有金駆は落ち目の逆を行く⑪
心から部での将棋バトル第三戦。有金対僕の対局は経験の差もあり、僕の勝利で終わった。
「わーい! ハルくんつよいつよい!」
「鵜久森くん、さすがだわ! 信じていたわよ!」
将棋初心者に勝っただけで大騒ぎの女子二人。お前らは有金に恨みでもあるのか。
「チッ。やっぱり鵜久森はかなり強えな」
「でもあと数回やったらもう勝てなくなる気がする」
有金の将棋センスは素人に毛が生えた程度の僕の目から見ても明らかだった。しかも一回一回の対局を重ねる毎にどんどん強くなっている。
趣味発見アプリは有金のこの才能を見抜いていたということだろうか。だとしたらすごいな、㈱悪ふざけ。
「そうか? そう言われると悪い気はしねえな。よし、鵜久森。もう一回やろうぜ」
「ちょっと待ちなさい! 今度は私がリベンジする番よ!」
「私もだよ有金くん!次は私の必殺戦法でタコ殴りにしてあげるんだから!」
この二人は先ほどあんなに叩きのめされたのにどこからその自信が出てくるのだろうか。そんで発言がモブのやられキャラっぽい。
「いや、二人はもういいわ。やろうぜ鵜久森」
「まあいいけど」
その日は部活終了時刻になるまでに有金と三回対局をしたが、すべて僕の勝利で終わった。有金はその度に悔しそうな顔をしたが、その表情はどこか清々しく、楽しそうでもあった。
今回の将棋という趣味は有金にとっていい出会いになったのかもしれないなと、僕は思った。
*
さて、有金が将棋を初めてから三日目。今日も僕は有金と向かい合って将棋を指している。実力不足の綾辻と会長はいつもの自分の席で来週あるテストに向けて勉強中。
「負けました」
「ふぇー! また有金くんが勝ったの?」
綾辻は勉強の手を止めて対局をしていた僕たちの方に寄ってきた。
「ああ。昨日から合わせて五連敗。もう僕が相手だと勝負にならなくなってきてしまった」
僕は予想通り有金に敵わなくなっていた。僕自信も昔の感覚を思い出して対局毎に力が増していたはずだったが、有金の成長スピードはそれを一瞬で吹き飛ばすほど圧倒的なものだった。
「とんでもない上達スピードね」
「鵜久森に勝つために家に帰ってからも毎日将棋のアプリでネット対局をしていたし、授業中はずっと将棋の本を読んでいたからな」
その情熱は素晴らしいが、こいつは来週からテストだということをわかっているのだろうか。
「……やり込みすぎだろ。たった三日で心から部の手に負えなくなるほど強くなるなよ」
「でもそうなると困ったわね。うちの部活で将棋をしていても退屈でしょうし、テスト前だから将棋部も昨日から活動していないし」
会長はシャーペンを置いて重そうな胸を支えるように腕を組んだ。会長。そのポーズは目のやり場に困るからやめてね。
「それなら大丈夫だよ! 今日は将棋のすっごーい強いゲストを呼んであるから♪」
綾辻は「へへー♪」と取って置きのことを話すように得意気に言った。
「すごい強いゲスト? 将棋が?」
「うん。わたしもその子が将棋ができるって知らなかったんだけど、ラインで有金くんの話をしたから『将棋にだけは自信がある』って言ってたからお願いしたんだー♪」
「そんな友達がいるのか。それは俺にとってはいい話だな」
「でしょ? 四時に来てって言ってあるからそろそろ来ると思うんだけど……」
ちょうどその時、コンコンコンと部室のドアをノックする音が聞こえた。
「あ♪ 話をしてたらちょうど来たよ」
「……よばれてとびでてじゃじゃじゃじゃーん」
眠たそうな顔に抑揚の無い声で入って来たのは金髪サイドテールに身長百四十センチ程のミニサイズの女子生徒、江末ふみだった。
「な……江末!?」
「将棋ができる友達って江末さんだったの?」
江末は僕と会長の方を交互に見て、無表情のままこくりと頷いた。
「……麗、王子。久しぶり」
「久しぶりだなあ! もっと部室に顔を出してくれよ」
「そうよ江末さん! 依頼を果たした後一回も来てくれないんだもの」
会長も久しぶりの江末の登場に嬉しそうだ。
「……我も来てよかったの? 用もないのに来ちゃダメと思っていた」
「いつ来ても全然問題ないぞ。大抵暇だし」
「そうよ。でも今日久しぶりに来てくれて本当に嬉しいわ」
「……ここまで歓迎されると思っていなかった。我も嬉しい」
江末は少しだけ恥ずかしそうな顔をして微笑んだ。相変わらずかわいいやつだなあ!
「ふみちゃんテスト前なのにありがとうね!」
「……穂香は大切な友達。遠慮なんて要らない。それにテストはどうせ赤点」
おい。それはダメだろ。将棋が終わったらちゃんと勉強もしなさい。
「それで、この有金くんと将棋をして欲しいんだけど」
「……了解した。我は江末ふみ。よろしく」
「ああ。一年の有金駆だ。よろしくな」
「……では早速始める」
「おう。望むところだ」
「……まずは棋力を見せて欲しいから駒落ちは無しで」
「駒落ち? 鵜久森、駒落ちってなんだ?」
「簡単に言うとハンデだな。上手側はいずれかの自分の駒が使えなくなる。飛車落ちなら飛車が使えない」
「なるほどな。じゃあ最初の一回はハンデ無しってことか。ちなみに江末はどれくらい強いんだ?」
「……アマチュア五段」
「ごだ……それってめちゃすごいんじゃないのか?」
うちの近所で将棋が強すぎて道場で無双しまくり、老人ホームでハブられるようになったじいちゃんですら確かアマ三段だった。それなのにこの歳で五段って。これは僕たちがやっていた将棋とはかなりレベルが違うんじゃないか?
「……我にかかれば余裕のよっちゃん」
江末は無表情のまま「えへん」と胸を張った。
「そもそもお前は地球外生命体なのに何で日本の将棋ができるんだよ」
「……我の惑星は親日だから」
惑星にも親日とかあるんですね。そうですか。知らなかった。
「じゃあ俺が勝てれば五段以上ってことか」
「……それは無理。将棋はそんなに甘くない」
「まあいい。やりゃあわかる」
意外にも対局前から火花を散らす両者。さて有金はアマチュア五段相手にどこまで頑張れるのか。
「じゃあ早速有金くんとふみちゃんの対局を始めよー♪」
「……合点承知のすけ」