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心から部は合宿に行く④


 そんなわけで宿に着いた。宿の名前は「満潮荘」。合宿所のような施設を予想していたが、中々綺麗な温泉旅館だ。


 玄関から中に入った瞬間に、隣にいた綾辻と江末と同じタイミングで、思わず「おー」と感嘆の声を漏らしてしまった。ウキウキ族二人と同じリアクションとは……。恥ずかしい。


「女子三人は三〇二号室、男子二人は二〇一号室だ」


 先生は女子の部屋の鍵を会長に、男子の部屋の鍵を僕に渡した。


「原則二階と三階の行き来はしないように。他の部活とは違う棟だが、騒いだりするなよ」


「はぁーい♪」


 一人だけ手を挙げ元気良く返事をする綾辻穂香さん十六歳。小学生がお前は。


「特に穂香は一人で出歩かないようにな」


「大丈夫! 皆について行くから!」


 得意気に胸を張っているこの人は一応部長です。


「早速十時から開会式があるから全員ジャージに着替えて第一運動場に集まるように」


 えー。もう外にでるのかよ。着いてから夕食までは休憩だと思っていたのに。ていうか何だよ開会式って。合宿にそんなもんいらないだろ。スッと練習始めろよ。


「げ。あと三十分しかねえ」


 隣の有金は時計を見てしかめ面をしている。


「合宿って開会式があるのね」


 へー、と感心顔の会長。


「なんかテンション上がってくるね♪」


「……我も初めて。ワクワクする」


 一体どこにテンションが上がる要素があるのか聞きたいんだけど。


「なあ鵜久森。バックレようぜ。二人ならいなくてもバレねえだろ」


 有金が小声でろくでもないことを提案してきた。

 有金。綾辻と江末は気付かないかもしれんが、会長は絶対に気付くぞ。


「そうしたいのは山々だけど」


 そもそもサボって何をするのかという話でもある。


「海岸に行って、貝殻と角が削れたガラス拾おうぜ」


 わーい。することがかわいいっ☆。


「一応出ないと綾辻や会長にも悪いだろ。それに自由時間も多いみたいだか、ここは我慢して出よう」


 本当は僕もめっちゃサボりたいけどな。周りの目もあるから仕方がない。


 有金は「ま、仕方ねーか」と言いながら重そうな鞄を持ち上げた。それにしても荷物多いなこいつ。部屋でフリーマーケットとか始めないか心配。



 そんなこんなで三十分後。開会式が始まった。第一運動場には百人近くの学生が体育座りをして並んでおり、当然僕たちも体育会の連中に混ざって座らされている。


 暑い。長い。つまらない。バックレて貝殻と角が削れた綺麗なガラスを拾っていればよかった。


「えー体を鍛えるということは同時に心を鍛えるということでもあり……」


 ジャージ姿で体育座りをする生徒達の前で、白髪で鼻が大きい初老の男が、拡声器を持って開会の挨拶をしている。

 一体いつまで話すつもりだこの鼻ジジイは。もう二十分近く話しっぱなしだぞ。


「そもそもスポーツというのは、相手との戦いである前に己との戦いであり、精神の鍛錬を積まなければいけないわけで……」


 苦行だ。こんな時代遅れの精神論を延々と聞き続けるなんて。

 そもそもうちの部活なんて運動部ですらないのに精神の鍛錬を積んでどうする。


「私の話が長いと思っている時点で、その人は精神的に未熟なわけです。フォッフォッフォ」


 喧嘩を売っているのかこのジジイは。


「なあ鵜久森。手榴弾持ってねえ?」


 と、後ろの有金。


「持ってたらとっくに投げてる」


 フラストレーションを溜めつつ五分後。ようやく鼻ジジイの開会の挨拶は終わった。脇に控えていたベテラン体育教師の二階堂先生が鼻ジジイから拡声器を受け取り、軽く頭を下げた。


