有金駆は落ち目の逆を行く⑩
「えらー三回? どういうこと?」
綾辻は不思議そうに首を傾げた。
「いや、このアプリってニックネームの入力の時に三回エラーを出すと名前が自動的にクソムシになるんだ」
「……キャッシュカードの暗証番号のシステムみたいね」
あっちはセキュリティ上必要なシステムで、こっちは必要性ゼロの悪ふざけですけどね。
「じゃあ有金くんは三回間違えちゃったんだね。びっくりしたー!独特な人なのかと思ったよ」
「さすがに自ら望んでクソムシなんてニックネームをつけるほど独特じゃねえって」
いや、ニックネームは知らんがお前が独特な人であることは間違いないから。
「あら。私はあなたにお似合いだと思うけれどね」
会長は高圧的な態度で言った。嫌われてんなあ有金。でも会長にきつく言われる度に「ぐっ……!」とか「がっ……!」とか言うのはやめろ。鬱陶しいから。
「会長。無意味に有金に突っ掛かるのやめてください。さてそれで大事な有金の趣味の方だけど……」
「将棋、みたいだ」
将棋か。んー有金に向いてそうではあるけど、問題はこいつが将棋に興味があるかどうかだな。
「有金くん。やったことはあるの?」
「いや、無いな。駒の動かし方も知らねえ」
「将棋と言われてどう? 興味はあるのかしら」
「頭を使うゲームは好きだし、やってみたい気はする」
なるほど。本人にある程度興味があるならやらない手はないな。
「じゃあとりあえず将棋で進めてみるか」
「おっけー♪ じゃあまずはルールから覚えないとだね!」
「三人の中に誰か出来る人はいるのか?」
と有金。確かに心から部で教えられればそれが一番手っ取り早い。
「僕は駒の動かし方と簡単な囲いくらいは知っているけど、教えられるほど強くはないな」
知っている囲いは矢倉と美濃囲い。戦法は棒銀。初心者に毛が生えた程度だ。
「私は本当に少し知っているくらいね。しかもやっていたのはかなり昔だから飛車と角の位置も曖昧だわ」
「わたしもルールは知ってるよ!でも対戦になるといつもすぐ負けちゃう」
三人の中だと僕が一番経験値が高いみたいだ。レベル自体は高くないが、三人とも最低限のルールがわかっているというのは大きいな。誰も蚊帳の外にならなくてすむし。
「じゃあ三人で有金に駒の動かし方と簡単なルールを教えて、できそうだったら対局をしよう」
「でも将棋の盤と駒はどうするの?」
「あ、確かに」
将棋をするには盤は紙に線でも引けば代用できるが、駒はないとできない。今日はできなくなっちゃうけど駅近くのドンキで買って帰るか。
「じゃあ今日はここで終わりにして帰りにみんなでドンキで……」
「大丈夫よ。私が今から将棋部のところに行って使っていないものを借りてくるから」
会長は「行ってくるわね」と言い残しパッと部室から出ていった。ふむ。さすが生徒会長だ。動きが早いし権力がすごい。
そんな会長の教室から出ていく様子を見た有金は、
「あの生徒会長はしっかりしていのか変人なのかよくわからねえな」
「有金。あの人はしっかりしている変人なんだよ」
「……なるほどな」
*
さてさて、そんなこんなで会長はあっという間に将棋部から脚の付いた将棋盤とそこそこ高そうな駒を借りてきた。
それを使って将棋未経験の有金に、三人で基礎中の基礎を叩き込むこと十五分。
「……と、ここまでが基本的なルールと駒の動かし方だ。出来そうか?」
「大丈夫だ。全部覚えた。じゃあ早速誰か対局しようぜ」
マジかお前。ものすごい駆け足で説明したんだけど。
「え、もう覚えちゃったの!? わたし全部の駒の動かし方を覚えるのに一か月もかかったのに!」
それはかかりすぎだろ。どんな脳の容積してんだお前は。ネアンデルタール人か。
「……いや駒の動きはそんなに複雑でもねえだろ」
さすがに有金も呆れ顔だ。
「ふおぉー! なんたる余裕の発言! ハルくんすごいよ、有金くんはやっぱり天才だよ! わたしと全然ちがう!」
うん。確かに有金と綾辻は東大生とマントヒヒくらい知能に差があるな。
「まあ有金本人ができるって言ってるからやってみるか」
「そうね。じゃあ最初は私が相手になってあげるわ」
意外にも最初に会長が名乗りを上げた。……大丈夫か? 何か企んでいないだろうな。
「生徒会長。いいのか?」
「構わないわ。あなたが初心者のうちにボコボコにしようと思っているだけだから」
うん。やっぱりこの人しょうもないこと企んでたわ。ヤクルトの容器並みの器の小ささだわ。
「俺はこういう勝負事で負けるのが大嫌いなんだ。生徒会長には悪いけど絶対に負けねえ」
「その言葉、後で後悔しても遅いわよ。吠え面をかかせてあげるわ!」
わーい。二人ともすごいやる気だー。頑張れー。
そんなわけで五分後。
「あ、あなた本当は将棋やったことあるでしょう」
会長は何が起きたのかわからないといった表情で盤上をみつめている。
「……生徒会長。あんたいくらなんでも弱すぎるだろ」
結果は有金の圧勝だった。会長は有金をボコボコにするどころか、有金にコテンパンにされた。アーメン。
実際会長の実力はそこまで弱くは無かった。驚くべきは今回初対局の有金だ。初めてとは思えないほどに強い。手筋や戦法などは全く教えていないのに攻防のバランスが良く、終始会長を圧倒した。
「つ、次よ。綾辻さん! 私の敵をとってちょうだい!」
「オッケー八千草先輩!さあ有金くん。二人目の相手はわたしだよ!そろそろばててきたんじゃない?」
綾辻は「よーし!」と腕をぐるんぐるん回し、会長から席を譲り受けた。
さて、全く期待できない綾辻の実力は如何に。
で、二分後。
「うぅ……。有金くんがいじめた……」
盤上を涙目で見つめる綾辻。
「……人聞きの悪いことを言うな。お前が勝手に二歩で負けたんだろ」
二歩。将棋におけるもっともポピュラーな反則の一つ。綾辻穂香、ニコニコ楽しそうにしながら歩の前に歩を指して反則負け。
「いいもん! この敵はハルくんがとってくれるもん!」
反則負けをした人間の敵ってあんまりとりたくないんだけれど。
「鵜久森、今のところ将棋を全く楽しめてないから真面目に頼む」
「まあ一応ちゃんとやるけど期待はするなよ」
「うちのハルくんは序盤、中盤、終盤、隙が無いんだからね!」
おい綾辻。ハードルを上げるな。
「鵜久森くん頑張ってね! 二度と立ち直れないくらいボッコボコにするのよ!」
会長、プレッシャーをかけないでください。それと有金の扱いが酷すぎます。
「ほら、ハルくんも何か意気込みを一言!」
なんだよ面倒くさい。まあいいか。一応二人のテンションに合わせておくか。
「……有金。駒たちが躍動する僕の将棋を見せてやろう」
そんなわけで心から部での将棋バトル、第三戦が幕を下ろした。




