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綾辻穂香は確かめたい④

 ドアの端から恐る恐る部屋の中の様子を伺っていた優里は、ベッドに座っていた僕と目が合うとニコッと微笑んで部屋の中に入ってきた。


 鵜久森優里(うぐもりゆうり)。僕の二つ下の妹で中学二年生。顔立ちはまだ幼さが残るが、背がスラッと高くて手足が長い。いわゆるアスリート体型だ。実際に中学では陸上部で活躍しているらしく、この間も走幅跳びで県大会二位だったと嬉しそうに報告してきた。

 それに加えて、絵に描いたような品行方正な中学生で成績も優秀。しかもそれらを全く鼻にかけるところがない爽やかな性格をしている。

 実の兄が言うのもなんだか、こいつはスペックがぶっ壊れている。便器便器とベッドの上で暴れる兄と、この妹。とても同じ人間から生まれてきたとは思えない。


「こっちの部屋までドスンドスンって聞こえてきてたよ、お兄ちゃん」


「大丈夫だ優里。別に大したことじゃない」


「そっか。ならいいんだけど」


「ただ僕は便器と結婚することにした」


「な、ええ!? それ、全然大丈夫じゃないよ!?」


 優里は目を大きく開いて大袈裟に驚いた。


「落ち着け優里。なんのことはない。お兄ちゃんは実は人間じゃなくて便器だったんだ。だからメスの便器と結婚するのはむしろ当たり前で……」


「お母さぁーん!!」


「やめろ優里。母さんを呼ぶな。これはもう決まったことなんだ」


「ゆーはあんなカッチカチで冷たい義理のお姉さんは嫌だよ!」


「外見は冷たく見えるかもしれないが、実際はいい人なんだ。いや、便器だから人じゃないか。まあとりあえず話せばきっとすぐに仲良くなれるさ」


「便器とどうやって話すの!? と、とにかくお母さぁーん!!」


「だから母さんを呼ぶな。優里、冗談だ」


「え……? 冗談なの?」


「当たり前だろ」


 この世のどこに便器と結婚する人間がいるんだ。独特な宗教か。


「よかったぁー! ゆーはてっきりお兄ちゃんがおかしくなっちゃったのかと思ったよ」


 優里はホッとした表情で胸を撫で下ろした。ちなみに優里は自分のことをゆーと呼んでいる。自分のことなのか相手のことなのかややこしい。


「大丈夫だ。さっきまで頭を使いすぎておかしくなりかけていたけど、優里のノックのおかげで我にかえれた」


「お、おかしくなりかけてはいたんだね……。助けられてよかったよ」


「ああ。ファインプレイだ」


「でもお兄ちゃん。何か悩み事でもあるの? ベッドの上でのたうち回りながら首ブリッジするなんて珍しいよ?」


「そうなんだ。ちょっと悩みが……って、え……? ちょっと待て。なんでお前が首ブリッジの件を知ってるんだよ」


 僕の部屋は一人部屋で、当然外からは見えない。だから普通に考えれば、優里は僕が部屋でしていたことを知っているはずがないんだが……。


「悩みがあるならさ、ゆーに話してみたら? ゆーはいつだってお兄ちゃんの味方だし……」


 優里は僕の話を一切聞かず、少し俯きながらモジモジしだした。


「もしかしてカメラか!? 監視カメラか何かが仕掛けられているのか!? 家族間にプライバシーは存在しないと言うのか!?」


 僕はベッドから降りて慌てて監視カメラ探しを始めた。プライバシーの侵害はダメだよ! 絶対に認められないんだからね!


「高校生の悩みはゆーには難しいかもだけど、ゆーとお話しするだけでお兄ちゃんも落ち着くかもしれないし」


「ここか? 違うか……ならこの本棚の隙間に……! ダメか、ここにも無い。優里、カメラはとこなんだ!?」


「ゆーはお兄ちゃんと話せるならいつだっていいし、もし必要なら部活だってお休みするし……」


「優里! 僕の話を聞け! 監視カメラはどこだ!」


 僕は両手で優里の肩をガシッと掴んだ。すると優里は目を丸くして、


「かめら? なにそれ」


「え、カメラか何かで僕の部屋を見ていたんじゃないのか?」


「ゆーが?」


「……そう。だってお前僕の部屋の様子を知っていたし」


「もうお兄ちゃん、何を言ってるの? ゆーはお兄ちゃんのことだから首ブリッジしてるんじゃないかなって予想しただけだよ?」


「そんなピンポイントな予想を!?」


「ゆーはお兄ちゃんのことならなんだってわかるんだよ。だいたいゆーがお兄ちゃんの部屋を覗いて何の得になるの?」


「まあ確かにそれはそうなんだが……」


 そう言われるとぐうの音も出ない。このパーフェクトな妹が、勉強だけが取り柄である兄の部屋を覗き見する意味など一つも存在しない。

 あれ? 僕、もしかしたら超自意識過剰だったんじゃないかしら。恥ずかしい!


「でしょ? ゆーがお兄ちゃんのことを世界で一番知ってるんだから、カメラなんかなくてもそれくらいわかるんだよ」


「そうか、僕の早とちりだったか……すまん」


「あははっ♪お兄ちゃんは頭がいいのにそういうところは昔から変わらないね!」


 優里は白い歯を見せて明るく笑った。我が妹ながら中々爽やかな笑顔だ。


「いや、お前が焦らすようなことを言うから」


 僕がそう言うと、優里は先程のニコニコした笑顔のまま、


「それにもしゆーが監視カメラを仕掛けているとしても、ゆーは絶対にみつからないところに仕掛けてるから探しても無駄だよ」


「……え?」


「さ、もうそろそろごはんだし下に降りよっか、お兄ちゃん」


「ちょ、お前今めっちゃ怖いこと言わなかった? 冗談だよなあ! 冗談だよなあ!?」


「今日はしょうが焼きだって! ゆー、しょうが焼きだーい好き♥」


「ま、待て優里! お前は人の話を……」


 結局その後、優里は僕の話をのらりくらりとかわし、明日も朝練だからとさっさと寝てしまった。

 一人残された僕は、徹夜で自分の部屋をひっくり返して監視カメラを捜索した。しかし監視カメラが出てくることは無かった。

 

 うむ。寝れぬ。そんでうちの妹ちょーこわい。

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