「ありがとうございました。本日お世話になる満潮荘の支配人代理、林様よりご挨拶をいただきました」


 おい。あの鼻ジジイ部外者なのかよ。何を長々と語っているんだお前は。


 その後も教頭先生のお言葉とかサッカー部の主将が学生を代表して一言とか宿のお風呂の使い方とかお土産は最終日まで買うなとか、炎天下の中様々な有り難いお話が続いた。

 開会式鬼畜過ぎワロタ。ワクワクするとか言っていた綾辻と江末ですら顔が死んでいるし。


「えー、最後に忘れ物について」


 進行役の二階堂先生が業務連絡を始めた。どうやら地獄の開会式も遂に終わりらしい。

 あー良かった。でも最初からこれだとこの先の合宿が思いやられるな。エアコンに慣れすぎたせいで、夏は外に出ているだけで辛いというのを完全に忘れていた。


 二階堂先生は拡声器を置き、手に持っていたビニール袋の中から忘れ物と思しき物を何点か取り出した。そしてそのまま拡声器は使わずに全体に向けて忘れ物の説明を始める。


「行きのバスから既に三点も忘れ物があったので気をつけるように。まず第一号車で紺色の靴下とメガネケース。あとこれは第二号車の……ビーフジャーキー? こんなもの合宿に持ってきてどうするんだ」


 あ。その袋は我らが清沢先生の……。


「しかもわざわざ袋に名前が書いてあるな」


 ひええええ! やめたげて!


「えーっと、きよさ…………あ」


 読んでいる途中で二階堂先生の表情が固まった。


 整列している教職員の列に視線を移すと、一人だけ顔を真っ赤にして石化している女性がいた。かわいそうに……。

 ていうかなんで名前なんて書いたんですか。先生のビーフジャーキーは誰もとったりしませんから。


 二階堂先生はギュッと眉間に皺を寄せた後、誤魔化すように咳払いをし、それ以上は読み上げなかった。


「こ、心当たりのある者は後で取りにくるように。この後は部活毎に別れてミーティングを行う。各部活、顧問の先生のところに集まりなさい」


 あーあ。よりによって学年で一番厳しいといわれている二階堂先生にみつかるとは。まあ先生が合宿にビーフジャーキーを持ってたことで怒られるのかどうかは知らんけど。


 二階堂先生の話が終わると、運動場の各地でそれぞれの部活のミーティングが始まった。

 心から部の五人は顧問の清沢先生のところに集まったが、先生が体育座りで悲しみに暮れているため、とりあえず待機している。


「あああ……。おろろーん。夜の教職員ミーティングが怖いよう」


 地面に木の棒で何かを書きながら、誰に言うわけでもなく呟く清沢先生。


「愛ちゃん。どうして名前なんて書いちゃったの?」


 先生の背中を優しくさすりながら声を掛ける綾辻。こういうことが自然にできるのは本当に尊敬する。


「だって誰かのジャーキーと間違っちゃ困るし、名前ペンがそこにあったから……」


 残念ながらジャーキーはあなたしか持ってきてません。


「そっか……」


 必死に共感しようとする綾辻。この件に関しては無理があると思うぞ。


 ていうか初っぱなからこんなで本当に大丈夫なのだろうか。不安だ。極めて不安。


「……私は二階堂先生に弁明をしてくる。今日の仕切りは全部鵜久森に任せるから。ほらこれが今日のスケジュールな」


 先生は紙切れを僕に手渡し、そのままフラフラと宿の方へ戻って行った。


「な!? ちょ、先生!」


 先生は僕の声に一瞬止まったが、その後は全力疾走で宿の方へと消えていった。


 手渡された紙には各部活のスケジュールがパソコンで入力されており、それ以外にも先生の手書きのメモがビッシリと書き込まれている。


「じゃあ愛ちゃん行っちゃったし、ハルくんよろしくね♪」


 え、何。本当に僕がやるの? ていうか何をやるのかしら。

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