八千草麗は諦めない④
「……先生のことをああは言ったものの、我もスマホゲーにのめり込んだ悲しき重課金兵士の一人」
江末は遠い目をして言った。
「重課金って、お前もそんなに使ってんのか?」
僕の言葉に江末は諦めたように首を振り、
「……その質問には答えられない。でも、もう後戻りは出来ない」
「そんなに!? そこまで課金するって、そもそもどんなゲームやってんだよ」
「……今やっているのは『熱烈!焼き肉娘2』」
江末は自分のスマホの画面を僕の方に向けた。画面には「熱烈!焼き肉娘2」のタイトルと、肉の乗っかった七輪が映っている。
「焼き肉娘……。全くイメージが湧かないんだが」
とりあえずこの画面から「娘」の要素は全く感じない。
「……簡単に説明すると美少女ゲーの一つ」
「美少女ゲーか。どきメロとかそういうやつか?」
江末は「んー」と悩むように可愛らしく首を傾げて、
「……ちょっと違う。あれは恋愛シュミレーション。王子は『艦隊せれくしょん』ってゲームを知ってる?」
「ああ『艦せれ』な。やったことは無いけど知ってるぞ。色々な戦艦を美少女キャラに置き換えて、自分が提督になって戦わせるやつだろ?」
「……その通り。戦艦を美少女に擬人化するという大胆な発想と、戦略ゲームとしてのクオリティーの高さで大ヒットしたゲーム。ちょっとしたブームまで起きた」
「あのゲームは人気だったもんなあ」
僕ははまらなかったけど、キャラもゲーム性もいいなあと思ってたんだよな。
「……艦せれブームの後、色んな擬人化ゲームが登場した」
「確かにネットの広告で見たことがあるな。刀とか城とかが美少女に擬人化されてるやつ」
各ゲーム会社が艦せれを見て「あ、いいアイディア見っけ☆」って思ったんだろうなあ。
「……そう。揚げ句の果てには駅名まで擬人化されている。『熱烈!焼き肉娘2』もその一つ」
「タイトルからして女の子が焼き肉を焼くゲームなのかと思っていたけど違うのか」
「……むしろ逆。女の子は網や鉄板の上で焼かれる」
「何だその阿鼻叫喚なゲームは!」
利根川か! 焼き土下座か! 悪魔的誠意の見せ方か!
「……そこは問題ない。コンプライアンスは守られている。このゲームでは焼き肉の部位が美少女に擬人化されているだけ」
「怖いわ! 何だ焼き肉の部位を擬人化って。肉から手足が生えていて、切り身の上部に顔だけついてたりするのか?」
「……女の子がそんな『キン肉マン』のミキサー大帝みたいな外見では誰もやらない。女の子は基本的には制服の美少女。通称『焼娘』」
「焼き肉の部位なのに学生なのかよ!」
「……女子高生のキャラが一番多い。キャラによって性格やステータスも色々。隠しキャラも合わせて全部で百五十種類出てくる」
「そもそも焼き肉の部位ってそんなにたくさんあるのかよ。初代ポケモン並みだぞ」
何から何までツッコミどころ満載だ。なんだかもう疲れてきた。
「……種類が多いだけではない。焼娘の声を色んな人気声優が担当している」
「人気声優が焼き肉の声をか。そこは艦せれと一緒だな」
一緒は一緒なんだけど、そもそも焼き肉の声ってなに? 肉が喋るの? おかしくない?
「……そう。例えば上ミノは花沢マナ」
「は、花沢マナが上ミノの声を!?」
驚いてはみたが、とりあえず意味不明だった。
「……キャラソンも可愛くていい曲だった」
「焼き肉の部位が歌まで歌うのかよ!」
「……しかも上ミノはユニットとしても活動している。その名も『牛の胃しすた~ず』」
「『牛の胃しすた~ず』……」
ゲームの内容がぶっ飛びすぎていてさすがにそろそろついていけなくなってきた。なんだ「牛の胃しすた~ず」って。そもそも焼き肉の部位がユニットを組むってどんな状況なんだよ。
「……『牛の胃しすた~ず』はミノとハチノスとセンマイとギアラの四姉妹。花沢マナは長女」
焼き肉の部位にも生まれた順番とかがあるんですね。今知りました。
「そう」
「……このゲームのいいところはちゃんとそれぞれの部位にキャラ付けがされているところ。例えば末っ子のギアラちゃんは妹系キャラでお姉ちゃんたちのことが大好き。ギアラとハチノスを同時に鉄板に乗せると、ギアラが『ハチノス姉様ーっ!』みたいな感じで飛び付いちゃう」
「はい」
「……王子。ツッコミと反応が鈍くなっている」
そんなこと言われてもな……。江末は逆によくそこまで熱を込めてこのゲームを語れるなあ。
「で、結局このゲームは何をするゲームなんだ? その女の子たちは戦ったりするのか?」
「……王子、大丈夫? 焼き肉が戦うわけない」
「いや、確かにそうなんだけど、だったら喋るのもおかしいだろ!」
「……焼き肉娘はさっきも言った通り、肉を焼くゲーム」
そうか。そうだった。制服姿の女子を鉄板で焼くという地獄のようなゲームだとさっき言ってたんだった。
「それのどこが面白いんだよ。鉄板の上で女の子を焼くということは悶え苦しんだりするわけだろ?」
「……苦しんだりはしない。どちらかと言うと喜ぶ」
「鉄板の上で焼かれてるのに!?」
僕の驚きとは裏腹に江末は冷静に淡々と話を進める。
「……うん。具体的に言うと、まず焼いていくと服が徐々に剥がれていく」
「急に十八禁の香りがしてきたな」
「そして女の子たちはいい焼き加減になってくると「あーん」とか「いやーん」とか「体が熱いのー」とか言う」
「完全にエロゲーじゃねえか!」
「……それでいい焼き加減になったら食べる」
「それは肉をってことだよね!? 女の子を食べるってなると高校生が出来ないゲームになっちゃうよ!?」
ていうかなんだこのゲーム! 売れるかこんなもん! そんでR指定を入れろ!
「……どう? 王子もやりたくなった?」
「ならねえわ!」
「……む。そんなこと言わずに、一度ダウンロードするべき」
「まあダウンロードくらいはいいけど……。でもやるかはわからないからな」
僕がそう言うと、いつもは抑揚の無い声色の江末が珍しく声を弾ませ、
「……やった♪」
と、嬉しそうに小さくガッツポーズをした。