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八千草麗は諦めない⑧

 三分ほど待つと、外に出ていたハルくんが部室に戻ってきた。左手に持っているビニール袋にはペットボトルが何本か入っている。どうやら購買に行ってきたらしい。


 さあ。ここからは勝負の始まりよ。もう後戻りはできないわ。何としてでもハルくんと一緒に勉強する約束を取り付けなくっちゃ。

 私は椅子から立ち上がり、一つ深呼吸をした。

 覚悟は決まったわ。きっと大丈夫。頑張れ私。負けるな私。麗はやればできる子なんだから。絶対に成功させてみせるんだから!


「やっと来たわね鵜久森くん! 全くいつまで私を待たせる気なのかしら。日が暮れてしまうかと思ったわ!」


 私が高らかにそう叫ぶと、ハルくんは少し驚いた顔で、


「え!? あれ? 僕の方が会長を待っていたはずだったんですけど……。あ、二人にお茶買ってきたんでとりあえずどうぞ」


「お、お茶……? どうもありがとう……」


 ハルくんは私にペットボトルのお茶を渡してくれた。

 ガンガン攻めて行こうと思っていたが、相手からのまさかの懐柔策に思わず毒気を抜かれてしまった。しかもこれは私がいつも飲んでいる綾鷲だわ。もしかして私がいつもこれを飲んでいるのを知っていてくれたのかしら。それはちょっとグッと来ずにはいられないわね……。

 ハルくんが江末さんにもお茶のペットボトルを渡そうすると、


「……王子ありがとう。でも我は緑茶が苦手」


 と、申し訳なさそうな顔の江末さん。しかしハルくんは動じることなく、


「あーそうだ。江末にはお前がいつも飲んでるミルクティー買ってきたんだった。ほれ」


 江末さんはハルくんから紅茶のペットボトルを渡されると、可愛らしく両手を合わせて「わぁ♪」と嬉しそうな声を上げた。


「……さすが王子。よく見ている♪」


 な、なんて気の利く子なの……! お茶一つをとっても、しっかりと相手の好みを把握して買ってくるなんて!

 で、でもダメよ。ここでハルくんにときめいていると強気に行けなくなってしまうわ。主導権を握るのはあくまでも私。今日の麗のポリシーは、攻めて攻めて攻めまくることよ!


「鵜久森くん!」


「は、はい。なんでしょうか」


「この間のテストで学年一位を取ったみたいね」


「あ、そうなんですよ。今回かなり頑張ったんです」


「な、中々やるじゃない。正直ちょっと驚いたわ」 

 

「ありがとうございます。会長に褒められるとなんか嬉しいですね」


 ハルくんは予想以上に嬉しそうな顔を渡に向けた。会長に褒められると嬉しいですって……? またこの子はサラッとそんなことを。ぐっ……。でも今はキュンキュンしている場合じゃないわ。


「で、でも。一位を取ったからってちょっと浮かれているんじゃないかしら」


「え、僕がですか?」


「ええそうよ。あなた以外に誰がいるって言うの? もう浮かれまくりよ! 見ているこっちが恥ずかしくなるくらい。ワールドカップ前の男子高校生……いや、もっとね。梅雨明け直後の自称サーファーくらい浮かれまくりだわ!」


「そんなに!?」


「とにかく! 私は生徒会長として、今の弛んでいる鵜久森くんを看過できないの」


「そんなことを言われても……。看過できないとどうするんです?」


 ハルくんは困った顔で私に聞いた。

 よ、よし。ここしかないわ……! 今なら自然な流れでハルくんを勉強に誘える。 


「だ、だから……。その、ゆ、弛んだ気を引き締めるために……」


 勇気を出して言葉を絞り出そうとするが、顔がどんどん熱くなってきて言葉も上手く出てこない。心臓も拍動が激しくなり、体の内側からバクバクと大きな音が聞こえてくる。


「わ、私と一緒に勉強をするのよ! いいわね! これは会長命令よ!」


 ほとんど叫ぶような言い方で、私はハルくんに伝えたかった言葉を言い切った。


「僕と会長かですか?」


「ええそうよ!」


「二人で?」


「ぐっ…。そ、そうよ 嫌かしら……?」


 自分から高飛車に言っておいて、急に怖くなってきた。そうだった。ハルくんには断る権利があるんだった。いくら幼なじみでも、ハルくんが私のことを嫌いだったら一緒に勉強する義理なんてどこにもない。しかも「二人で」という特別な条件までつけてしまった。

