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有金駆は失神する⑤

 ハルくんは丸腰。タオル一枚。イコール、ほぼ全…………ら。


 なななななにを破廉恥なことを考えているの!? ダメよ麗! これはダメな方の破廉恥よ! ガッデムよ! ガッデム破廉恥だわ!


 で、でももしハルくんが露天風呂に一人だとしたら。


 有金駆はさっき失神していたくらいだから長風呂はしないはずだわ。むしろ体だけ洗って先に部屋に戻っているかもしれない。それにこの旅館を使っている生徒は私たちだけで、後は引率の先生方だけ。先生方はこれから食事の時間まで打ち合わせだと言っていた。


 じゃあ、本当にこの塀の向こうはハルくんだけなんじゃないかしら。


 塀を隔てて、ハルくんと私だけ……。


 意識した途端、高ぶっていた感情が更に拍車をかけて高まってくる。


 こんなの一緒にお風呂に入っているのも同然じゃないの!


 どどどどうしよう。ハルくんも女風呂に私一人だけって気付いているのかしら。

 もしそうだったら、ハルくんが私と一緒にお風呂に入るためにあの塀をよじ登ってこっちに来たりとか……。


 いや、でもさすがにないわよね。だってあの塀には足や手を掛けるところが一つもないもの。そうなるとどう考えても登ってくるのは難しい気がするわ。


 ……。


 そうなると、後は棒高跳びしかないわね。


 男子風呂に偶然物干し竿があったとして、ハルくんがその竿を使って元棒高跳び世界記録保持者の鳥人ことセルゲイ・ブブカ並みの跳躍をみせればこっちのお風呂に……。塀をよじ登るパターンよりはありそうだわ。


 だ、だとしたら私の方もそれなりの準備をしていないとダメね。さすがに恥ずかしいからバスタオルはしっかり身体に巻いておかなきゃ。髪は洗った後から上でまとめてるけど変じゃないかしら。もう一回鏡で確認した方が……。でもでも! そんなこと気にしてる間にハルくんが来ちゃうかも! いつ向こうの露天風呂から助走の足音が聞こえてきてもおかしくないもの!


 タッタッタッタ。


 ガッ。


 ギューン。


 ピョン。


 シュタッ。


「あ、会長。奇遇ですね」


 みたいに当然塀を飛び越えてやってくるかもしれないもの!!


 だったら待たなきゃ。

 麗は待てる子。待てる系女子だもの。落ち着いて丸腰のハルくんを待つの。

 これは決してガッデム破廉恥じゃないわ。許される破廉恥よ。人間であれば誰でも心の中に持ち得る森羅万象破廉恥よ!


 私は高まる気持ちをなんとか抑えて湯船に浸かり、座して待つことにした。森羅万象破廉恥は待てる破廉恥だもの。


 ……。


 湯船に浸かり始めて十分くらい経過したがまだハルくんは来ない。

 もしかして露天風呂に物干し竿が無くて外に買いに行っているのかしら。


 …………。


 さらに十分。まだハルくんは来ない。


 さすがに二十分も温泉に使っているから少し逆上せてきた。


 私は一度立ち上がり、少し移動して露天風呂の縁に座った。そして体がすぐに冷えないように脚だけお湯に浸けた。


 ……ていうか冷静に考えれば来るはずないわよね。棒高跳びで女子風呂にやってくるなんて、それこそ斜め上の変態だもの。よくよく考えると許されない方の破廉恥、ガッデム破廉恥だわ。


 はあ……。まったく私ったら何を考えていたのかしら。暴走しちゃダメって自分に言い聞かせていたのにこれだもの。


 こんなんじゃいつまで経っても妄想の世界の住人だわ。


 ……体も完全に温まったし、そろそら上がろうかしら。そういえばそろそろ夕食だものね。


 私がそう思って立ち上がろうとしたちょうどその時、


『ガラガラッ』


 と、内風呂から露天風呂へ入るドアが開く音がした。 


「な! まさかそっちから!?」


 まさかの正攻法!? いや、むしろ逆にアウトローだわ! ハルきゅううううん! やっぱり来てくれたのね!?


「む。八千草か。生徒は全員上がっている時間かと思ったが」


 残念ながら入ってきたのは清沢先生だった。


 ガッデム。ただただガッデム。


「先生。打ち合わせはもう終わったんですか?」


 私は地に落ちるほどの落胆を隠しながら、社交辞令でどうでもいいことを聞く。


「ああ。さっきな。悪いがご一緒させてもらうぞ」


 先生は折り畳んだタオルを右手に持ち、女の私が見とれるほどの綺麗な体型を惜しげもなく披露したまま、一つも恥じらうことなくズンズン歩いて露天風呂に入り、そのまま肩まで湯船に浸かった。


「ぐうぃーーっ」


 心の底から幸せそうな表情で唸る清沢先生。確か三十前だと聞いていたけど、その表情は年齢よりも若く見える。


「やっぱり露天風呂は最高だな」


 私に対して言っているのか独り言なのかよく分からなかったが、前者だと困るのでとりあえず返事をする。


「はい。何かこう、体の隅々まで染み渡る感じがします」


「なかなかわかっているじゃないか八千草」


 先生はハッハッハと快活に笑った。そんな先生の楽しそうな様子に、私も思わず笑みがこぼれる。


「どうだ合宿は」


「初日から大忙しでびっくりしました。でも鵜久森くんが頑張ってくれたお陰でなんとか、って感じです」


「そうか。あいつに任せればなんとかなるだろうとは思ったが、やはり私の目に狂いはなかったな」


 先生は再びハハッと笑い飛ばした。


 そういえば今日ハルくんが現場を仕切っていたのは清沢先生が宿に引っ込んでしまったからだった。 


 私は少し非難の意を込めた視線を先生に送りつつ、


「あんまり働かせすぎると鵜久森くんがかわいそうですけど」


 と、やんわり釘を刺した。明日もハルくんが一日酷使されたらかわいそうだし。

 でもまあ今日の一生懸命働くハルくんはかなりかっこよかったから、明日も見てみたい気持ちも少しだけある。


「……なあ八千草」


 少し間があった後、先生はこちらを見ずに私を呼び掛けた。


「はい」


 返事をすると、先生はお湯に浸かったまま体ごと私の方を向いた。


 先生と目が合い、私は動揺した。

 こちらを向いた先生の視線があまりにも真剣だったからだ。その目はまさしく、これから何か真面目な話をする人のそれだった。


 そして先生はゆっくり口を開いた。


「お前は鵜久森のことをどう思う?」

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