有金駆は失神する④
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心から部の合宿に参加した初日。
一日のすべての仕事が終わり、やっとお風呂の時間になった。
宿泊している満潮荘は天然温泉が自慢の宿らしく、これからその温泉に入れると思うと自分一人でも気持ちが弾む。
本当は同室の二人と一緒に入る予定だったけれど、生徒会の仕事が残っていた関係で先に入ってもらった。
私は部屋に一人残って生徒会の仕事を終わらせて、宿の入り口で倒れていた有金駆に水をぶちまけて、今こうして一人で露天風呂にやってきている。
よし。体も髪も洗ったし、後は湯船に入るだけね。
日が沈んで薄暗い外の空気に、不均一な大きさの石で囲われた温泉。湯気が空気に溶けていく様子がなんとも神秘的に見える。
なんだか緊張するわ……。
露天風呂は小学生の時の家族旅行でママと一緒に入ったことがあるけれど、一人で入るなんて初めて。しかも私以外に誰も入っていない貸し切り状態。とても特別なことをしている気分になってくる。
ずっとこうして立っているわけにもいかないので、私はそっと露天風呂のお湯につま先を浸けた。
「ぐっ……!」
思わず声が漏れそうになるのをなんとか堪える。
は、反則級の快感だわ……!
お湯の熱が肌の内側にじわっと入ってくるようなこの感覚。まだ片足を入れただけなのにこんなに気持ちいいなんて。
こ、これに全身浸かったらどうなっちゃうのかしら。
私はもう片方の足もお湯に入れ、二、三歩歩いて肩の辺りまで浸かった。
「……っん。あぁぅーっ!」
もう声が出るのを我慢できなかった。
最高だわ。ジャパニーズ天然温泉。まさに至高の一時だわ……!
だってまず入った瞬間に気持ち良すぎて声が出ちゃったもの。あらいやだ。私ったら野蛮だわ。もう。麗のバーバリアン☆
しかもこの温泉、効能でリウマチにも効くんですって。え! リウマチに? すごーい!
「最っ高だわ……。本当に、本当に来てよかった」
誰もいない神秘的な空間に私一人。そして圧倒的快感の露天風呂。お湯で体が温まるように、じわっと気持ちが高まってくる。
私は今とっても幸せ。至福とはきっとこういうことを言うんだわ。
しかも。今日はそれだけじゃない。
この温泉旅館という非日常的で特別な空間に、私の大大大好きなハルくんも来ている。
部屋は残念ながら同じじゃなかったけど、この空間に一緒にいられるだけですっごいすっごい幸せ。
温泉で徐々に高まるテンションに、大好きな人が近くにいるという高揚感が重なって、私の胸は更に高鳴る。
ど、どうしよう。今日はいつも以上にハルくんのことが好きな気持ちを抑えられない……!
ハルくん……。ハルきゅん……。
…………。
あぁーんもうっ! ハルきゅうん!! だいだいだいちゅき!
世界で一番だぁーいちゅき! 毛蟹より好き!
お風呂から上がったらそのまま会いに行っちゃおうかな。
でも男子の部屋には有金駆がいるからダメよね。あの邪魔ブタ。ドングリを喉に詰まらせて死なないかしら。
邪魔ブタを回避するためには、まずハルくんをラインで呼び出して、ロビーで待ち合わせをして、二人で外の空気にあたりに宿の外のに出て、灯りが届かないちょっと暗いところで……キャーーッ!
もうハルくん! 破廉恥はダメだっていつも言っているでしょ!? 私たちはまだ高校生なのよ? しかも今は学校の合宿中なのよ!?
で、でもハルくんかどうしてもって言うなら……。
だ、ダメよ麗……! しっかりしなきゃ! 私はハルくんより一歳年上のお姉さんなんだから!
ここで見境なく暴走してしまってはただのエテ公だわ! マントヒヒよ!
この温かくて素敵な気持ちは爆発させずに私の中に保存しておいて、ハルくんとはいつも通り接しなきゃ。
ハルくん……。
…………。
そう言えばさっきハルくんと有金駆はこれからお風呂に入るって言っていたわね。
ということは今ちょうどハルくんも入浴しているころ……。
私は露天風呂を仕切る板張りの柵に目をやった。宿の人の警戒心が薄いのか、柵はそこまで高くない。
この先に、この先にハルくんが。
ま、丸腰のハルくんが……!?