 ハルくんから返事が中々返ってこない。もしかしたらどうやって断ろうか悩んでいるのかもしれない。ああ、やっぱりこんなお願いしなければよかった。勇気なんて出さなければよかった。これでハルくんに断られたら私、私……。


「いえ、全然嫌じゃないですよ。ていうかむしろ有り難いです。是非やりましょう!」


 私の予想に反して、ハルくんから返ってきたのは爽やかな快諾だった。


「へ? いいの……?」


「いいのって、会長が言い出したんでしょう」


「それはそうなんだけど……ほんとにほんと?」


「はい。二年生の勉強内容とかも早めに知っておきたかったんですよ。うちの学校、参考書にも載ってない独特な問題が出たりするし」


 ハルくんは次のテストより更に先のことを見据えていた。さすが学年一位。まさに磐石だ。


「……さすが鵜久森くん。しっかりしているわね」


「それに会長と二人で一緒に勉強なんて、なんだか久しぶりで楽しそうじゃないですか」


「な、そ、ふぁっ!?」


「ふぁって」


「ごめんなさい鵜久森くん。今の言葉をもう一度言ってもらっていいかしら」


「だから、二人で勉強なんて中一の時ぶりで久しぶりですし、楽しそうですよねって」


「…………」


「会長?」


「……そう言えば私、生徒会室に忘れ物があったわ。取りに行かなくちゃ」


 私はフラフラとした足取りで部室から出ようとした。突然私がそんなことを言い出したので、ハルくんは驚いた顔で、


「え、今? 急に!? ちょ、会長! 会長って!」


 しかし私の足は止まらず、そのまま部室を飛び出して走り出した。ハルくんが呼び止める声がしたけど、もう我慢が出来ない。早く、生徒会室に行かなくちゃ……。私は全力疾走で階段を駆け揚がり、生徒会室へと急いだ。

 そして息も絶え絶えの状態で生徒会室に辿り着いた私は、呼吸を整えるために何度か深呼吸をし、


「きゃああああああん♪ やっぱりハルきゅん大大大好き♥ 私と一緒にいたいだなんて、やっぱり私とハルくんは同じ気持ちだったんだわ! 会話はなくても二人の心は通じ合っていたんだわ♪ それにハルくん、二人っきりを楽しみにしてるって言っていたわね。も、もしかして、ちょっとエッチなことも期待したいたりして……。だ、ダメよハルくんたら! 破廉恥なのはちゃんと付き合ってからなんだからあぁん♥」


 勇気を出して本当によかった。私、本当によくやったわ! 三分前の私、本当に最っ高だわ! 

 この胸の辺りから込み上げてくる温かくて素敵な気持ちは何かしら。ハルくんから快諾を受けた時からずっと頭がぼーっとしちゃって、体がぽかぽかと熱を帯びてる感じがする。でも全然嫌な感じじゃない。心が弾む。ウキウキルンルンしちゃう。ああハルくん。私をこんな気持ちにさせるなんてあなたは本当に罪な男だわ。絶対に許さないんだからぁん♥ 

 い、いけない。そろそろ部室に戻らないと。ハルくんたちも不審に思ってしまうわ。いつもの真面目でしつかりした生徒会長に戻らなくちゃ。

 私は心を落ち着かせながら歩いて部室まで戻り、勢いよくドアを開けた。


「戻ったわ!」


「……おかえり麗」


「……お帰りなさい。急に出て行っちゃって、何を取りに行ってたんですか?」


 う……。そうだった。私は忘れ物をしたと行って飛び出したんだった。


「えーっとその……爪切りよ」


「あのタイミングで爪切り!?」


「そんなことはどうでもいいのよ。それより勉強会のことだけれど、早速今週の土曜日の朝九時に私の家に集合ね」


「今週の土曜ですね。了解で……え、会長の家でやるんですか?」


「そ、そうよ? 何か問題でもあるのかしら。もしかして鵜久森くん、女子の家に行くことに緊張でもしているの? 残念だけどそういう類いの期待をするのは大間違いよ。 全く、破廉恥なんだから」


「な……! いや、違いますから! そんな気一切無いですから!」


 ハルくんは慌てふためいて否定した。こんなに焦っちゃって。可愛いんだから♪


「だったら私の家でもいいじゃない。何も問題ないでしょ?」


「まあ確かにそうですけど……」


「なら決まりね♪」


「……わかりました。まあ勉強しに行くわけですし」


 ついに決まったわ。でも達成感を感じている場合じゃないわね。あくまでも大切なのは土曜日よ。決戦は土曜日。私、絶対に頑張るんだから!

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