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綾辻穂香は確かめたい⑤

 結局僕は一睡も出来なかった。妹が設置をほのめかした監視カメラを探していたら、とうとう朝になってしまった。ノイローゼになるわこんなもん。


 自分だけぐっすり眠った優里は、先程爽やかに「行ってきまーす♪」と朝練へと旅立っていった。ねえちょっとズルくない? 結局カメラはあるの? 無いの? 


「ハル、大丈夫? 顔色悪いわよ」


 リビングで辛そうにお茶を啜る僕を見て、母は心配そうに言った。


「……なんとか」


 正直に言えば身体自体は今のところ辛くない。この徹夜が効いてくるのは時間的にもう少し後、今日の二、三時間目辺りだろう。

 それより僕が気になっているのは綾辻のことだ。昨日の夜に電話で呼び出して謝ろうと決めていたのに、カメラのことで頭が一杯になって完全に忘れてしまっていた。ホント僕のバカ。エテ公。

 いつもならそろそろ綾辻が来ても良さそうな時間だが、今のところ呼び鈴は鳴っていない。


 ああ、やっぱり謝っておかないとダメだったよなあ。綾辻のやつ、本当に来ないつもりなのかなあ。そりゃあ怒らせてしまったのは僕が悪いし、昨日ちゃんと謝らなかったのも僕が悪いけど、一言くらい連絡をくれてもいいじゃないか……。

 あ、もしかしてもう既にLINEをブロックされてたり、着信拒否をされていたりするのか!? でもここまで何の連絡が来ないということは、そこまでの惨事になっていても不思議ではない。

 ああああああ怖いいいいい! 綾辻と学校で会うのが怖すぎる。僕と綾辻は隣の席だから学校では必ず出会(でくわ)す。

 まず、綾辻になんて声かければいいんだろか。普通に何事もなかったかのように「おはよう」か? ああでも話しかけたら話しかけたで無視とかされるのかもなあ。いつもニコニコ楽しそうな綾辻が一日中不機嫌だったりするのかもしれない。

 ていうか部活はどうなるんだよ。綾辻が部長だからクビになるのは僕の方なのか。

 あああああもう嫌だああああ!学校に行きたくないいいい!


「ハル、あんた本当に大丈夫? テストも近いんだし、今日は休んだら?」


 リビングのテーブルで頭を抱える息子を心配し、声を掛ける母。ううっ……今は人の優しさが身に染みるぜ。


「いや、でもテスト前だからこそしっかり行っておきたいし……」


 ああああでもやっぱり行きたくないいいいいい!

 僕が頭を抱えていると、ブーッブブとテーブルに置いていたスマホが振動した。これはLINEの振動音だ。

 も、もしかして、綾辻からなんじゃないか!? こんな朝の時間にLINEをしてくるなんて、状況からしても綾辻しか有り得ない!

 良かった。迎えには来ないにしても連絡くらいはくれたみたいだ。一番最悪のケースは避けることができた。

 きっと文面は「わたしまだ怒ってるんだから! 今日は一人で行くからね! ふんっ!」とかそんな感じだろう。

 それならまだ関係の修復は十分可能だ。本当に嫌われていたら連絡すらしてこないだろうし。


 僕は携帯を手に取り、ロックを解除してLINEを開いた。冷たい文章たったらどうしようかと多少ビビりつつも、新着のメッセージを開く。


 頼む! 冷たい感じじゃなくてポップな感じのやつ! ポップな感じのやつ来い!


 ……あれ? 綾辻……じゃない! こ、このメッセージは……。


『鵜久森ー、今日ホットヨガ行こうぜ』


 メッセージの送り主は綾辻ではなく、なんと有金駆だった。

 しかも有金はこれが僕に対する初メッセージだ。さすが有金くん! 期待を裏切らないクソみたいなタイミングだね☆

 しかも二人でホットヨガ? 行かねーわ! 三十代OLの有休の使い方か!

 ……ただまあ無視するのは可哀想だから、とりあえず返信だけはしておいてやるか。『お前は土曜日の江角マキコか!』と。


「はあ。やっぱ休もうかな……」


 あのアホのせいでどっと疲れた。寝てないのもあるし、このまま休んでしまいたい気分になってきた。テスト前の授業は対策プリントを配る先生がいたりするから行きたかったけど、どうせそんなの無くても点数はとれるしなあ……。


 ピーンポーン。と、突然呼び鈴が鳴った。不意を突かれた僕は身体がビクッと反応した。


「あれ、誰か来た?」


「誰か来たってあんた、穂香ちゃんでしょ」


 本当か!? 本当に綾辻なのか!? いや、あいつは怒っているから来ないはずだ。きっと僕の顔も見たくないはずだ。

 で、でも。もしかしたら僕のことを許してくれたのかもしれない。全てを許して迎えに来てくれたのかも知れない……!


