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鵜久森春は間に合わない⑤

 職員室に向かうために屋上から降りてくると、一階の踊場に綾辻穂香の姿があった。何やら不安そうな顔でキョロキョロと辺りを見回している。


「綾辻」


「あ、鵜久森くん!良かった」


 声を掛けると綾辻は僕を見てホッとした顔をした。……まあ悪い気はしない。


「わたしたち呼ばれてますね」


「なんだろうな。何も悪いことをした覚えはないんだけど」


「わ、わたしなんてまだ転校してきて一時間しか経ってないですよぉ」


 眉を八の字にして困惑の表情の綾辻。職員室に呼び出された確かに最短記録かもな。今日の登校にかかった時間と合わせて、初日から二つの記録を持つレコードホルダーだ。


「とりあえず行くか」


「はい……。なんか怖いなあ」


 確かに心当たりの無い呼び出しほど怖いものもない。先程から「あれ、僕なんかやったっけ?」と脳内に検索をかけているが全く何も出てこない。

 とはいえ行かないわけにもいかないので、僕は職員室のドアをノックして中に入った。


「失礼します。一年C組鵜久森です」


「綾辻です」


「おー来たか二人とも。こっちだこっち」


 椅子に座ったまま手を挙げ、僕たちを呼んでいる人物は学級担任の清沢先生だった。どうやら僕たちを呼び出したのは清沢先生らしい。


「なんだ愛ちゃんかぁ……。良かった。さっきの怖そうな数学の先生に怒られるのかと思った」


 綾辻はホッと胸を撫で下ろしたようだった。愛ちゃん? 綾辻と清沢先生は知り合いなのか?


「何かご用でしょうか先生」


「すまんな休み時間に。そこに座ってくれ」


 そう促され、僕と綾辻は先生のデスクの前にあったパイプ椅子に腰を掛けた。


「どうだ穂香。学校には慣れたか?」


「えっと。まだ来たばっかりだからあまり……」


 もう昼休みだが、綾辻は転校生なのに四時間目からという社長出勤をかましたので実質一時間ちょっとしか学校にいない。


「全くお前は。だから初日は私と一緒に行こうと言ったのに」


「だってわたしもう高校生だもん。愛ちゃんと一緒じゃなくても学校くらい一人で行けるもん」


 同級生の僕にも敬語の綾辻が先生に向かってフランクに話すのは少し新鮮だった。

 あと綾辻さん。あなた全然一人で来れていませんから。四時間近くさまようよろいでしたから。


「穂香。学校では一応先生なんだ。愛ちゃんはやめなさい」


「……はぁい」


 納得がいかないのか綾辻は膨れっ面だ。

 それにしても清沢先生と綾辻はかなり距離感が近いように思える。親戚か何かなのだろうか。


「お二人は知り合いなんですか?」


「ああ。穂香は私の従姉妹でな。少し歳は離れているが妹のような存在なんだ」


 従姉妹同士は本来あまり似るものではないが、綾辻と先生は力のある綺麗な瞳と小さな口が似ていて、姉妹と言われても信じてしまうかもしれない。


「授業中、不便はなかったか? 教科書とかもまだだろう」


「それは大丈夫だよ。鵜久森くんが見せてくれたから」


「ほー! 鵜久森が。何だよお前、いいとこあるじゃないか」


 先生は少し前のめりになり、僕の肩をバンバン叩いた。


「いえ別に。頼まれたからですけど」


 ドキドキワクワクの最高の五十分間でした!とはさすがに言えない。


「ふふっ。やはり私の目に狂いはなかったな」


 清沢先生は腕を組み僕の方を見ながらニヤニヤしている。なんだ?また寝癖か?


「何がですか?」


「穂香が転校してくることは前からわかっていたからな。この間の席替えの時に不正をして面倒見の良さそうな鵜久森の隣を空けておいたんだ」


 くじ引きの席替えなのに僕だけ先生に「はい、お前のくじはこれ」って手渡されたのはそういうことだったのか。今考えると確かに不自然だった。ていうか教師が堂々と不正をするなよ。


「僕より面倒見のいいやつなんて沢山いると思いますけど」


「そこは『僕に任せてください』くらい言ってもらいたいところだな」


「まあ隣の席ですし、手伝えることは手伝いますけど……」


「ごめんなさい、鵜久森くん。迷惑かけちゃって」


 綾辻は申し訳なさそうな表情で僕の方を見た。


「いや、別に何も問題ない。わからないことがあったら何でも聞いてくれ」


 とはいえ綾辻はすでに昼飯を一緒に食べる友達が出来ていたしなあ。その子達に色々世話をしてもらえばいいわけで、綾辻からしたら僕は必要ないんじゃないだろうか。


「ほんと? やったあ! たくさんたくさん聞きますね!」


 綾辻は心から嬉しそうな笑顔で僕の手を握った。綾辻の手は僕より二回りくらい小さくて少しひんやりしている。

 おおっふ……。こいつは今朝の傷の手当てといい、急にこういうことをぶっ込んできやがる。いや嬉しいんだけどね。でもなんか恥ずかしいし、僕みたいな非リア充は反応に困ってしまうからよろしくね。


