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東西の渡り  作者: 灰撒しずる
西山章‐山々渡り
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二 山々渡り

 面倒な荷造りを他の者がやってくれたことだけが、ヒタキにとって幸いだった。

 荷はいつも決まっている。小刀、火口箱に水嚢、少ない着替え、噛み応えのあるパンにチーズ、干した果物や野菜に肉――日持ちのする食料類と小さな鍋。という何処の渡りでも基本の物に加え、記録の為の紙束に筆記用具、本を数冊、荷を包んだりする為の大小の布や袋と縄や紐。酒を瓶三つに多数の魔除けの類。貝殻の器に収めたユカリ秘伝の軟膏と守り灰の小さな包み三つは腰帯に隠される。

 今回西の山ナリュムへと運び込む荷はかなりの重量があるので、竜はヒタキ自身が乗るヒカタの他にもう一頭を連れ出すことになった。ヒカタより二回り大きく力のある若雄、イナサという名の竜は鞍の代わりに荷を背や腹に、手綱の代わりにヒカタと繋ぐ縄を首につけられた。よく躾けられた彼らはこのまま、縄を絡めることも引き千切ることもなく、程々に弛ませて飛ぶことができる。

 サウーラより戻って七日後、夜明け前に里を発ったヒタキたちは途中野宿の一泊もして、およそ二日飛び続けた。見える風景は勿論変わっていったが、視線を向けた方角には常に、聳え立つ高い山々が見えていた。奥に控える異邦、ナリュムの一端だ。

 ナリュムは人々がいうところの連合国であり、それぞれの山に居る統治者たちが結びついて成っている。中には山脈を丸ごとを治める者もおり権威の上下はあるが、すべてを纏めて治める王は居ない。山同士の諍いもあるが、それでも王や民は皆、総じてナリュムであるという意識があるらしい。

 その辺りをヒタキは知っているが、理解してはいない。異形も精霊も、人とは違う理で暮らしている。そうであると知っている、それだけで十分だ。

 栄えた人の町から遠く、山の麓に暮らす人々の村が見えてくる。畑や山の採集から戻って来た住民の姿も疎らに見えた。

 日が傾き始めていた。普通の渡りならば、飛ぶのを止めて何処か休める場所を探さなければならない時刻だ。しかしヒタキは、ようやく眼前いっぱいに広がった山脈に向かって竜を飛ばし続けた。もうじき着く。通り道でみた人々が親しみ暮らすどの山よりも深く、世の果てまで終わりなく広がって見える山河。中でも、遠く離れていてもその影を見ることのできる最高峰が、霊峰、神山とも呼ばれるガルオン。威容はいつも見えるが、あそこまで辿りつくには一月以上かかるとヒタキは父に聞いていた。行ったことは未だ無い。

 眼下、谷底に流れる川は人の国とナリュムを区切る国境線だ。傾いた陽の射し込まぬそこは他の影よりなお暗い。深い上に流れの早い川で落ちればただでは済まない。異形たちの噂と共に、西の山から人を遠ざける堀だった。人が木を切り獣を狩ることができるのはこの手前までだと、告げて突き放すよう。

 奥の峰には摩訶不思議な異境があり、金銀にも劣らぬ財宝と魔法が貯えられている。――そんな話に惹かれたた野心家や冒険者たちが時に翼を持つ竜や鳥を連れ目指すこともあるが、大抵は良いことにならず、恐ろしい不帰の伝え語りに名を連ねるだけだ。妖精たちに惑わされ連れ去られる者も、勝手に立ち入った無礼者として殺された者もいる。だから人々は山を恐れる。

 東西の渡り、ユカリたちを除いては。

「やあ、出迎えが来たぞ。越境だな」

 ヒタキは口元を緩め、翼を動かし続ける竜たちに呼びかけた。

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