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八千草麗は諦めない⑦

 昨日の夕方、六時半。私は自分の部屋で、どうやってハルくんに声をかけるかのシミュレーションをしていた。


「鵜久森くん。今度の土曜日に一緒に勉強をしない? うーん……。これだと普通すぎるかしら」


 パジャマ姿のまま、エアハルくんを相手に練習をしてみたが、思いの外上手くいかない。

 あまり普通すぎるとやっぱりダメね。もっともっと特別な感じにしなきゃ。いつもの私と違う特別な感じ……。そうだわ! 綾辻さんみたいにちょっと甘えた感じにしてみたらどうかしら。少し上目使いで、困ったような顔で……。


「ね、ねえねえハルくん。あのね。私ね、聞いて欲しいお願いがあるの。私のお願い、聞いてくれる?」


 ぐっ……! だ、ダメだわ。全くもって私のキャラじゃない。あれはあの子がやるから可愛いのね……。それにこれだと勉強で困ってる感じが足りない気もするし、残念だけどボツかしら。

 次はもっと心の底から勉強が出来なくて困っている感じを出してみようかしら。幼なじみのお姉ちゃんの頭がパッパラパーだったら、ハルくんも助けたくなるかもしれないし。

 よし。私はパッパラパー。私はパッパラパー。目の前にはハルくん。私はパッパラパー……。


「ワタシ、ベンキョ、ニガテ。ハル、イショニ、ベンキョ、スル」


 ……勉強が出来ないことは伝わりそうだけど、それ以外の全てが犠牲になってしまう気がするわ。これもさすがにボツね……。


 その後もいくつか練習を試みたが、徐々に方向性がおかしくなってきたので、私は少し休憩をすることにした。

 ベッドに体を投げ出し、天井を見つめる。

 明日、どうしたら上手くいくかしら。やっぱり必要なのは可愛さなのかな。ハルくんだって年頃の男の子だし、一緒に勉強する相手が可愛い女の子だったら意識をするに決まっているわよね。

 事実、綾辻さんにはあんなにデレデレしているわけだし。ちょっと悔しいけど綾辻さんはどこからどう見ても美少女だもの。私もあんな風になれればいいけど、さすがに無理があるわ。さっきだって上手くいかなかったし、あの子のあのキラキラした可愛さは天性のものだから。私だってもっと可愛くなれば、綺麗になれれば、ハルくんもこっちを向いてくれると思う。きっと一緒に勉強してくれると思うんだけれどなぁ……。


 私は手を伸ばして窓際に置いてある写真立てを取った。


「ハルくん……。私、勉強だけじゃなくてハルくんとしたいことがいっぱいいっぱいあるんだよ……? はぁ……。いつになったら叶うのかしら」

 

 もしかしたらずっと叶わないのかな……。そんなの絶対に嫌。私は小学生の頃からハルくんと結婚するって決めているんだもの。ダメ、弱気になっちゃ。こんなことで弱音を吐くなんて絶対に有り得ないわ!


「ハルくんを振り向かせるためなら何だってやるわ!」


 まずは可愛くなるための方法を調べなくっちゃ!

 私はベッドから飛び起きて机の上のパソコンを開いた。現代社会は情報社会よ。可愛くなる方法なんてそこら中に転がっているはずだわ。

 よし。そうと決まればインターネットで「可愛くなる方法」で検索を……。

 ちょっと待って。果たしてただの可愛い女の子でいいのかしら。心から部には既に綾辻さんと江末さんという二人の美少女がいるわ。その二人以上に存在感を発揮するためには、ただの可愛い女の子では足りないわね。何かもっと特別な存在感を発揮できる可愛さでないと……。

 そうだわ! 検索項目に「唯一無二」を加えたらどうかしら。「可愛くなる方法 唯一無二」で調べれば、二人とは違った個性的な可愛さが身に付くに違いないわ。

 あ、どうせだから同時に大人の女性らしさもアピールできないかしら。私はハルくんより先輩でお姉さんなわけだから。大人の綺麗な女性を指す言葉と言えば……。魔女じゃないし、魔性の女? いや、違うわ。魔界の女だったかしら。あれ、魔属の女……? 何だか分からなくなってきたわ。でも、とにかく急いで検索しなきゃ。朝まで時間がないんだから……!


