心から部は合宿に行く⑤
先生の指示書によると、この合宿には全部で十二の部活が参加しており、そのすべてのサポートを行うのが僕たちの仕事ということだった。
しかも各部活の練習場所は様々で、旅館に隣接している運動場と体育館、近くの海の砂浜や、ロードワークに出る部活まである。
いやこれはちょっと無理があるだろ。うちの部活五人だぞ。さすがに人手が足りないんじゃないか。
「ハルくん。どうかした?」
指示書とにらめっこしていた僕に、心配そうな顔で綾辻が聞いてきた。
「指示書を見ていたら頭が痛くなってきた」
「え、そんなに大変なの?」
「かなりな」
僕の言葉に綾辻は一瞬不安そうな顔をしたが、
「で、でも、皆で頑張ればきっと大丈夫だよ! 愛ちゃんは無理な仕事は頼まないはずだし」
前向きな思考回路日本代表の綾辻さんはやる気満々だった。そのプラス思考を僕にも分けて欲しい。でも確かに綾辻の言うとおり、清沢先生が無理難題を押し付けてくるとは考えにくい。
「具体的にどんな仕事をすればいいのかしら」
と、会長。
「とりあえずすぐ取り掛からないといけないのは各部活のドリンクの準備ですね。その後は各練習場所に散って各部のサポートって感じです」
「そう。部活開始まで四十五分だから早く始めないとまずいわね。それと各部のマネージャーとも連携をしないと……」
会長は顎の辺りに手を置いて、自分の考えを整理するように小声で独り言を呟き始めた。
最初は僕に話していたはずなのに、途中から自分の世界に入り込んで独り言に方向転換してしまう。会長の昔からの癖の一つだ。
よく考えれば、この状況で会長の存在は頼もしい。中高と生徒会長をしてきたわけだから、行事の取り仕切りなんて慣れたもんだろう。今も頭の中でこの後の段取りを考えてくれているようだし。
「時間がねえならさっさと準備しちまおうぜ。後からバタバタすんのも面倒くせえし」
「……我も駆の意見に賛成」
確かに有金の言うとおりだ。あーでもないこーでもないと考えているうちに時間ギリギリになってしまって慌てふためくのも馬鹿らしい。
「じゃあ早速旅館に戻ってドリンクの準備に取りかかろう。会長はその間に少し段取りの相談をさせてください」
「わかったわ」
さてさて、果たして上手く回るのかどうか。
*
そんなわけで旅館に戻ってドリンクの準備をした。それを荷物運びの先生の車のトランクに乗せて、その後はそれぞれ各練習場所に散ることになった。
有金は第一運動場で、綾辻は第二運動場。会長は砂浜で、江末と僕は体育館といった配置だ。それぞれ現場で各部のマネージャーと連携して雑務をこなすことになる。
もし現地で不具合が起きた場合は携帯で僕に連絡が来ることになった。電話の会話だけで解決ができなかった場合、僕が直接足を運ばなければいけない。
「なあ江末。これって僕の負担が大きくないか?」
僕は体育館の端で女子バレー部の練習を眺めながら隣にいる江末に聞いた。練習開始直後なのでまだネットは張っておらず、ウォーミングアップで体育館内をぐるぐる走っている。バレーはあまり走り回るスポーツじゃないからか、ランニングフォームはお世辞にも綺麗とは言えない。
そんな女子バレー部だが、県内でもそこそこ強いらしく、今回の合宿の参加人数も三十四名と一番多い。ちなみに男子バレー部は五人。うん。まず部員集めを頑張れ。
「……大丈夫。そんなに簡単に不具合は起きない。それにもし行くことになっても往復十数分の話。王子は悲観的すぎる。あと楽ばかり考えすぎ」
無表情の金髪女子に軽くディスられた。ぐすん。
「まあ確かにそれはそうだけど」
「……だったら文句言わずにやるべき。その方がスマート」
