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八千草麗は作戦を変える①

 着信音が鳴り響くスマートフォンの液晶を見た瞬間に心臓が跳ねた。そこに表示されていたのは八千草麗の名前だったからだ。


 電話に出なければと携帯を握ったが、会長の家でのこともあってどんな感じで出れば良いのかがわからない。


 少しためらって着信音を数秒聞いた後、僕は一つ深呼吸をして液晶を通話の方向にスワイプさせた。


「もしもし」


「あ、鵜久森くん? 八千草よ」


 知っています。昨今の電話は液晶に相手の名前が出ますから。


「こんばんは。会長、今日はありがとうございました」


 意外といつも通りの感じで話すことができた。会長の声色もいつもと同じように感じる。


「うふふ。こちらこそありがとうね。パパもママも喜んでいたわ」


「あんなにご馳走になってしまってすいません。お二人にもよろしくお伝えください」


「ええ。伝えておくわ」


「はい。お願いします」


「……」


「……」


 しまった。会話が途切れてしまった。こちらから何か話をした方が良いのだろうか。でも電話をくれたのは会長の方だし……。


 お互い何も喋らず、一気に緊張感が高まった。スピーカーからは少しだけ会長の息づかいも聞こえ、何だか妙に意識してしまう。

 

 心臓の音が速くなる。会長も僕と同じようにドキドキしているのだろうか。


 しばらく沈黙が続いた後、会長が均衡を破った。


「えっと……ね。電話したのはね、う、鵜久森くんが明日何をしているのか聞きたくて……」


 会長の声からは少し緊張の色が感じられる。


「へ? 僕? 明日?」


 思わず声が裏返ってしまった。


「そ、そうよ。明日の鵜久森くんの予定を聞きたくて電話したの」


「明日は特に何の予定もありませんが……」


 僕の明日の予定を緊張した雰囲気で確認する会長。これってもしかして……。


「ほんと? ……えっと、明日ね、私行きたいところがあるの。その……良ければ一緒に行ってくれないかしら」


 会長と、会長の行きたい場所に二人きりで。


 これは完全にデートのお誘いじゃないのか……? それは思い上がった考えなんだろうか。 


「も、もちろん大丈夫です」


「ほほほんとに!? 良かったわ。じゃあ明日の十時に北口改札に待ち合わせでいいかしら」


 会長はの声色が突如明るくなった。


「了解です。ちなみにどこに行くんです?」


「それは……そうね。明日になってからのお楽しみしましょう」


 電話の先の声が弾んでいるのが分かる。先ほどの緊張感漂う雰囲気から、いつもの会長とのやり取りに戻った感じがした。


「なんかちょっと不安なんですけど」


「うふふ。大丈夫よ。私に任せて。じゃあ北口に十時ね」


「分かりました。楽しみにしていますね」


「ええ。私もとってもとっても楽しみだわ。また明日ね。おやすみなさい」


「おやすみなさい」


 …………。


 明日、十時に北口。絶対に遅刻しないようにしなきゃな。


 ……なんか今から既に緊張してきた。


 会長と二人でどこかに出かけるなんて小学生の時以来だし、そもそもあの時行っていた場所なんて公園とか駄菓子屋とか図書館とかそんなところだった。


 それが高校生になって、二人で駅前で待ち合わせか。


 何だか恥ずかしいような。楽しみなような。何ともいえない感情が心の中を渦巻いている。


 会長の声、楽しそうだったな。


 あの嬉しそうな声を聞くと、いつもこっちまで嬉しくなってくる。


 明日もそれが聞けると思うと、僕はさっきまでよりも更に待ち遠しい気持ちになった。

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