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八千草麗は作戦を変える④

 突然の出来事でとっさに会長を受け止めたたが、僕は体勢を保つことが出来ず、その場に倒れてしまった。当然会長も覆い被さるようにして僕の上に倒れてくる。


「ぐわっ!」


「きゃっ!」


 尻餅をついた僕にうつ伏せで覆い被さる会長。薄着で少し汗ばんだ会長と体が密着する。僕の頬と会長の鼻の辺りがぶつかり、顔の距離はほぼゼロ。会長の体温と息遣いが直接伝わってくる。


 ひいいいいいいい! なんだこの状況は! 近い! やわらかい! 近やわらかいいいいい!

 なんでこの人の肌はこんなにしっとりとしてやわらかいんだよ! 本当に僕と同じ人間なのか? ていうかお姉さん。お胸があたっているよ!? のび太さんのエッチ案件だよ!?


 会長は顔を赤くしながらも、立ち上がろうと体を起こした。


「は、ハルくん! そ、その、ごめんなさ……きゃっ!」


 しかしその最中に再び足を滑らせ、仰向けに倒れている僕に対してまさかのボディープレス。


「げふぅっ……!」


 先程とは違い、一切体に力を入れていない状態だったので、思いっきり不意打ちを食らった。


 口から内臓が飛び出そうになるのと同時に、あまりの衝撃に意識が遠のく。

 なんか気持ちよくなってきた。僕はこのまま会長のボディープレスで天に召されるのかしら。あ。歴代のご先祖様達が迎えにきた。こっちこっちって手招きしてる。僕も一緒に上に行かなきゃ。わーい☆ それー☆


「は、ハルくん!? だ、大丈夫!?」


 会長は僕の体を揺さぶりながら何度も必死に呼び掛けた。


「……大丈夫です。生きてます。とりあえずおはようございます」


 グロッキーな状態でフラフラと立ち上がり、なんとか会長の言葉に答えると、


「よ、よかったわ。危うく初デートで殺人を犯すところだったわ」


 と、ホッとした様子の会長。


 怖いことを言うな。そんな阿鼻叫喚な事態は誰も望んでない。

 ていうかなんで急にこんなことになるんだよ。さっきまで嬉し恥ずかしラブコメ展開だったろうが。


「会長を殺人犯にせずに済んで僕もよかったですよ。で、どうしたんです? 連絡も無しで遅れるなんて会長らしくもない」


 僕は体に付いた埃を払いながら会長に聞いた。すると会長は気まずそうな表情を浮かべて俯いた。


「それが……その……今日が楽しみすぎて、昨日の夜一睡も出来なくて」


「え」


「い、いや、その……だって! ハルくんと二人で遊ぶのなんてすっごいすっごい久し振りじゃない! もうこんなことなんて一生起きないと思ってたから夢みたいで! 十一時にお布団の中には入ったのよ? でもそこからどのお洋服を着て行こうとか、どんなことを話そうとか、考えれば考えるほど興奮してきて、目が冴えてきて、気が付いたら鼻血も止まらなくなってきて……」


