綾辻穂香は確かめたい③
*
学校から帰った僕は制服のままベッドに倒れ込み、ボスッと枕に顔を埋めた。
僕の頭を埋め尽くしているのは帰り道での綾辻の態度だ。
綾辻のやつ、なんであんなに怒っていたんだろう。
結局あの後何度声をかけても綾辻は取り合ってくれなかった。「ふんっ!」とか「知らないもん!」とか言って、僕の言うことに一切聞く耳を持たなかった。あの様子だとかなりご立腹だったんだろう。
そもそも何がきっかけで怒りだしたんだろうか。
帰りがけの綾辻はむしろいつもより上機嫌だった。ニコニコしながら何かを企んでいる様子がダダ漏れで、それを僕に指摘されて必死に誤魔化そうとしていた。
そうだ。綾辻はそこから僕に何かを言おうとしたんだ。
「ねえ、ハルくんってわたしのこと……」
顔を真っ赤にして一生懸命何かを伝えようとしていたが、最後の最後で思いきりがつかず、言葉が引っ込んでしまったようだった。
あの時はただトイレを我慢しているのに言い出せない年頃の乙女なのかと思っていたが……。
あの時、綾辻が僕に伝えたかったこと。
頭を整理して、もう一度考えよう。
…………。
うん。
とりあえずトイレではない。
冷静に考えると、文脈からして絶対にトイレは有り得ないじゃないか。そもそもあいつは昼休み後からずっと何かを企んでいたんだ。そんな長時間ずっとトイレを我慢しているはずがない。
……完全にやってしまった。あんなに一生懸命何かを伝えようとしていた綾辻に、「小便だろ?」とか知った風な顔で言ってしまった。
アホか僕は。デリカシー皆無か。少年時代の孫悟空か。
しかも否定されて、「だったら大の方か?」って。
バカか。大バカか。お前はトイレのことで頭一杯か。ていうか普通に考えてセクハラだ。いっそのこともう便器と付き合え。そして便器と結婚しろ。このベンキマンがああああバカああああ!
僕は自室のベッドの上で一人悶え苦しんだ。自分の愚かさと綾辻への申し訳無さで頭がおかしくなりそうだった。
綾辻のやつ、きっと今頃隣の家で怒っているんだろうなあ。あー、本当に悪いことをしてしまった。明日の朝、開口一番で謝罪をしないと……。
いや待てよ。もしかしたらあいつ、そもそも怒って明日迎えに来ないんじゃないか?
そうなるとまずいな。あいつが一人で学校に行けるわけがない。これは明日の朝になる前に謝っておいた方が良さそうだ。
となると、とりあえずLINEか? いや、でもLINEでの謝罪なんて安っぽいか……。僕の発言は、もし社会人だったら一発レッドを食らうレベルのセクハラだった。LINEで「メンゴ☆」で済ましていいわけがない。
まず電話。そしてこちらから出向いて直接謝罪。うん、これしかない。
……でもなんて言えばいいんだ。
「さっきは小便とか大便とか言ってごめん!」か? いや、それはさすがにストレートすぎる。なるべくそこには触れずに綾辻が機嫌を直してくれるような言葉を……。
あああああダメだ。人生で女子を怒らせたことがないからどうすれば機嫌を直してくれるかが全くわからん。
だあああああああ難しいいいいい!綾辻が僕を許してくれる絵が一切見えないいいい!ああああ僕の便器野郎!便器そのもの!筆頭便器!ベンキング!
ベッドの上で頭を抱えながらのたうち回った。ブレイクダンスさながらの姿勢で絶えず自分を罵倒し続けていると、コンコンという遠慮がちなノックの音が聞こえた。
その乾いた音にハッと我にかえる。しまった。うるさすぎたか。我を忘れて騒ぎすぎてしまった。
僕は首だけでブリッジをするような体勢から起き上がり、ベッドに座って息を整えた。
「開いてるけど」
すると部屋のドアゆっくりと開き、
「お兄ちゃん、さっきからドタバタおっきな音がするけど大丈夫……?」
ドアの端からピョコッと顔を出したのは妹の優里だった。




