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有金駆は失神する①

 有金に向かって全力で叫んだ竜崎は、開いた自動ドアの先に僕たちがいることに気がついた。

 一瞬驚いたようだったが、悲しそうな顔でクルッと反対側を向き、何かを振り切るように走ってどこかへと行ってしまった。


 竜崎、あいつ。


 今泣いていなかったか。


 いつもサバサバしていてあまり感情的にならないやつだと思っていたけど。


 さっきの全力ビンタといい、竜崎の様子は普通じゃなかった。涙を溜めた瞳に噛み締められた唇。二人の間に何か余程のことがあったのだろうか。それこそ僕たちが軽々しく足を踏み入れてはいけないようなことが。


「……か、駆!」


 僕の隣にいた江末が有金の方へと飛び出した。

 

 そうだった。有金のやつ、ビンタを食らって地面に倒れこんでいたんだった。とりあえずあいつを助けてやらんと。

 僕と綾辻は追いかけるように江末の後に続く。


 僕たちが近づいても有金は倒れたままだった。

 いやいや何を大袈裟な。バチィーンてかなり大きな音はしていたけど、相手は女の子なわけだし。少し頬が腫れるくらいでそんなに大したことはないだ……。


 ろお…………?

 

 ……………。


 有金が白目をむいて泡を吐いている!!


「おいいいいい! 有金? 有金えぇーっ!! 目を覚ませ!」


「……駆!」


「有金くん!」


 僕たち三人は必死で有金に声を掛け、身体を揺さぶった。しかし有金は白目をむいたままで、一向に正気に戻る様子はない。


「……これ。救急車呼ばなきゃマズいやつじゃないか」


「そ、そんなまさか! きっと有金くんは一颯ちゃんの力を利用してカニさんの真似をしてるだけだよ!」


 テンパりながら訳の分からないことを言う綾辻。何だその命を賭したモノマネは。


「……呼吸は保たれているから大丈夫。気を失っているだけ」


 江末は小さな手で有金の首の辺りに触れた。脈と呼吸は正常らしい。


「こいつのこの様子を見ていると、あまり大丈夫には思えないけど」


「そ、そうだよね。でも、どうしよう……」


 綾辻は困り顔で助けを求めるように僕の方を見た。

 いや、僕にもわからん。救急車を呼ぶには大袈裟な気もするし、かといってこのまま有金をここに放置するわけにもいかない。とりあえず僕たちの部屋に運んで様子を見るべきだろうか。


「……穂香、王子、安心して。我はこういう時に目を覚ます方法を知っている」


 江末は自信ありげに胸を張った。

 この自信、人命救助の心得でもあるのだろうか。

 確かに江末は真っ先に有金の元に駆け寄り、呼吸と脈を確認していた。あの冷静な立ち振る舞いからして、この場は江末に任せた方がいいのかもしれない。


「何か手があるのか?」


 僕の言葉に江末はこちらを指差し、


「……王子様のキス」


「は」


「……気を失った地球人は王子様のキスで目を覚ます。これは昔から決まっていること」


「誰その王子様って」


「……王子は王子。一人しかいない。張り切ってどうぞ」


 クソ案だった。残念賞。江末に期待した僕が馬鹿だった。


「う、ハルくんと有金くんがキス……。で、でも有金くんを助けるためならしかたないよね。相手は女の子じゃないし、ノーカウントで」


 何故か自分に言い聞かせるような口振りの綾辻。そしてあろうことか江末の「王子様のキス案」に乗っかっている。


「いやいや待て待て! なんでする流れなんだよ」


「だってそれしか有金くんが助かる方法がないし」


「もっと他にあるだろ! ていうか男同士のキスで目を覚ますなんて聞いたことない」


「……王子。我を信じて欲しい。王子のキスで駆は絶対に目を覚ます」


「ハルくん、お願い!」


 あれれ。何で僕は二人の女子から男とのキスを懇願されているのかしら。


「いや二人とも冷静になれ。そもそもこんな方法で有金が起きるわけない」


 僕は努めて冷静に、二人に至極当たり前のことを伝えた。キスなんかじゃ気絶した人は起きないよ。それは物語のお話だよ。しかも気絶じゃなくて毒リンゴだよ。そんでもって相手はお姫様だよ。絶対に男と男じゃないよ。

 

 しかし、江末は僕の言葉に首を振り、 


「……王子。やってみなくちゃわからない」


「なんだその自信と真っ直ぐな目は!」


「ハルくん! 早くして!」


「は、早くしてって……」


 そ、そこまで二人に自信満々に言われると、なんだか僕の方が間違っている気がしてくるんだけど。

 もし本当に僕のキスで有金が助かるんだったら、四の五の言わずにやらないと手遅れになってしまうかもしれない。それによく考えたら男同士のキスくらいどうってことないじゃないか。たかが唇と唇が触れるだけ。それで気絶した同級生が助かるんだったら安いものだ。


「わかった。やる」


 僕は意を決した。もう迷いは一切ない。


 有金。待たせてすまなかった。今助けるぞ!


「……さすが王子!」


「ハルくん、頑張って!」


 二人の健気な応援が、さらに僕の背中を押した。

 任せろ二人とも。男はやる時はやるんだってところを見せてやる。


 倒れる有金の前に膝をつき、顔を近づける。


 ぐっ……。有金は白目を剥いたままで口からはブクブクと泡を吐き出している。

 これは一体何の罰ゲーム……いやダメだ! 鵜久森春! お前は同級生を助けるんだろう! 事態は一刻を争うんだ! 躊躇っている時間などない!


「ええい南無三!」


 行くぞぉーーっ!! 有金えぇぇぇぇーっ!!

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