おっしゃる通り過ぎてぐうの音も出なかった。僕だってあんまりグチグチ文句を言いたくないんだが、なんか癖というか、とりあえず文句を言っておきたくなるんだよなあ。ガタガタ言わずにやるのが一番だってこともわかってはいるんだが。
そんな情けないことを考えていると、ピピピピピッと携帯の着信音が鳴った。
「僕のだ」
ジャージのポケットからスマホを取り出す。着信の相手は第一運動場にいる有金からだった。まさか早速不具合じゃないだろうな。
「もしもし。どうした?」
「鵜久森! 不具合だ!」
不具合だった。はやーい☆
「……もうかよ。具体的に何があったんだ」
「野球部のスポーツドリンクが足りねえ」
「な!? ちょ、ちょっと待て。まだ練習開始から二十分も経ってないぞ」
「なんかもう全部飲んじまったんだと」
「ガブ飲みしすぎだろ! 新弟子検査当日か!」
もしくはスポーツドリンク飲み部か。
「頼む。なんとか対応してくれ」
「そっちに水道は?」
「あるぜ」
「じゃあ僕が今からドリンクの粉を持って行く。ちょっと待っててくれ」
本当なら水道水でも飲んでろと言いたいところだが、この炎天下の中で運動をすれば、水分以外の栄養分の補給も必要になる。極力水道水だけの水分補給は避けたい。
「悪い江末。有金のところて不具合が起きたからちょっと行ってくる。とりあえずここは頼む。何かあったら連絡くれ」
「……がってんしょうちのすけ。いってらっしゃい王子」
江末は無表情のまま小さな手を僕に向けて振った。
小走りで旅館にスポーツドリンクの粉を取りに戻り、それを有金の待つ第一運動場に持って行った。……よく考えたら有金がやれば良かったんじゃないかこれ。
「サンキュー鵜久森。助かったわ」
「いや問題ない。とりあえず予備の粉を置いていくから、また足りなくなったらこれで作ってくれ」
「おう! 了解」
さて。体育館に戻るか。と、思ったその時。再びジャージのポケットからピピピピピッと着信音。今度は第二運動場にいる綾辻からだった。……まさか不具合じゃないだろうな。
「お疲れ。どうした」
「ハルくん大変! 不具合だよ!」
あら残念! また不具合だってさ☆
「……具体的には?」
「サッカー部がサッカーゴール運ぶ人手が足りないって」
「なっ……、そんなもん自分たちでなんとかできんのか」
「うちのサッカー部、二人しかいないみたいで」
なんだその圧倒的な足りなさは。全く惜しくない。廃部にしろそんな部活。
「あと一人いれば運べそうなんだけど」
「ええい僕が今からいくからちょっと待ってろ!」
僕は再び小走りで第二運動場へと向かった。そして二人しかいないサッカー部に合流し、一緒にサッカーゴールを運んだ。
「ハルくん! ありがとう」
「いや別に。他に不具合はないか?」
「あ、そういえば色んな部活のマネージャーさんが、そろそろドリンクが無くなりそうって」
「そうか。そうかもしれないと思って粉を大量に持ってきておいた。足りなくなったらこれで作ってくれ」
「え、持ってきてくれてたの? さっすがハルくん!」
「ははは。僕は二度同じ失敗はしない男だからな」
などと軽口を叩いていると、今度は砂浜練習のサポートに行っている会長から。
「鵜久森くん! 不具合よ」
わーい☆ もう驚かないぞ♪
「相撲部がマワシを忘れたって」
「なっ……知らないですよそんなの! 昆布でも巻いてろって伝えてください!」
そんで数分後。最後は江末。
「……王子。不具合」
「……今度はどうした」
「鉄道研究部がプロテインがないって」
「どこの筋肉を鍛える気だよ! 鉄ちゃんには絶対に必要ない! 時刻表でも眺めてろって言っとけ!」
スマホに向かって叫んだ後、液晶の時計を見るとまだ午前練習が始まってから一時間しか経過していなかった。おお。神よ。