「で、先生。結局呼び出しの用は何だったんですか?」


「ああ。お前にこれからしばらくの間、穂香の面倒を見てもらおうと思ってな」


「教科書を見せたりとか学校の案内をしたりとかそういうことですか? さっきも言ったように別に構いませんけど」


 要は学校になれるまでの間の諸々の世話を焼いてくれということだろう。それをわざわざクラスの学級委員を呼び出して命じるとは。先生は従妹に対して随分過保護なようだ。

 きっと綾辻のことを本当の妹のように可愛がっているんだろうな。確かに綾辻みたいな子が親戚にいたら可愛いがりたくなる気持ちもわかる。


「あ、学校案内は必要ない。この子には役に立たないから」


「え、これからこの学校に通うのにですか?」


「そうだ。どうせ穂香一人ではどこの教室にも行けないからな」


「愛ちゃ……先生ひどい! そんなことないもんっ! あきらめなければいつか必ずたどり着くもん!」


「穂香。見栄を張るな。学校で迷子になりたくはないだろう」


「う、ぐぅ……。それはたしかにそうだけどさ……」


 ちょっと待て。学校で迷子……? 一体何の話をしているんだ?


「先生。さっきから仰っていることが良くわからないのですが……」


「ああ、すまん。説明する順番が前後してしまった。私がお前にお願いしたい穂香の面倒というのはだな……」


「はい」


「穂香を毎日送り迎えすることなんだ」


 先生は真剣な表情で言った。

 僕が綾辻を毎日送り迎えする……? その真意を頭の中で考えてみたが、どう考えても意味不明だった。


「えっと……はい?」


「なに、難しく考えるな。毎日仲良く登下校してくれればそれでいい。あと学校でも常に一緒にいてくれ」


 簡単に言ってくれるがそれは思春期の男女にとってはとんでもないことだ。付き合ってもいないのにそんなことをするのは普通だったら有り得ない。

 だが先生からは冗談を言っている様子は微塵も感じられなかった。本気で僕と綾辻を毎日登下校させるつもりらしい。


「ちょ……愛ちゃん! そんなこと勝手に決めないでよ!」


 綾辻も先生からこの話を聞かされていなかったようで、驚きと困惑をごちゃ混ぜにした表情で椅子から立ち上がった。

 しかし先生は全く悪びれる様子もなく、


「ん? 穂香、鵜久森では嫌か?」


「な……そ、そうじゃなくて! どう考えても鵜久森くんに迷惑でしょ!?」


「そうか? 私が男だったら穂香と登下校できるのは嬉しいと思うんだが。なあ鵜久森」


 おい待て。とんでもないキラーパスを僕に回すな。

 いや、正直に言えば確かに嬉しい。こんな願ってもない展開、普通だったら有り得ない。綾辻と一緒に登下校をしたいかしたくないかを聞かれれば、もちろんしたい。

 でも普通に考えて自分の口からは言えないだろ! 「綾辻さんみたいな可愛い女の子と一緒に帰れてラッキーです☆」なんて。僕は石田純一か! パンツェッタ・ジローラモか! 


「いや、そんなことを急に言われてもですね……」


「ふふっ。鵜久森、正直になれ。本当は一緒に登下校したいんだろう?」


 先生は僕の方を見ながら腕を組み、ニヤニヤしている。


「なっ……何を言い出すんですか」


「わかる。わかるぞ。素直になれないその気持ち。なにせ穂香は天使のように可愛いからな。それにとても素直な子だし性格だって本当に優しくてだな……」


 先生は腕を組んだまま、まるで自慢の娘の話をする父親のように淀みなく語った。

 しかし先生が語っている途中に、


「……ばか」


 ぽつりと綾辻の口からその一言が零れ落ちた。そしてその一言を皮切りに、まるで濁流が流れ出すかの如く綾辻は叫んだ。


「愛ちゃんのばかああああああああああああああああ!」


 絶叫は職員室内に響き渡った。僕と清沢先生はもちろん、周りの先生たちも突然の大声に驚き、口を開けたまま固まっている。


「もう愛ちゃんなんて知らない! 行きますよ! 鵜久森くん!」


 綾辻は勢い良く席から立ち上がり、足早に一人で職員室から出ていってしまった。


「え、あ、穂香……?」


 先生は何が起きたかわからないといった表情で、口をパクパクさせている。まさかこんなことになるなんて思ってもいなかったんだろう。


「す、すいません先生! 一旦失礼します」


 僕は突然の出来事に動揺しながらも、まずは出て行ってしまった綾辻の後を追いかけた。

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