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鵜久森春は間に合わない⑦

 さてさて激動の昼休みの後の午後の授業。僕と綾辻は四時間目と同様に机をくっつけて一緒に教科書を使った。

 綾辻は授業を真面目に受ける子のようで、どの授業も真剣な眼差しで先生たちの授業に耳を傾けていた。

 数学の難しい問題では「むー」と悩み、現代社会で新しい知識を聞くと「へーっ!」と露骨に驚いた表情をする。


 今日一日隣から見ていて、綾辻は表情がとても豊かな女の子だということがわかった。宮崎アニメの主人公のような、純粋で天真爛漫な女の子といった感じだ。今の時代にこんな子は絶滅危惧種なんじゃないだろうか。

 授業をしている先生も綾辻みたいな生徒ばかりだったら最高だろうなあ。現社なんて何人か寝ているやつもいたのに、転校初日の人間がお前はサクラかと言いたくなるくらいオーバーリアクションだった。そのせいか現社の瀧川先生も少し上機嫌だったし。


 そんなこんなで五、六時間目も終わり現在は放課後。僕と綾辻は二人だけで教室に残っていた。

 うちのクラスは部活をやっている人間がほとんどなので、授業が終わるとすぐにクラスの連中は全員出払ってしまった。残ったのは帰宅部の僕と、転校初日で何の部活にも入っていない綾辻の二人だけだ。


「みんなすぐに教室からいなくなっちゃうんですね」


「ああ。このクラスのやつはほとんど部活に入ってるからな」


 帰宅部の数名もバイトだとかなんとかで早々に帰ってしまった。僕は帰宅部のくせにバイトもしておらず、いわゆる一つの暇人である。


「鵜久森くんは何部なんですか?」


「僕は帰宅部」


 この質問を聞かれるたびに少し後ろめたい気持ちになる。帰宅部ってなんか周りからのイメージが悪いんだよなあ。しかも帰宅部って答えると、「あ、じゃあ何か習い事やっているの?」って掘り下げてくる。だが僕は習い事もやっていない。「じゃあバイト?」……やっていない。

 ……いいだろ別に!学生の本文は勉強なんだからさあ!部活よりも習い事よりもバイトよりも、勉強を一生懸命やるべきなんだよ本当は!

 まあそんなわけで世間では帰宅部への風当たりは強いので、この手の質問はなるべく手短に終わらせたい。好奇心旺盛な綾辻はきっと色々聞いてくるだろうし。

 しかし、方向音痴界のファンタジスタ、綾辻穂香の反応は予想の斜め上をいくものだった。


「え! そうなんですか!? 実は私も入ろうと思っていたんです、帰宅部!」


 ……こいつは本気で言っているのだろうか。この爛々した目と期待に膨らんだ表情を見るに冗談ではなさそうだが……。


「帰宅部に?」


「はいっ!アニメの会話の中で存在を知って。私のためにある部活だと思いました!」


「……綾辻。残念だが帰宅部なんて部活はないんだ」


「うちの学校にはないってことですか? でも鵜久森くんは入っているって……。もしかしてまだ部員が少なくて同好会?」


 違う。そんなわけがあるか。そもそも帰宅同好会ってどんな連中が集まっているんだよ。「僕、三度の飯より帰宅するのが好きなんですよ。ハッハー!」みたいなやつらか?


「帰宅部というのは部活に入っていない人間に対する皮肉を込めた呼び方だ。だから帰宅部なんて部活は全国どこにも存在しない」


 綾辻は少し何かを考えるように黙り込み、少し経ってハッとした顔を僕に向けた。


「……ええええええええ!? じゃあないんですか帰宅部」


「もちろんない」


「でも愛ちゃんが学生の時、帰宅部でインターハイに出たって」


「それは清沢先生の嘘……というかユーモアだ」


 あの先生何くだらない嘘ついてんの。


「私が新しい高校に入ったら入部したいって言ったら、とりあえず腹筋だけは鍛えとけってアドバイスを」


「なんだそのわけのわからん会話は……」


「嘘だったのかなぁ……。私あれから腹筋台まで買ったのに」


 騙す方も騙す方だが騙される方も騙される方だ。そもそも帰宅部のインターハイって家に帰るだけなのにどんな大会があるんだよ。


「残念だけど帰宅部に入るのは諦めるしかないな。他に何か入りたい部活は?」


「うーんと……帰宅部に入ろうと決めていたのですぐには思いつかないです」


「まあじゃあ色々見学して考えてみれば? あとうちのクラスの部活入っているやつに話聞いたりとか」


 と、提案してはみたが、綾辻は浮かない表情だ。


「でも帰宅部以外の部活に入っちゃうと帰りが……」


「確かになあ。まあ今日はとりあえず帰るか」


「え!? もしかして鵜久森くん一緒に帰ってくれるんですか?」


「清沢先生にも頼まれたしそのつもりだけど……」


 当たり前のようにサラッと言ってしまったが、もしかして僕、めっちゃ気持ち悪いこと言ってない?「お前を家まで送って行くぜ☆」的な。

 

 しかし綾辻はそんなことは全然気にしていないらしく、


「やったぁー!二人で帰るなんて楽しそうですねっ!」


 と、ルンルンのご様子だ。今も机を両手で押さえながらピョンピョン跳ねている。


「僕と一緒に帰っても楽しいかはわからないけど」


「そんなことないですっ! きっと楽しいです! 楽しいに決まってます!」


 綾辻はそう言ってニコッといつもの爽やかな笑顔を僕に向けた。


「……そうだといいけど。じゃあ帰るか」


「はいっ!」


 僕が鞄を持ち上げて歩き出すと、綾辻は置いていかれまいと少し小走りで僕の隣に並んだ。綾辻は隣に並ぶと僕の顔を覗き込み、エヘヘと嬉しそうにはにかんだ。

 あまり隣を見ると僕の方が恥ずかしくて顔が赤くなりそうだ。

 僕は平静を装いながら、綾辻が遅れないように、いつもより少しゆっくりしたスピードで帰路についた。

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