、その瞬間をそれぞれに狙う待ち伏せの位置に。

「放てェーい!」

 ミミズク、梟、烏――銀色の紐を首に着けたアムデンの魔法使いたちが掛け声と共に惑わしの魔法を注ぐ。白い雲に巻かれたチカリは互いにぶつかったり木にぶつかったり、真下の地面へとすっ飛んでいく。

「お客人こちらへ! 離脱いたします。お守りしますのでどうか離れず」

「――ああ、」

 鳥とは違う形の竜の影を見つけ、夜鷹が飛んでくる。争いが始まるのだと、ヒタキはようやくまともに理解していた。これは戦争の一端だ。

「合戦用ー意!」

 高々鳴いて、風を追い越す早さで飛んでくる一団はヒタキが持ち込んだ武具を足に持った兵士たちだ。妖精の体はしぶとく魔法にも強いが、鋳鉄が猛毒になる。鉄の武具は何よりも効果が高く、容易く致命傷を与えることができる。

 先はやられていた小鳥の類も負けてはいない。枝と蔓で作られた機械仕掛けを五羽でもって巧みに操り、番えた矢を移動し続ける靄へと放つ。端に掠めて一層に騒がしい声が上がった。

 ああやって引くのだな、と場違いな冷静さでヒタキが思いながら竜を飛ばすうちに、隼の一羽が追ってくる。首から徽章を提げた、あの兵長だ。横に並んで飛びながら声を張る。

「渡り人殿、来てもらってすまぬが、貴殿はこの山から逃がすこととなった。奴ら、いつもより数が多く方々から来ている。何か大きな魔法でも編んできたかも知れぬ。このままでは貴殿も危うい。荷はすべて持っているか?」

「酒は惜しいが仕方ない――王と賢者によろしく。またいずれ、と」

 不穏な物言いにヒタキは溜息を吐いて肩を竦めた。

 これで成果は一袋の蝶だけになってしまった。予定と大差ないと言えばそうだが、貰えると思っていただけ落胆はある。けれど、欲を張る気には到底ならなかった。命より高値のものなどそうそう無い。

 逃げられるなら逃げるべきだ。無理に滞在したり逃げ遅れたり、はたまた情が湧きその地の者を助けようとして死ぬのは、ユカリでなくとも渡りには話に聞くことだ。そこに住む者ではないのだから、守って戦うことなどない。逃げてしまえばよい。

「では外へお連れします。次には宝石虫の居場所をお教えしましょう」

 客の落胆と、これから戦うだろう己の状況とを混ぜて、どこか悪戯っぽく夜鷹は言った。ヒタキは笑って頷いた。視界の端、争う仲からいくつかの銀色が飛び出してきたのが見えた。急いだほうがよい。

「王、胡桃はお返しする!」

 ヒタキは早口に叫んで腰に括った麻袋の紐を断ち切り、袋ごと地へと放った。食べた胡桃は二つだけ。三日、四日と居座る為に賜った食物を口にしていないのは幸いだった。他所の山に入れば、チカリは追えなくなるだろう。

 ほんの僅か身軽になって、竜たちを北西へと促す。何処まで飛べば外と言うことになるのか、というのは未だによく分からないことではあるが、より早く遠くへ行くのがよいには違いない。

 追跡の銀の光は魔法の風であらぬ方向に吹き飛ばされ、隼たちによる攻撃を受けていた。客の右を守る兵長が不意に身を翻したと思えば飛び込んできたチカリを巧みな剣捌きで屠る。腕を振るうのではなく旋回して鉤爪に掴んだ刃を叩きつけるその様は曲芸にも似て、空中での狩りは他人事として見れば爽快だった。夜鷹が蝶を捕らえていた時とは違う獰猛さで妖精を相手にするのも。

「旅の幸を、渡り人殿!」

 やがて、羽ばたき風を切る音も、声も背後からになる。隼も夜鷹も戦に戻っていった。次に来たときに無事会えるといいがと自分よりはよほど強い者たちを案じながら、ヒタキはやっと蝶を入れた袋の紐を閉じた。とりあえず腰に括り、唯一の利益を逃さないようにするのが、こちらの戦いだった。

 そうして次の目的地を見据えながら剣も鞘に収める、その気の緩んだところに魔法が飛んでくる。肩を掠めた銀の光に、ヒタキは息を呑んだ。

 隼が言ったとおり数が多いと取りこぼしもあるらしい。しぶとくついてきた一匹は喚き、魔法を飛ばしながら迫ってくる。何の魔法だか知れないが、当たってよいことにならないのは確かだ。

「お前たち急げ、落ちるぞ!」

 ヒタキは懐に入れかけた剣を再び握り締めながら二頭の竜を急かした。竜はのろまではないが妖精はそれよりずっと早い。振り切り別の国に入る前に、一発くらい当たってしまいそうだった。

 鉄礫の一掴みでも持っておくべきだった。剣は無理でも、あれならきっと当てられただろうに。

 そんな後悔をするヒタキを乗せる竜の翼のすれすれを魔法が飛ぶ。ヒタキは落ちる覚悟をし、せめてもの足掻きに二頭の竜を繋ぐ縄を絶つべく鞍の後ろを見遣った。分かれて飛べば少しはよいかもしれぬと思ったのだ。

 直後。後続の竜イナサが蠅でも追い払うかの所作でぶんと振った尾が、妖精の頭を横殴りにした。絡まった糸のような複雑な声を上がり、銀の軌跡はヒタキではなくまっすぐ、地上へと向かう。

 妙な声に顔を上げたヒタキはきょとんとして――イナサがどこか得意気にクルルルルと鳴いて二度三度と揺らした尾に緑色が見えたので、合点した。イナサの尾には例の魔除け、蓬染めの縄を結んだままだったのだ。妖精は指一本触れさせるのも厭うほど、あれが嫌いだ。鉄のように退治するほどの強さはなくとも、一時追い払うには十分すぎる。

「……今度は頭巾なんかも、蓬で染めようか」

 そうすれば魔法が当たっても大丈夫かも知れない。長々と息を吐き出したヒタキは追手が来る前にと、急いで次の目的地を目指すことにした。

 山の内から鋭い鳴き声が響く。背を押した風は、勇敢な兵長や白き王の羽ばたきの残滓だったかもしれない。

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