心から部は合宿に行く⑥
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「や、やっと終わった……」
なんとか旅館の自分の部屋にたどり着き、僕は畳に向かってうつ伏せに倒れ込んだ。
「あがっ!」
勢い余って畳に鼻を強打した。しかも思った以上に畳が硬い。シンプルに痛い。つーんとする。つらい。
普段だったらのたうち回る程度の痛みに襲われたが、今の僕には痛みにリアクションをとるほどの余力は残っていなかった。しばらくこの体勢から動きたくない。畳と同化してしまいたい。むしろ井草になりたい。
あーそれにしても死ぬほど疲れた。目がしょぼしょぼするし、体全体が鉛のように重たい。まったく何なんだあの忙しさは。携帯を片手にあっちに呼ばれこっちに呼ばれ。僕はフットワークだけが売りの御用聞き営業マンじゃないっつーの。
とにかくあんなもん真っ当な部活動じゃない。ブラック部活だ。
このまま畳にへばりついていたいのも山々だが、夕食の前に風呂に入っておかないといけない。
この旅館は露天風呂付きの天然温泉ということだから、数少ない合宿の楽しみを存分に味わおうじゃないか。
「有金ー。僕は風呂に行ってくるけどお前は……」
あれ。部屋にいると思っていた有金がいない。ロビーまで一緒に歩いてきていたはずだが。
「おーい、有金ー?」
トイレや内風呂の方にも声を掛けてみたが、有金から返事はなかった。携帯に電話を掛けてみても反応はない。
まったくどこに行ったんだあいつは。あいつが戻ってこないと風呂に行けないじゃないか。
仕方ない。探しに行くか。
有金を探すために階段を下りてロビーに向かうと、浴衣姿の綾辻と江末がビニール袋の巾着を持って反対方向から歩いてきた。
「あ、ハルくん」
「……王子」
徐々に近づく二人の浴衣姿に、僕は思わず目を奪われた。
綾辻は前髪をピンか何かで止めているのか綺麗なおでこ丸出しの状態で、江末もいつものサイドテールではなく頭の上でお団子を作っている。きっと二人とも風呂上がり仕様の髪型なのだろう。
綾辻と江末め。合宿初日の風呂上がりから、これ見よがしに髪型を変えてくるとは。なんてあざとい。あざとすぎる。
だがしかし。許そう。むしろナイスだ。だってあざとさは正義だもの。
それにこの髪型に加えて、少し上気した頬と、可愛らしい柄の浴衣姿。悔しいが反則級だ。普段はあまり意識することはないが、この二人は学内でも指折りの美少女だということを再認識した。
「ハルくん? どうかした?」
「ふぁ!? あ、すまん。なんでもない。もう風呂に行ってきたんだな」
まさか見とれていたとは言えず、取り繕うように話を戻した。
「うん。わたしたちは最後の片づけ前に上がらせてもらったから、先にお風呂いただいちゃった」
綾辻と江末と会長の三人は食事の配膳をする代わりに僕らより先に上がっていた。
「そっか。僕も今から行こうと思ってて。風呂はどうだった?」
「……綺麗でお風呂が広くてとても良かった。露天風呂も付いている」
と、江末。自称宇宙人の癖に小学生みたいな感想だなお前は。
「それにしても今日のハルくんは五臓六腑の大活躍だったね!」
綾辻は目を輝かせた。今日僕が馬車馬のように働いたことを讃えてくれているらしい。
「それを言うなら八面六臂だ」
なんだ五臓六腑の活躍って。内臓だけハッスルしたのか僕は。
「あれ、そうだっけ? いずれにしてもすごかったよ!」
「てんてこ舞いで上手く回せた気はしないけど」
「……我も王子はすごかったと思う」
そう言われると悪い気はしないが、褒められ慣れていないから照れくさくてどう反応していいかわからない。
「そういえば会長は?」
「八千草先輩はパソコンで生徒会のお仕事してるよ」
あの人はあの激務の後にまだ働いているのか。あの勤勉さには本当に頭が下がる。
「……王子。駆は?」
そうだ。僕は有金を探していたんだった。
「実は僕もあいつを探しててロビーに出てきたんだ」
「ハルくんと一緒じゃなかったの?」
「いや、ロビーくらいまでは一緒にいたつもりだったんだけど気が付いたらいなくなってて」
「……あ。あそこ」
江末が指を指した方向を見ると、ロビーから出た玄関で有金がジャージ姿の誰かと話しているのが見えた。
「なんだよ。あいついるじゃないか」
「あれ? 一颯ちゃんだ」
確かによく見ると、有金と一緒にいる相手は僕と綾辻のクラスメートである竜崎一颯だった。あいつら知り合いだったのか?
二人を見ていると、少し様子がおかしいことに気が付いた。
会話の内容は自動ドアに阻まれて聞こえてこなかったが、竜崎の方はかなりの剣幕で有金に何かを喋っている。
「……なんかすごい雰囲気だけど、大丈夫かあれ」
「な、何かあったのかな。一颯ちゃんすごい怒ってる」
綾辻も様子がおかしいことに気付いたらしい。心配そうな顔で二人のことを見つめている。
喧嘩だとしたら仲裁に入った方がいいだろうか。でもここからでは何を話しているかわからない。
その時、掃除道具を持った旅館の人が二人の様子に気付かず外に出ようとした。よし。これで二人の会話が聞こえる。
そしてまさに、自動ドアが開くその瞬間。
スパァーン。と、乾いた音が館内まで響いた。
有金はその場に尻餅をつき、竜崎は怒りに唇を震わせながら有金に向かって叫んだ。
「五回死ね! このカス野郎!」




