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有金駆は失神する⑦


 風呂から上がり一旦部屋に戻ったあと、飲み物が欲しくなったのでロビーまで出てきた。


 自動販売機のコーナーには、缶やペットボトルの清涼飲料水系の自販機以外にも、牛乳系の飲料を中心とした瓶の自販機も設置されている。


 喉の渇きからするとスポーツドリンクだが、無性にコーヒー牛乳が飲みたい気分でもある。いや、コーラも有りか? うーむ、悩みどころだ。

 お! フルーツ牛乳に飲むヨーグルトまであるじゃないか。これはますます悩ましい。


「あ、いたいた。ハルくーん!」


 階段の方から僕のことを呼ぶ声が聞こえた。

 声のする方を見ると、何がそんなに嬉しいのか綾辻が満面の笑みで僕に向かって手を振っている。


「綾辻」


 綾辻はそのまま小走りで僕の元に駆け寄った。


「? なんで難しい顔してるの?」


「いや、風呂上がりの一杯に悩んでいて」


「ふーん。なんかおじさんみたい」


 誰がおじさんだ。お前には風呂上がりのロマンがわからんのか。


「……なにか僕に用事だったみたいだけど」


「うん。そうなの。ご飯の前にちょっといい?」


「ああ。別に暇だ……」


 僕がそう言い掛けている途中で、綾辻の背後から突然、


「鵜久森ぃ。助けてくれ」


 真っ赤に目を腫らした竜崎一颯が現れた。


「うおおおおおおおびっくりした! お前ずっとそこにいたのか!?」


 怖いわ。尿を全漏らしするかと思ったわ。


 そんな突然現れた竜崎の様子をみて、僕は更にギョッとした。いつものサバサバツンツンした雰囲気とは打って変わり、めそめそしながら綾辻の背中にしがみついている。


「な、おい竜崎。大丈夫か?」


「ううっ……。大丈夫じゃない……。助けてくれ」


 助けてくれ、か。おそらく先程の有金とのことを言っているのだろう。


「ハルくん。一颯ちゃんね、有金くんと仲直りしたいみたいなの」


「さっきのことならあいつあんまり気にしてなかったし、素直に謝れば大丈夫なんじゃないか?」


 本人曰く、昔から竜崎にはことある事に失神させられてきたから別に何とも思ってない、とのことだったし。


 しかし竜崎は、


「い、いやだ」


「は?」


 まさかの拒否。こいつ人を失神させておいて何を言っているんだ一体。


「だっ……だって! 悪いのは全部かけるんなんだ! それに私が謝ってしまったら、かけるんがもう部活に戻って来ない気がして」


「……かけるん?」


「有金くんのことみたい」


 いや、そりゃそうだろうけど。こいつ普段はあんなにクールぶってるくせに、有金のことをかけるんて呼んでんのかよ。


「頼む鵜久森ぃ……。私が謝らずにかけるんが部活に戻ってくる方法を……」


 竜崎は潤ませたがら僕に迫った。


「いやちょっと待て。とりあえず謝るは謝れよ。それにそもそも部活って何の話だ?」


「う、うう……。穂香ぁ……」


 竜崎は僕の言葉に再びめそめそと涙を流しだし、綾辻の背後に隠れた。

 綾辻はそんな竜崎の頭をよしよしと撫でている。


「一颯ちゃんはね、有金くんと同じ中学校出身なんだよ」


「うん」


 それはさっき風呂の中で有金から聞いた。あいつはわざわざ市外の中学からうちに入学して、同じ中学の同級生は竜崎しかいない、と言っていた。


「中学の時は有金くんと同じ部活で、二人ともそれぞれ男女の部長だったんだって」


「それで?」


「高校生になっても有金くんと一緒に部活をやるって決めてうちの学校に入ってきたんだって」


 すごいな竜崎のやつ。どんだけ有金のこと好きなんだよ。聞いていて恥ずかしいレベルの入れ込みようだ。


「でもさ、ほら。有金くんは入学してから色々あって」


「あー。そうか。一緒に部活をやる予定だったのにあいつがギャンブル依存症に」


 確かにそれは可哀想だな。せっかく想いを寄せる相手と一緒の高校に入ったのに、その相手がギャンブル依存症になり、一緒に頑張るつもりだった部活も辞めてしまう、か。

 まさに天国から地獄。あまりにも救いのない話だ。


「そうなの。一颯ちゃんも何度も何度も戻ってきてって有金くんに言い続けてたんだけど、そのうち連絡も取れなくなっちゃって」


「キツすぎる仕打ちだなそれは。人の心がないのかあいつは」


 そうだった。最近は形を潜めているが、有金はクズ人間の中のクズ人間なんだった。


「ははは……。さすがに一颯ちゃんが可哀想だよね」


 綾辻は少し気まずそうに苦笑いを浮かべた。当然竜崎の味方ではあるものの、いつも部室に来ている有金のことを悪く言うのも嫌なのだろう。


「でね。そんなこともあってね、一颯ちゃんと有金くんは疎遠になっちゃったんだけど、今日合宿に来ている有金くんを見つけて」


「それでビンタしたのか?」


「違うよう! 一颯ちゃんはそんなに乱暴じゃないもん」


 いや、こいつは十分乱暴だと思うんだが。それに有金もそんだけクズな仕打ちをしたんだったらビンタされても仕方がない気がする。


「一颯ちゃんね、もう一回一緒に陸上部で頑張ろうって有金くんのことを誘ったの」


「……そうか。そうだったのか」


 確かに有金はギャンブル依存症を克服し、半ば強制的ではあるが、ボランティアで合宿に参加するようにまでなった。


 普通だったら元所属していた陸上部に戻っていてもおかしくない。


 でも、有金は陸上部には戻らなかった。僕はその理由を知っている。


 全く、どうして人の気持ちというのはこう上手く行かないものなのだろう。

 竜崎の有金への真っ直ぐな思いと、すれ違う二人の気持ちに胸が締め付けられる思いがした。


「ハルくん?」


「いや、すまん。それで竜崎は有金に部活への復帰を断られてビンタをしたってわけか」


「うん……。そうなの」


 綾辻は声のトーンを落として少し俯いた。


 そして数秒間の沈黙があった後、綾辻は僕に向かって顔を上げ、懇願するような表情で、


「ねえハルくん。有金くんを陸上部に復帰させるお手伝い、わたしたちにできないかな」


「手伝い、か」


 そうだよな。そうなるよな。そりゃ普通に考えたら有金が陸上部に復帰するのが一番話が速い。


 でも有金はもう陸部には戻らない。


 あいつはもっと他に熱中することをみつけたから。


 そのことをこの二人にどう伝えるべきかを迷いながら、僕はなんとなく右手に持っていた小銭入れをジャージのポケットにしまった。

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