心から部は合宿に行く③
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そんなわけで合宿当日の朝になった。現在発車前のバスの中。
「なあ鵜久森。グミ食う?」
「……ありがとう」
隣の席でソワソワ落ち着かない様子の銀髪のイケメンから、熊の形をした外国のグミを貰った。おしっこ行きたいならバスが出る前に行ってきなさい。
ていうかなんでお前そんなテンション高いんだよ。昨日部室で逃げようとしていたくせにルンルンじゃねえか。あ、でもこのグミ硬くて美味しい。
「お前さっきのでかい鞄二つに何入ってんの?」
30分ほど前学校に現れた有金は、馬鹿でかい二つの鞄を、一つは背負い、もう一つは抱えて登場した。
他の部活の手伝いで行くのにもかかわらず、何故かどの体育会系部員よりも荷物が多い。夜逃げでもする気か。
「盤と駒と着替えとグミ」
それだけであの量。合宿中は基本ジャージで生活だぞ。毎日オシャレに着替える気かお前は。
今乗っているのは学校がチャーターした大型のマイクロバスで、二人座りの座席の右側後方に僕と有金、江末と綾辻、更にその後ろに会長と清沢先生と並んで座っている。清沢先生が何故生徒と一緒に座っているのかは謎だが、部活毎に座席が固まっているようだ。
「あ! 有金くんグミ美味しそう。わたしのチョコと交換しよう?」
綾辻がぴょこんと顔を出した。
「ああいいぜ」
「わーいありがとう♪」
嬉しそうに有金から貰ったグミを口に入れる綾辻。
そして隣の江末も座席の横から顔を出し、
「……駆。我もグミが食べたい。この口の中がパチパチする綿菓子と交換するべき」
「ほー。ちびすけの菓子は独特だな」
「……だから我はちびすけではない。泣く子も黙る地球外生命体の江末ふみちゃん!」
有金はご立腹な様子の江末を気にもせず、貰った綿菓子を口に入れた。
「お!? なんだこれ! すげえなこの綿菓子! 口の中で天ぷら揚げてるみてえだ!」
「……でしょでしょ? 駆、なかなかわかっている!」
遠足気分かお前ら。ウキウキしすぎだろ。
三人の様子にやれやれとため息を付いていると、グミを食べ終わった綾辻と江末が、同時に僕の方へと顔を向けた。
「ハルくんは? 何か持ってないの?」
「……隠していないで出すべき」
キラキラ目を輝かせるな。ハロウィンの子供がお前らは。
「いや。何も持ってないけど」
僕の言葉に二人は肩を落とし、
「えーつまんない」
「……王子。がっかり」
「なんだよその僕が空気読めてないみたいな感じは! 普通合宿にお菓子なんか持ってこないだろ」
「こういうバスでの移動のときはお菓子交換が定番だもん」
「そんな定番僕は知らん! 多分会長も持ってきてないし」
「私? 一応あるわよ。お煎餅だけど」
会長は鞄の中から七味唐辛子煎餅と書かれたプラスチックの袋を取り出した。
お菓子のチョイスが渋いな。そんで辛くて美味そう。
「うわぁー! 何それ超美味しそう!」
「……麗。我のパチパチする綿菓子と交換するべき」
会長のお菓子に群がるウキウキコンビ。もうそろそろ出発するから自分の席にちゃんと座りなさい。
「あーあ。ハルくんもお菓子持って来てれば全員で交換できて楽しかったのにな」
綾辻は会長から貰った真っ赤な煎餅をパリパリ食べながら言った。
なんで僕が悪いみたいになってんの。多数派の暴論じゃないかしら。とりあえず誰か仲間を……。あ。
「いや待て綾辻。清沢先生がいるだろ。さすがに先生は持ってきてないはず……」
僕の言葉に窓の外を見ていた先生は、
「馬鹿にするな鵜久森。私だってお菓子くらい持ってきている。ほら黒飴」
得意気に鞄から黒飴を二つ取り出した。
「黒飴はいらないや」
「……我も」
おい。急にそのテンション。日本書紀にも登場する超ロングセラーだぞ。今すぐ黒飴先輩に謝れ。
「なっ、黒飴じゃダメなのか!? あ! ビーフジャーキーもあるぞ! ほら!」
先生は鞄の中からビーフジャーキーの袋を取り出した。
「愛ちゃん。それお菓子じゃないよ」
「……先生。それはおつまみ」
残念ながら二人には全く響かなかったらしい。僕は好きだけどね。黒飴もビーフジャーキーも。
「そんな。ジャーキー美味しいのに。チータラとあたりめもあるのに」
おい。あんた旅館で酒飲む気だろ。
ていうかいいのかよこんなに騒いでいて。うちの部活だけ完全に浮いてるぞ。
同じバスに乗っているのは野球部、バレー部、剣道部、陸上部で、着いてからすぐ練習が始まるらしく、誰一人浮かれた様子がない。
これからきつい練習が待ってるんだもんな。手伝いさえすれば後は遊んでいてもいいと言われている僕たちとは心持ちが全く違うだろう。
「大変だよな。四泊五日ずっと練習しっぱなしなんて」
何気なく有金に言うと、
「まあでも本人たちは好きでやってるわけだからな。真剣に好きなことやってんだから、多少きついくらい大丈夫なんじゃねーの」
んー。確かにそうなのかもしれない。熱い気持ちを持っているから本気になれるんだろうな。
少しするとバスが動き出した。学校から合宿先の三浦海岸まではかなり近く、車だと20分ほどで着く。
横須賀の海岸をなぞるようにバスは進んだ。同じ神奈川の湘南の海とは大きく違い、夏にも関わらず海水浴客よりも釣り人の方が多い。海岸沿いの歩道をランニングする人の姿も多く見えた。
「有金は、部活はもうやらないのか?」
隣で詰め将棋の本を読んでいる有金に聞いた。
有金は中学時代は走り幅跳びで好成績をおさめていた。高校でも最初は陸上部に入っていたのだが、ギャンブルにのめり込んで退部というとんでもない過去を持っている。
「今は将棋が楽しいからな。そっちを頑張ることにしたんだ。少なくともちびすけを倒すまでは辞めねえ」
グミを頬張りながらそう言う有金の表情は、最初部室に来た時とは比べものにならないほどイキイキとしていた。
「江末ってそんなに強いのか?」
「ああ。将棋に関してはバケモンだ」
へえ。あの江末が。
有金曰わく、江末の強さはどう考えても趣味や部活の域を超えていて、二人の力の差は一向に縮まらないらしい。むしろ将棋の勉強をすればするほど、江末の恐ろしい強さを思い知ることになる、とのことだった。
「昔将棋を習っていたとか」
「いや。習ってはいたんだろうが、そんなレベルじゃねー。ま、とりあえず今年中に一勝はしたいところだな」
有金は再び詰め将棋の本を読み始めた。
将棋の化け物、か。
江末とは部室で二人になること多くてよく話すけど、いつもあいつが最近はまっているアプリの話ばかりでプライベートのことはよく知らない。
ただ普段のあいつを見ている限り、とても将棋に心血注いでいるようには見えないけど……。
「……王子」
後ろを振り返ると、江末が後ろの座席から少しだけ顔を出していた。考えていた当の本人からいきなり声を駆けられ、思わずドキリとする。
「どうした?」
僕が聞き返すと、江末はいつも小さな声をさらに小さくして、内緒話のように囁いた。
「……海に着いたら、一緒に我々の仲間を探しに行きたい。海は地球外生命体の宝庫」
「嫌だけど」
やっぱり僕にはこいつが将棋の化け物だなんでとても思えなかった。