「僕が行ってくる!」


 僕は椅子に置いていた鞄を乱暴に取り、玄関へと急いだ。


 今度こそ、今度こそ綾辻で頼むぞ。もうさっきのLINEみたいに、ドアを開けたら有金がいて、「鵜久森、ホットヨガ行こうぜ☆」みたいな展開はいらないからな!

  

 僕はそのままの勢いで玄関のドアを力強く開いた。


「きゃっ……び、びっくりしたぁー!」


 ドアを開けた先にいたのは、綾辻だった。勢いよく開いたドアに驚いたらしく、目をぱちくりしている。

 

「あ、ハルくん。おはよー!」


 綾辻はドアを開けた僕と目が合うと、いつも通りの弾ける笑顔で迎えに来てくれた。

 いつもの、いつも通りの綾辻だった。


「綾辻、お前どうして……」


「ふえ? どうしてって何が?」


 綾辻はきょとんとした顔で僕の方を見つめる。


「いやだって、昨日怒っていたから迎えに来ないんじゃないかって……」


「怒る? わたしが? なんで?」


 更に不思議そうな顔で首をかしげる綾辻。どうやら僕に気を使っているのではなく、本気で言っているらしい。


「いや、なんでって。お前が昨日、何かを言おうとしていたのに僕が遮っちゃっただろ。あの後お前が機嫌が悪くなっちゃったから、怒らせてしまったんだと心配で……」


「あー! あれかぁー! あははっ。もう忘れてたよー。ハルくんがデリカシーが無いのなんていつものことだもん」


「え、じゃあ怒ってないのか!?」


「うん♪ ちょびっと残念だったけど、ぜーんぜん怒ってないよ?」


 綾辻は僕に向かって優しく微笑んだ。その笑顔を見た瞬間に、僕の心は不安から解放され、全身に入っていた力がスッと抜けていった。


「はあぁ……。よかった……。僕はお前が今日怒って来ないのかと思ってめっちゃ不安だった……」


 僕はよろよろと玄関に座り込んだ。とりあえず本当によかった……。


「うえぇ!? そんなに!? はわわわ、むしろわたしの方がハルくんにごめんなさいだよぅ」


 綾辻は脱力している僕を見て、手をわちゃわちゃさせて狼狽えた。


「とにかく、昨日のことは本当にごめんな」


 僕は綾辻に頭を下げた。

 良かった。言えた。これで胸のつっかえが取れた。


「えへへ。ぜーんぜん気にしてないよ! むしろ今ね、わたし、すっごい幸せで嬉しい気持ち!」


「何でだよ。嬉しいっていうのはおかしいだろ」


 綾辻には怒る道理はあっても喜ぶ通りは無い。


 すると綾辻はじっと僕の目を見つめ、


「だってハルくん、ずーっとわたしのこと考えてくれてたんでしょ?」


「いや、はぁ!? それは……」


 僕は綾辻の急な言葉に思わず狼狽えた。しかし綾辻はそんなことお構い無しで、目は見つめたまま少しだけ微笑み、


「わたしと仲が悪くなったらいやだなって思ってくれたんでしょ?」


「ぐっ……。いや、それはまあ……」


 確かにそれはそうなんだが面と向かって言うのは恥ずかしい。僕のような充実して来なかった系男子にとってはあまりにも高いハードルだ。


「それってつまり、ハルくんはわたしと毎日一緒にいて楽しいってことでしょ?」


 綾辻はまだ僕の目を真っ直ぐ見つめている。僕は恥ずかしくて、顔が赤くなっているのが自分でもわかった。でも何故か、視線だけは綾辻から逸らすことが出来なかった。


「だ、だからそれはだなあ……」


「それはなーに?」


「……そうじゃなけりゃいつも一緒にいないだろ」


 僕は綾辻はの猛烈な押しに負けて土俵を割った。まあ別にいいか。本心だし。隠すようなことでもない。少し恥ずかしくはあるけど、言ってしまえば思っていたほどではなかった。


 一方綾辻は僕の言葉にパアッと花が咲いたかのように微笑み、


「わあぁーい! わたしもだよ! 昨日の作戦、必要なくなっちゃった! やっぱりわたしとハルくんの心は通じ合ってるね!」


 こうして僕と綾辻は、いつものように登校した。僕は不安な気持ちが一気に解放され、なんとも晴れがましい気分だった。ああー綾辻がいいやつで本当によかった!


 教室に着いてスマホを見ると、母から一件のメッセージが来ていた。

 何だ? いつもは学校にいる間に連絡なんか滅多に来ないんだけどな……。

 僕は怪しげな気配を感じつつも、母からのメッセージを開いた。


『一句できました。 玄関で ハルくん 青春ストライクww』


 ……あのクソババア。

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