綾辻穂香は確かめたい②
そんなわけで放課後です。部活が終わったので(と言ってもふみちゃんと有金くんは将棋、他の三人はテスト勉強をしていただけですが)、わたしとハルくんは今日も一緒に帰ります。
いつもは他愛もないことを話しながら二人で楽しく帰っていますが、今日のわたしには目的があります。それはハルくんにわたしのことが好きかどうかを聞くことです。
普通に考えれば、男の子に対して自分のことを好きかどうか直接聞くなんて、とても勇気のいる行為です。
でも大丈夫。わたしにはもうハルくんに好きと言わせる完璧なシュミレーションができています。
その名も「穂香とハルくんのラブラブ大作戦!」です!わーい!
ステップ①。まずはいつもの何気ない自然な感じで「ねえねえハルくん。ハルくんてわたしのこと好き?」と聞きます。するとハルくんは「な、なんだよ急に!」と最初は狼狽えます。
ステップ②。わたしが「ねえねえいいじゃん教えてよ! 好きなの嫌いなのどっち?」と追及します。するとハルくんは「いや、別に嫌いではないけど」と恥ずかしそうに言うはずです。ここまで聞けたらこっちのものです。
ステップ③。「じゃあ嫌いじゃないってことは好きってこと?」と追い討ちをかけます。そしたらハルくんはきっと「……まあ確かに好き……だな」と照れながら伏し目がちに言う!
ぱんぱかぱーん!完っ璧です!我ながらパーフェクトな作戦です!部活の勉強の時間をすべてこの作戦に費やしたかいがありました!
わたしの計画なんて一切知らないハルくんは、いつものキリッとした表情で規則正しく歩いています。歩く姿も真面目です。
ふっふっふ。ハルくん。わたしがすごい作戦を立てているとも知らずに呑気なものだね!目にものを見せてあげるよ!
さあ、ラブラブ大作戦のスタートです!
「ふふーん♪」
「なんだよニコニコして。いいことでもあったのか?」
「えへへー。ちょっとねー♪」
「その顔はどうせ何か企んでいるんだろ」
「え!? どうして!?」
わたしは動揺しました。まさかもうバレているとは驚きです。
「いや、綾辻の顔に書いてあるから。今日の昼休みからずっと」
しかも一颯ちゃんと話した直後からバレていました。ハルくんは中々の曲者のようです。
「えー? そうかなー? そんなことはないよー?」
「……なんだよその棒読みは。まあ何を企んでいるかは知らんが程々に頼むな」
「まったくやだなーハルくんはー。ははー。そんなことよりそろそろ話を変えてもいいかな?」
「……別にいいけど」
ふぅ。何とか凌ぎました。危ない危ない。
ハルくんはわたしが何かを企んでいることには気が付いたようですが、何を企んでいるかには気付いていません。これは作戦続行です。
「えーっとね。ハルくんに聞きたいことがあったんだー」
「僕に? なに?」
さあ自然な流れに持ち込みました!大切なのはここからです!
わたしは足を止めてハルくんの方を向きました。わたしが立ち止まったことに気が付き、ハルくんもその場で足を止めます。
「は、ハルくんてさぁ」
「うん」
「わ、わたしのこと…………」
と、そこまで言いかけて、わたしは固まりました。
「ん? どうした綾辻」
次の言葉が出てきません。何を言うかは自分でわかっているはずなのに、口から言葉が出て行きません。その代わりに顔がどんどん熱くなって、頭の中がめちゃくちゃになって、たくさんの「どうしよう」が駆け巡っています。
わたしはぐるんぐるん回り続ける頭の中で気がつきました。
ハルくんにわたしのこと好きかどうかを聞くのって、すっごい恥ずかしい……!
どうしようどうしよう!こんなはずじゃなかったのに!ハルくんに好きって言わせるはずだったのに!