***


「…………なるほど。それでネット検索の一番最初に出てきたこの『月刊ギャル無双』を……」


 私は大筋の経緯を江末さんに説明した。もちろんハルくんへの思いは伏せる形で。

 昨日の夜、あの後ネット検索をした私は、最初にヒットした「月刊ギャル無双」を買うために、夜の街を自転車立ち漕ぎで駆け抜けて駅前の大きな本屋に閉店間際に滑り込み、やっとの思いで購入したのだった。

 江末さんは「……はぁ」と可愛い声でため息をつき、少し眉間に皺を寄せながら、パラパラと雑誌を捲っている。


「そ、そうよ。それで、その雑誌の特集の『魔界でならモテる! 唯一無二の存在感のリアルギャル!』ってコーナーを参考にしたの」


「……そう。よくわかった」


「だ、ダメだったかしら」


 いや、ダメだったのはもうわかっている。私はやっとの思いで買ったこの雑誌で、結局バーバリアンになったのだから。可愛くなろうとしたのにバーバリアンて。私のバカ! 野蛮人! 牙一族! 


「…………」


 江末さんは黙ってこちらを見ている。私の言葉に対する返答はない。


「江末さん……?」


 再び呼び掛けると、江末さんは無表情のまま、


「……勉強を教えてもらうのにギャルになってどうする! むしろ普通逆だろ! まず魔界でモテてどうすんだよ! 魔界でならモテるって時点で人間界じゃモテないことが確定しちゃってるだろ! そんでリアルギャルってなんだよ! 他のギャルは偽物なのかよ! そもそも何だその雑誌。 売れてんの? ギャル界隈では流行ってんの!? …………って王子だったらツッコんでる」


 と一気に捲し立てた。び、ビックリした……。江末さんにハルくんが憑依したのかと思ったわ。


「た、確かに言いそうね」


 同じ状況にハルくんがいたら、一言一句違わぬツッコミを入れていてもおかしくない。


「……麗。我はちょっと怒ってる。冷静になれば麗がギャルになっても王子が喜ばないことくらいわかるはず。違う?」


 確かにハルくんの隣に派手な格好の女の子がいるところは想像ができない。


「ごめんなさい……江末さんの言う通りだわ」


「……わかってくればいい。とりあえず、その『月刊ギャル無双』は次の資源回収にでも出すべき。麗にとっては百害あって一利なし」


「この付録で付いてきたヒョウ柄でトゲトゲの鋲が付いたマスクは?」


 私は雑誌に付いていた「口への攻撃に強い! 衝撃のモテカワ魔巣苦(マスク)」を取り出した。


「……そ、それはちょっと面白いからとっておくべき」


「わかったわ。マスクはセーフなのね」


「……とにかく、もうすぐ王子が戻ってくる。そうしたら麗はもう一度ちゃんと王子を勉強に誘って欲しい」


 江末さんは返事を促すように私の顔を覗き込んだ。


「で、でも……あんなことの後で大丈夫なのかしら」


「……そこは絶対に平気。王子には断る理由がない」


 とはいえやっぱり自信がない。今日の出来事で再認識したが、私には女子として至らない点が多すぎる。


「でも私、クラスの女の子たちみたいに可愛いお化粧もできないし、体も大きくて女の子らしくないし……」


 性格だってわがままで高飛車だし、すぐ暴走しちゃうし、家でクワガタ育ててるし、筆箱にコンパス入れてるし、左投げ右打ちだし……。


「……麗。我の言うことをよく聞いて?」


 江末さんは私の方に歩み寄り、私の目の前まで来て、真っ直ぐ私の目を見つめた。


「……あのね、麗はいつものままで、すっごく綺麗ですっごく可愛い。きっと王子もそう思っている。だからお化粧なんか必要ない。それに……」


「……それに?」


「……一緒に勉強をするのに容姿は関係ない。王子にとって麗は大切な人。麗のお願いだったらきっと王子は聞いてくれる」


「江末さん……」


「……大丈夫。我を信じて?」


 江末さんはそう言うと、無表情を崩して優しく微笑んだ。あまりにも素敵な、天使のような笑顔だった。


「わ、私、頑張ってみるわ! 絶対に成功させて見せる!」


 なんだか無性にやる気がみなぎってきたわ! 私、やれる気がする! 当たって砕けずゴールインよ!

 後はハルくんが戻るのを待つだけだ。ハルくん、早く戻って来なさい! 勝負よ!

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