 と、嬉しそうに一気にまくし立てる会長。


「な、鼻血が!?」


「は、鼻血くらい出るわよ! わ、悪い?」


 出るのか? いや普通出ないだろ。鼻の粘膜どうなっているんだ。


「いや、悪くはないですけど……」


「と、とにかく! 私は寝坊をしたの。許しなさい」


 会長は腕を組み、ふんぞり返った。


 「ただの寝坊かよ!」とツッコミたかったが、ここまで堂々と振る舞われたら何も言えない。


「……とにかく何もなかったみたいで良かったです」


「ええ。心配をさせてしまったみたいね。悪かっ……あ!」


 会長は突如何か良くないことを思い出したようで、その場に膝から崩れ落ちた。


「な、急に!? 今度はどうしたんです?」


「ま、待ち合わせの時の計画が……」


 茫然自失の様子で呟く会長。


「計画?」


 僕が聞き返すと、会長はハッとした表情をした後に苦笑いを浮かべたままこちらを向き、


「な、なんでもないの。こっちの話」


「はあ。まあいいですけど」


 僕がそう言うと、会長は顎の辺りに手を当て、


「でもどうしたものかしら。ここから昨日のイメージトレーニングのような展開に持ち込むためには……」


 何やらブツブツと独り言を言い始めた。


 ……大丈夫か今日の会長。普段も大分おかしいけど、今日はおかしさにターボがかかっている。


 会長はしばらく独り言を続けた後、何かを決心したらしく、「よし!」という言葉と共に僕の方へと向き直った。


「ハルくん」


「なんでしょうか」


 そう言えば今日は名前呼びなんだな。距離が更に近くなった感じがして少し恥ずかしい。


「その……今日は待たせて悪かったわ。怒っているでしょう?」


「いや、全然。何もなくて良かったです」


「怒ってないの?」


「はい」


「全然?」


「はい。全く」


「……ちょっとでいいから怒ってくれないかしら」


 何その問題発言。齢十六にして女性に怒ることを懇願されるとは思わなんだ。


「言ってる意味が良くわからないのですが……」


「……ダメ、かしら」


「ダメというか何というか、だって怒ってないんですもん」


 謎のやりとりだった。


 会長の真意が全く分からん。世の中には罵声を浴びせられることで興奮を覚える人が存在すると聞いたことがあるが、まさか会長がそうだというわけじゃないだろう。


「となると……プランBね」


「? 何です? プランBって」


「ハルくん。今日、あなたは私のことを会長と呼ぶのは禁止よ!」


 会長は僕の方をビシッと指差し、高らかに宣言した。


「禁止?」


 会長と呼ぶのは禁止? なんだそれ。今日僕のことを下の名前で呼ぶことと何か関係しているのだろうか。

 ……もしかして、二人で遊びに行くから恋人気分を、とかそういうことか? いや、でも会長に限ってそんな浮ついた考えは有り得ないか。まだこれがデートと決まったわけではないし。だとしたら理由は一体……。


「そ、そうよ! 会長と一回呼ぶ毎に私はあなたを木槌で殴打するわ」


 何それ。当たりどころによっては死んじゃうんだけど。あなたそんなに会長って呼ばれるのが嫌なの?


「冗談、ですよね」


「麗ジョークよ」


 微塵のセンスも感じないジョークだった。


「……。で、何で会長って呼ぶのがダメなんです?」


「それは……そ、外で会長なんて呼ばれたら、道行く人に『あの人あの年齢で町内会長なんだ』って思われちゃうじゃない?」


 上擦った声で意味不明なことを言う会長。


「いや、多分誰も思わないです」


「思うわ」


「思いません」  


「ぐっ……。と、とにかく会長は禁止なの!」


 会長は腕をブンブン振りながらまくし立てた。


 まるで小学生の時の言い争いだ。会長は自分の言い分を絶対に曲げないから、こうなるといつも僕の方が折れてたんだよなあ。今思うとホント会長ってズルい。


「ま、いいです。とりあえず行きましょう」


 僕がそう言うと会長はしゃがみ込んで、また独り言を言い始めた。


「うぅ……。ハルくん……。私のばか。こんなはずじゃ……」


 今度はいじけだしたのか? まったく。完全無欠の生徒会長のくせに、急に小学生みたいになっちゃうんだから。


「ララちゃん。早く行きますよ」


 会長か禁止なら昔の呼び方に戻すしかないな。まあかなり恥ずかしいけど。


 僕の呼び掛けに対して、会長はいつも通り、普通に返してくるかと思ったが、


「なっ!?」


 目を見開き、声を上げたままフリーズした。


「……え、だって会長は禁止なんでしょ」


 今度は大輪の花を咲かせるかの如く徐々に表情を明るくし、


「そ、そうよ! 禁止よ禁止♪ さ、一緒に行こ? はーるくん♪」


 会長は満面の笑みで僕の名前を呼んだ。


 ……やっぱりこの人はズルい。


 この笑顔はさすがに反則だ。

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