「おい綾辻。大丈夫か? 顔が真っ赤だぞ?」
ハルくんは心配そうにわたしの顔を覗き込みました。
心配してくれるのは嬉しいけど今は逆効果だよぅ……。
「え!? いや、……あのね? ハルくんに言いたいことがあるんだけどさ……」
「うん。だからそれを言ってくれって」
「うん……そ、そうだよね! その、ハルくんてさ。わたしのこと……す……」
「す……?」
「す…………うぅ…………」
鼓動が激しくなり、全身が心臓になったかのようにバクバクしています。顔もどんどんどんどん熱くなってきてもう何がなんだかわけがわかりません。
「……本当に大丈夫か? 綾辻」
「だ、大丈夫……で、でもちょっとストップ……」
……無理です。ギブアップです。今のわたしには自分の口から好きかどうかを聞くなんてレベルの高いことはできそうにありません。
昨日ならあっさり聞けたと思うんですが、お昼に一颯ちゃんと色々お話したせいか、今は妙にハルくんのことを意識してしまって頭の中がぐちゃぐちゃになっています。
「ストップって……。なんなんださっきからモジモジしたり顔真っ赤にしたり。これが企みの内容か?」
ハルくんは呆れたようにわたしに言いました。
「ち、違うの! そうじゃなくてね……?」
「企みでもないのか…………あ。そうか!」
「どうしたの?」
「ふふ。綾辻、わかったぞ!」
ハルくんは何か閃いたように手を叩きました。
も、もしかして気が付いちゃったの……!?わたしが言おうとしていたことに。
そ、それはそれで恥ずかしい!あんな真っ赤な顔で好きかどうかを聞こうとしていたのがバレちゃったら、もう告白したようなものだよ!?
だ、だったらせめて自分の口から言いたい!そしてハルくんから本当の気持ちを……!
「ちょ、ハルくん! 待って! その先は言わないで!」
「いや、いいよ。女子からだと言いにくいよな。ごめんな綾辻。気が付かなくて」
ハルくんは優しく微笑みながらわたしに言いました。
ハルくんの優しい笑顔を見て、わたしは気がつきました。
すべて、お見通しだったみたいです。
わたしがハルくんに何を聞こうとしていたかも、その先にある私の企みも、そしてわたしの気持ちも。
なんだ。バレてたんだ。
でも、まあいっか。
さっきまでは「好き」って気持ちが相手に伝わったら、照れくさくて恥ずかしいかな、なんて思っていました。
でも全然そんなことない。今、わたしはとても爽やかで清々しい気持ちです。
形はどうあれ、ハルくんに気付いてもらえてよかった。ハルくんに気持ちが伝わってよかった。
後はハルくんの気持ちを聞くだけです。
ハルくんもわたしと同じ気持ちかな。そうだといいな。ちょびっと不安だけど。
でもきっと大丈夫だも思います。だってほら見て? さっきからわたしとハルくんのことを祝福するために天使たちが……。
「小便、だろ? 小便を我慢していたのに言い出せなかったんだよな」
ちーん。天使たちは全員生き埋めになりました。
「なあああああ!? どうしてそうなるの!?」
「女子は自分からトイレとか言えないんだろ? 清沢先生が前に言っててな。でも僕は全然気にしないから」
「ち、ちがぁーーう! そんなんじゃないもん! そういうことじゃなくて……」
「ああ。なら大の方か。 待ってるからそこのコンビニでしてきちゃえよ」
ハルくんは爽やかに言いました。こんなにデリカシーの欠片も無いことを言っているのに、なぜ紳士ぶっているのかは謎です。
「なんで選択肢が両方トイレなの!? デリカシーを前世に捨ててきたの!? もういい! ハルくんのバカ! 知らない!」
こうしてわたしのラブラブ大作戦は、ハルくんの異常なまでのトイレへの執着心によって頓挫しました。
わたしはハルくんと気持ちを通じ合わせるのは大変そうだなあと、少し不安になったのでした。




