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八千草麗は諦めない⑤

「……王子、早くスマホ出して?」


 江末は椅子から降り、待ちきれない様子で僕の側まで来た。


「まあ別にいいけど」


「……はやくはやく」


 無表情なままではあるが、両腕を上下に振ってみたり、僕の服をひっぱってみたり。とにかく待ち遠しそうにしている。


「わ、わかったって。裾を引っ張るなよ。えっと……ほら」


 僕はズボンのポケットに入れていたスマートフォンを取り出して江末に渡した。江末は「……わぁ♪」と嬉しそうな声を漏らしてスマホを受け取ると、直立不動のまま指だけ俊敏に動かして、あっという間に「熱烈!焼き肉娘2」をダウンロードした。


「……はい、王子。これでできる。では早速始めて?」


 江末は身長差のある僕の顔を見上げるようにしてじっと目を見つめた。

 長い睫毛に日本人離れした白い肌。間近で見つめられることで、江末が美少女であるということを再確認する。これで自分は宇宙人だとか言い出さなければなあ……。でもそこが江末の面白いところでもあるのだけど。

 僕は江末からスマホを受け取り、


「いや待て。だからダウンロードはするけどやらないって」


「……どうして? 絶対楽しいからやって?」


「どうしてって……。別に僕はこのゲームにそんなに興味がないし」


「……そんなこと言わずにやって? 一度だけでいい」


 長い睫毛の綺麗な目で僕を見つめたまま、やってやっての一辺倒が始まった。ここでこのゲームを始めてしまうと江末の思う壺なのは百も承知だが、こうも見つめられてしまうとなんかすごい断りづらい。


「……一回だけな」


 僕がそう言うと江末は嬉しそうに両手を合わせ、


「……やった♪ 王子ならそう言ってくれると信じてた」


 なんか自分が押しに弱い優柔不断男のように思えてきた。辛い。


「で、どうすればいいんだ?」


「……まずは最初の一人目の焼娘(やきむす)を選ぶためにガチャを回す。ゲームの画面を押してみて?」


 僕は江末に言われた通り、「熱烈!焼き肉娘2」のスタート画面を親指で押した。

 すると「やっき肉、すたぁーとぉー!」という女性キャラの声と共に画面が変わり、焼き肉屋の客席のような画面になった。


『ようこそいらっしゃいました、お客様ぁー!』


 テンション高めでニッコニコの女の子が登場した。さっきの「やっき肉、すたぁーとぉー!」と同じ声だ。このゲームをナビゲートしてくれるキャラなのだろうか。


『わたしはこのお店のウエイトレスの牛子(うしこ)って言います☆』


 牛子って。可愛らしい容姿に反して絶望的な名前だった。お前はへらへらしていないで、まず親と市役所と戦ってこい。


『当店へいらっしゃるのは始めてですか?』


「江末。さっそくなんか色々進みだしたんだけど、ここは『はい』でいいのか?」


 液晶のウインドウには「はい」と「いいえ」の二つの選択肢が表示されている。

 江末は「……どれ?」と聞きながら、ひょこっと僕のスマホの画面を覗き込み、


「……牛子は敵キャラ。会話に返事をしただけで即死」


「即死!? この序盤にありがちな説明してくれそうなキャラと話しただけで即死!? 何その理不尽な展開!」


 予想通りのクソゲーだった。ていうか焼き肉を焼くゲームなのに主人公が死んだりすんのかよ。どんな世界観なんだ一体。


「……だからとりあえず無視をする」


「無視……? 無視ってどうすればいいんだ?」


「……三十分放置する」


「くそ面倒くせえ! なんだこのゲームは!」


 三十分放置しないと先に進めないゲーム……。ファミコンの「たけしの挑戦状」以来のクソシステムだ。最新のスマホゲーにこんなクソシステムを盛り込むんじゃねーよ。


「……王子、大丈夫。三十分待ったら、その後はすっごい楽しい。かわいい焼き肉を焼き放題」


 江末は得意気に言った。いや、だから僕はそこまで興味ないから。そんでかわいい焼き肉ってどんな焼き肉だよ。


「まあ別にいいけど。じゃあしばらくここに置いておくか。ちなみに三十分無視し続けるとこのキャラはどうなるんだ?」


「……不気味な笑い声を上げながら正体を現す。牛子は人の皮を被った悪の化身」


「……これって美少女ゲームじゃなかったのか」


 さて。そんなわけでこれから三十分の間、牛子の正体待ちになった。


「江末。お前昼飯は?」


「……我は食堂でオムライスを食べようと思っていた。王子は?」


 オムライスが好きなのか。随分かわいい宇宙人だな。


「お。ちょうどいい。僕もどこか食べに行こうと思ってたんだよ。じゃあ一緒に食堂行こうぜ」


「……王子がそう言うのなら、我に断る選択肢はない」


 回りくどい言い方だが、どうやら一緒に行くということらしい。


「じゃあ早速行くか。土曜だからそんなに混んでもないだろ」


「……あ、王子。行くのはもう少し待ってほしい」


「ん? 何かあるのか?」


「……あと少しで麗が来るはず」


「会長が?」


 江末はこくりと頷いた。


「……十二時半に生徒会が終わると言っていたから、そろそろ来るはず。だからそれまで待ってほしい」


 へー。いつの間にか個別に連絡をとるほど仲が良くなっていたのか。そういえば江末は会長のことを麗って下の名前で呼んでいるもんな。会長のことを下の名前で呼ぶのなんて、会長のご両親とうちの家族くらいしか聞いたことがない。会長の方も江末にかなり心を開いているんだろう。まあ江末がそう言うならとりあえず待つか。


 で、待つこと十分。部室のドアが開き、綺麗な黒髪をなびかせた会長が、颯爽と部室の中に入ってきた。


「二人ともお疲れ様」


 お。意外と早く来てくれた。これでやっと昼飯にありつける。


 僕は何の気無しに会長の方に顔を向けた。いつもの清く正しく美しい会長が、いつも通り、いつものように部室に来たと思って顔を上げた。


「あ、会長お疲れさ…………え?」


 しかし。そこにいたのはいつもの会長ではなかった。僕は一瞬何が起きたのかがわからず、頭が真っ白になった。


 会長の何がいつもと違うのか。


 顔だ。顔面が明らかにおかしい。


 いつもは凛々しく清純可憐な容姿をしている会長だが、今日は何故か顔の肌だけガングロ。そしてマスカラはてんこ盛り。唇には小学生が母親の口紅を遊びで塗ったかのような真っ赤でテカテカの口紅。


 …………どこの化け物かというようなけたたましい風貌だ。なんだこれは。罰ゲームか? それとも受け狙いか? 僕は一体どう反応すればいいんだ? ていうかそもそもこの人は会長なのか?


「あら? 綾辻さんは?」


 この声。完全に会長だ。まだ違う人の方が良かったんだけど。ていうかこの人なんでこんなに平然としているの。


「え? あ、綾辻ですか? あいつはえーっとなんでしたっけ? え、江末?」


 僕はあまりにテンパって江末に話を振ってしまった。だって会長の顔、恐ろしいんだもの。

 それにしてもまずいな。江末だってこの突然の出来事に狼狽えているはずなのに……。

 あ、あれ? 江末のやつ、全然狼狽えてない!? むしろなんかやれやれみたいな顔してる!

 そして江末は「……はぁー」とため息をつき、


「…………麗。気合い入れすぎ。それでは誰かわからない」


 これは気合いが入りすぎてこうなったのか!?

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