八千草麗は作戦を変える③
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翌日日曜日。僕は約束通りの午前十時に北口改札にやってきた。
日曜日ということもあってか駅前は大勢の人で賑わっており、僕と同じように改札を出たこのスペースを待ち合わせ場所に使っている人も多い。
さて会長は……まだ来ていないみたいだな。良かった。僕はまだ心の準備が出来ていない。会長が来るまでの間に気持ちを落ち着かせないと。
正直に言って、今僕はただただ純粋にドキドキしている。女の子と遊びに行くのなんて初めてだし、ましてや会長とは昨日あんなことがあった。今こうして待っているだけでも口から心臓が飛び出しそうだ。
とりあえず、いつも通りで行こう。変に緊張しては会長も気を使うだろうし、せっかく遊びに行くのに楽しめなくなってしまう。お互い自然体で、いつも通り楽しく話せればそれでいいじゃないか。
そんなことを考えながら待ち続け、時刻は十時十分。
……あれ。遅いな会長。もしかして僕、時間を間違えたか? いや、確かに昨日電話で十時に集合と言っていた。だとしたら場所? いや、会長が北口と言っていたのを記憶しているし、確認までしたはずだ。
だとすると会長の遅刻……? いやでも、会長が遅刻するなんて僕が知っている限りでは今までに一度もない。
そうだ。もし遅刻しているのだとしたらスマホに連絡が来ているはずだ。
僕はジーパンのポケットからスマホを取り出し画面を確認した。
連絡は……来ていない、か。
会長、大丈夫だろか。少し心配になってきた。
これが有金とか祐輔とか、いい加減な人間との待ち合わせだったらこんなに心配はしない。
もしあいつらだったら、どうせ寝坊でもして慌てて家を飛び出して、向かう電車の中で連絡をしようとしたらスマホの充電が切れていて、降りて充電器を買って連絡しようか迷ったけどお金がもったいないし、鵜久森だったら三十分くらい待っててくれるだろうから別にこのままでいいや☆とか思っている頃だろう。
でも今日の相手はあの会長だ。品行方正のお手本のようなあの人が寝坊なんてするわけがないし、約束の日にスマホの充電が切れているわけがない。
そうなると、やはり何かアクシデントがあったとしか考えられない。……む。ますます心配になってきた。
とりあえず、こちらから連絡をしてみよう。もしかしたら会長の方が待ち合わせの場所を間違えているかもしれないし。
『お疲れ様です。待ち合わせ場所、北口でいいんでしたっけ?』
よし。これで会長から返信が来れば話は早い。もし違う場所にいるのなら僕の方から迎えに行けばいいのだから。
そして五分後。
ダメだ。一向に返信が来ない。ていうか既読すらつかない。スマホを見る余裕すらないのだろうか。
念のため、念のために電話もしておこう。すぐに出なくても留守電を聞いてくれるかもしれないし。
僕は通話履歴にある会長の名前を人差し指で押し、スマホを耳に当てた。
『お掛けになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っておりま……』
繋がらない。しかも会長は今、圏外の場所にいるのか。
……もしかして誘拐されて地下に閉じ込められていたりして。いや、さすがに考えすぎか。でも最近物騒な事件が多いし、会長くらい美人だったら………。あああああなんかめっちゃ不安になってきた。どうしよう。本当に誘拐されていたら。
ま、まずは警察か。それとも会長の家に電話をするべきか。それともそれとも優里に頼んで会長の居場所を探知できる機械を作ってもらうべきか。あいつは「大気圏内だったらどこでも大丈夫♪」とか恐ろしすぎることを言っていたし。ええい迷っている時間がもったいない。とりあえず優里だ。優里に電話を……。
「……るくーんっ!」
僕が一人で迷っていると、遠くからこちらを呼ぶ声が聞こえた。
声がする方を向くと、遠くから会長が鬼の形相でこちらに向かって全力疾走していた。良かった! 会長は誘拐されてなかった!
僕はホッと胸を撫で下ろし、こちらに向かって走ってくる会長を眺めた。
「ハルくーんっ!」
僕の名前を叫びながら必死の形相で走る会長の本日のコーディネートは、襟付きの白いブラウスに膝より上の黒いスカート。少しお嬢様っぽい格好だが、色が白くて清楚な顔立ちの会長にはとても良く似合っている。
せっかく美人なんだから、眉間に皺を寄せて歯を食いしばりながら苦悶の表情をするのはやめてくれないかしら。
全力疾走をする会長はとてつもないスピードだった。しかもスピードだけではない。あのヨハン・ブレイクもビックリするであろう、お手本のような綺麗なフォームだった。
スターン、スターン、スターン、とリズムの良い足音と共に、会長はどんどんこちらへと近付いてきている。
一歩一歩を大きく蹴り出しているのに、足と地面の設置時間が短い。この力の使い方の効率の良さが爆発的な推進力を生み出しているのだろう。力任せの筋肉に頼った走りではこうはならない。生まれ持ったセンスと、強靭な腱がなければできない走りだ。
走る会長の脚に目をやった。スラッと長く、無駄な筋肉は一切付いていない。まさにアスリートの脚だ。そして足元は可愛らしい水色の花があしらわれたサンダルで……って危ねえ! この人サンダルを履いてあんな猛スピードで走っているのかよ!
気付けば会長は全力疾走のまま僕の目前まで迫ってきていた。
おいおい。まさかそのスピードのまま突っ込んで来る気じゃないだろうな。そのスピードでぶつかられたら、最早ただの人身事故だぞ。
さすがに会長は徐々にスピードを落とし、肩で息をしながら歩いて僕に近づいた。
そしてヨタヨタと歩いて来たかと思ったら、
「はあっ……はあっ……、は、ハルくん! あ、あの、ほ、ホントにごめんな……きゃっ!」
会長は僕の目の前で、自分の左足に右足を引っかけるという器用な方法で躓いた。
そしてそのまま、僕の体を目掛けてダイブ。
「ぐ、ぐふっ……」
僕は会長の渾身の体当たりを食らいつつも、何とか両手で会長を受け止めた。




