鵜久森春は真実を知る④
ハルくんの肩にもたれて、手を握って、顔と顔が近づいて、見つめ合って……。その次にすることは一つしかない。それは……。
ああああああ! 言えるわけがないわ! そんなことを言ったら、はしたない女だって思われるかもしれないし! 気不味くなっちゃうかもしれないし!
でも、もしハルくんもその気だったら……。私はこの部屋でハルくんと初キ……きゃああああああん♥ 想像しただけで心臓麻痺を起こしそうだわ!
だ、ダメよ麗。それはさすがにまだ早いわ。そういうのはちゃんと付き合って、しばらくしてからするべきだもの。私とハルくんは清く正しいお付き合いをするんだから!
「つ、続きは……その……お、お子ちゃまのハルくんにはわからないんじゃないかしら」
ハルくんは恋愛に対する興味が皆無で超鈍感の朴念仁だから、きっとわからないわよね。でもそこがまた可愛くていいのだけれど♪
「な……お子ちゃまじゃないし! ていうか会長だって一歳年上なだけでしょ」
お子ちゃまと言われたのが気に食わなかったのか、ハルくんは珍しく過剰に反応した。うふふ。この動揺している感じ。「続き」が何なのかはわかっていないみたいね。
「へぇー、そう。だったらわかるのかしら。大人が二人の時にすること」
「そ、それくらいわかりますから!」
「鵜久森くんがねぇ。本当にわかるの? 怪しいものだわ」
「と、当然じゃあないですか! ハッハー! 僕だってもう高校生ですよ? それくらい余裕です!」
「じゃあ言ってみて?」
私がそう言うと、ハルくんは「うっ……」と言葉に詰まった後、顎の辺りに手を当て、「大人が二人ですること……」と独り言を呟きながら考え始めた。
そして一分くらい経った後、
「ふふふふふ! わかりましたよ会長!」
得意気な表情で顔を上げた。自信に満ちた顔をしているけど、こういう時のハルくんの自信は大抵当てにならない。
「じゃあ言ってごらんなさいよ」
私が少し挑発的に言うと、ハルくんはこれしかないと言わんばかりの表情で、
「『せ』から始まる四文字のやつですよね!」
「せ」から始まる四文字? 何のことかしら……。大人がする「せ」。洗濯じゃないだろうし、二人でする「せ」……。
うーんと、えーっと……。
………………………………………………あ。
「なっ……! はぁ……!? 急になんてことを言い出すの!? 快活なドヤ顔で幼馴染みに何を言っているの!? 鵜久森くんのドスケベ! 変態!」
は、ハルくんたら真面目な顔をしてそんなことを考えていたなんて……! ハルくんからの予想外の衝撃発言に、私の顔は瞬く間に熱くなっていく。
「え……。あれ? 違ったかな。父さんがよく話をしているんですけど」
「お、おじ様が!? 一体どんな親子なのよ!」
ハルくんの家の、あのダンディーなおじ様が!? し、信じられないわ。ああ。私の中のイメージが……。ハルくんの家は親子揃ってスケベだったなんて……!
「いや、どんな親子って言われても。食後の何気ない会話ですよ」
「しかも何気なくそんな会話を!? すべてが予想外ね……。斜め上だわ。 ち、ちなみにおじ様はそのことについて何て言っていたのかしら」
「相手に気を使わなきゃいけないから大変だって」
「実の息子にそんなことを!?」
もっとロマンチックなものじゃないの!? 気の使い合いなの!?
「お金もかかるし」
「おか……お金!? ダメよ鵜久森くん! お金を払ったら犯罪なのよ!」
「いや、相手に直接渡すとかじゃないですよ? お店の代金とかってことです」
「な、なるほどね……。確かにそういうのは男性側が出すものだって聞いたことがあるわね」
そう言えばクラスの女の子たちが「ホテル代は彼氏持ち」なんて言っていたかしら……。あの時は「恥も知らない豚共め」って心の中で吐き捨てていたけど、世間的にもそういうものなのかもしれないわね。……メモしておこうかしら。
「男性側? いや、この間は相手も男性だったみたいですよ」
「ひいいいいいいいい! これ以上私の中のおじ様を壊さないでええええ!」
「壊さないでって言われても……。うちの父親もしがないサラリーマンですから」
「さ、サラリーマンは関係ないと思うけど、まあいいわ……。ここまで来たら最後まで行きましょう……。おじ様は他には何て?」
「他に、ですか? うーん……。あ、相手に気持ちよく帰ってもらうためにはお金の面以外にも色々頑張らないとって言ってましたね」
「い、色々頑張るですって!? 色々って何なの!?」
私は乗り出してハルくんに聞く。
「信頼関係が大切だから、自分のことを知ってもらうために、すべてをさらけ出すって」
「な、生々しすぎて聞きたくないいいいいい! ほ、他には……?」
「聞きたくないって言いながら根掘り葉掘り聞いてるじゃないですか……。でも意外ですね。会長がこんなことに興味があるなんて」
「な、ばっ……! 興味なんてないわよ! 変なこと言わないでくれるかしら! セクハラで訴えるわよ!」
「まあいいですけど。後は……何か言ってたかなあ」
「……あるなら隠さずにちゃんと言いなさい!」
「あ、そう言えば、今度は受ける側になるんだって喜んでました」
「ひぃいいいいいいいいい! ど、ドMじゃないの!」
「いや、ちょ……人の父親を勝手にドMにしないでくださいよ! ていうかなんですか接待を受けるだけでドMって。一体どんな理論なんですか?」
「……へ? 今なんて」
「だから接待を受けるだけでドMだなんて意味不明ですって!」
「……せったい?」
「え、さっきから接待の話じゃなかったんですか?」
『せ』から始まる四文字で、大人が二人ですること……。
「どうかしました?」
「…………」
「会長?」
「あーなるほどー! 接待ね。納得☆ ってなるかああああああ!! あのタイミングで『せ』から始まる四文字何て言ったら一つしかないやろがいいいいいいいい!!」
私は力一杯叫んだ。やり場のない気持ちの高まりを、声で発散するしかなかった。
忘れていた。ハルくんは色恋沙汰に疎いだけじゃない。昔からここぞというタイミングで発症する超天然ボケも持ち合わせているんだった。私はいつもこれに悩まされていたんだったわ。
「……だったら接待じゃなくて何のことだったんですか? 『せ』から始まる四文字」
「『せ』から始まる四文字っていうのはあなたが言い出したんでしょうが!」
「あれ? そうでしたっけ」
「……もういいわ。私、出家する」
「え、出家!?」
「……はぁ。無駄話はもう終わりにしましょう。さっさと勉強するわよ! ふんっ!」
浮かれモードから冷め、完全に冷静に戻った私は、ハルくんとの今後に不安を感じつつも、おじ様が法律無視の乱痴気男ではなかったことに心の底から安心した。




