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有金駆は落ち目の逆を行く⑨

「ねえハルくん。有金くんも終わったみたいだよ」


 声のする方に視線をやるとすぐ隣に綾辻が来ていた。

 あービックリした。アプリの画面に夢中になっていて全く気が付かなかった。


「そうか。なら一度集まるか」


 元々は有金が没頭できることを探すために始めたアプリだもんな。大切なのは有金本人の診断結果で、僕の趣味がタワシ集めだろうがなんだろうがそんなことはどうでもいい。


「うん。せっかくだし四人で見せ合いっこしよ?」


 とニコニコな様子の綾辻。


「見せ合いか……。僕はあまり見せたくないんだけど」


「いいじゃん見せてよ!そんな変な趣味だったの?」


「……うん。かなり」


 やっぱり僕の趣味も見せなきゃダメか。会長と綾辻のは先に見ちゃった手前、見せないわけにはいかないよなあ。



「さあ全員結果も出たところで、診断結果を見せ合いっこしよーう♪」


 綾辻はいつもように「おー♪」と自分で付け加えた。はい、楽しそうでなによりです。


「じゃあ一番やる気が無さそうなハルくんからね」


「え、僕から? まあいいけど」


 確かにやる気は全くない。顔に表れてしまっていたか。いかんいかん。

 僕はスマホを三人に見えるように机に置いた。液晶には先程の診断結果が表示されている。


『ハルぴょんにぴったりの趣味はタワシ集めだよ☆』


 チッ。何度見ても神経を逆撫でする文面だ。自分で決めたニックネームのハルぴょんにすらイラッとくる。


「……とりあえずツッコミどころしかねえな」


 真っ先に言ったのは有金だった。

 有金よ、同感だ。だが皆まで言うな。僕が悪いんじゃない。


「……まずニックネームが予想以上にかわいいわね」


「あはははは! ほんとだほんと! ハルぴょんてかわいー♪」


 会長は笑いを堪えながら、綾辻は大笑いしながら言った。確かに自分でもネーミングセンスは無かったと思うけど、改めて笑われるとなんか腹立つ。


「もっと普通なのにすればよかったかな」


「私はいいと思うよ? だってかわいいもん」


「でも鵜久森が自分で考えてハルぴょんにしたと考えるとなんか不気味じゃねえか?」


 と有金が冷静に言うと、


「あ、確かにそれはそうかも」


 納得した顔で綾辻もそれに同意した。


「何でだよ。僕が自分の名前にぴょんをつけるのがそんなにおかしいのか?」


「それはそうとタワシ集めってなに?」


「おい! 無視!」


 清々しいまでのスルーだった。


「よくわからないけど鵜久森くんはタワシを集めたことがありそうね」


「確かに集めてそう!」


「色んな国のタワシを持ってそうだな」


 何故か三人ともタワシ集めが僕にしっくりきているらしい。とても不名誉なんだけど。


「お前らの中で僕はどんなイメージなんだよ……。もういい。交代だ交代!綾辻」


 僕はひったくるように机らから自分の携帯を取り上げた。やってられるか畜生。

 

「おっけー! 次はわたしね。じゃーん♪」


 綾辻はルンルンの様子で僕が置いていた場所と同じところにスマホを置いた。


『かげまるにぴったりの趣味はボルダリングだよ☆』


「なっ……! かげまる!? ニックネームがカッコいいだと!?」


 予想外の展開だった。綾辻はもっとフワフワしたアホ丸出しのニックネームにしていると思っていた。それが「かげまる」だと……!?こ、こいつはセンスの塊じゃないか。センスに手足が生えて服を着て歩いていやがる。


「カッコいいかなあ? うちで飼っている犬の名前だよ」


 僕の反応が予想外だったようで、綾辻は首を傾げた。


「かげまるか……確かに男心をくすぐられるネーミングだな」


「平仮名なところに綾辻さんらしさが出ていていいわね」


「えへへ。そうかなぁ」


 三人とも満場一致の素晴らしいニックネームだった。正直に言ってうらやましい。「かげまる」を目の前にすると「ハルぴょん」のダサいことダサいこと。ていうか冷静に考えると自分で自分のことを「ハルぴょん」て。脳みそ沸いてんのか僕は。


「いいなあかげまる! 僕もニックネームかげまるにしたかった」


「ハルくんは『ハルぴょん』でしょ。かわいくていいじゃん!」


「じゃあ交換しようぜ」


「何を?」


「何をってニックネームをだよ。僕の『ハルぴょん』を綾辻が使っていいから『かげまる』を僕にくれ」


「え、ぜったいに嫌だけど」


「え、そんなに拒絶するの? 綾辻はさっきかわいくていいと思うって言ってたじゃないか」


「自分が使うのはちょっと」


「裏切り者!」


「ていうかハルぴょんのハルは鵜久森の名前だろ。自分の名前の入ったニックネームを同級生の女子につけるなんて気持ち悪いを通り越して狂気の沙汰じゃねえか?」


「う……確かに」


 冷静に考えると確かにそうなんだけど僕はお前だけには狂気の沙汰とか言われたくなかったよ。しょぼーん。


「はい、じゃあ次は八千草先輩ね!」


「私? あまり見せるのは気が進まないのだけれど……」


 会長はそう言いながら遠慮がちにスマホを置いた。そりゃあ気にするか。趣味ダイエットだもんな。


『ジェロニモにぴったりの趣味はダイエットだよ☆』


「……なんでジェロニモなんですか?」


 ジェロニモってキン肉マンのジェロニモだよな。今を輝くJKが自分のことジェロニモって。


「名前が(うらら)だからよ」


 会長は胸を張り、フフンと自信満々の表情で言った。どうやらニックネームには自信があるらしい。

 それにしても(うらら)だからジェロニモ……?うらら……ジェロニモ…………。


「……あー。なるほど。そういうことか」


 わかりづらいわ。うちの学校の生徒会長がこれを真剣に考えたと思うとなんだか切ない。


「? ハルくん。どうしてうららだとジェロニモなの?」


「キン肉マンの悪魔将軍編を読んでいないとわからないマニアックなネタだから気にするな」


「ふぇー。キン肉マンかぁ。わかんないなぁ。有金くんはわかった?」


「ああ。俺も一応全巻持っているからな」


「え。私だけわかんないのってなんかズルい!」


「いや、ズルいって言われてもな」


「うぅーキン肉マン読んでおけば良かった! 私、昔の漫画は『ああ播磨灘』しか持ってないからなぁ」


 綾辻は自分だけ仲間外れにされたと感じたようだ。

 でも本来は綾辻の反応が正常だ。今時の高校生は昔のキン肉マンなんて知らないから。ていうか僕としては綾辻が『ああ播磨灘』を持っている方が驚きだわ。

 あー懐かしいな『ああ播磨灘』。あの読むだけで強くなるという伝説の横綱漫画。料亭の会計を柱に張り手をするだけで済ませるシーンはかっこよかったなあ。バシーン!「ごっつぁん」「ありがとうございます!」の流れ。当時の僕は「いや、金払えよ」ってつっこんだなあ。


「会長。綾辻に説明をしてもいいですか?」


「……ええ。まあいいけど」


「いいか綾辻。キン肉マンに出てくるジェロニモっていうキャラが『アパッチの雄叫び』って技を使うんだけど、その叫び声が『ウラーラーラー』なんだよ」


「なにそれ?」


 それ日本語?と言わんばかりの表情で首を傾げる綾辻。


「いやだから、もう一回言うぞ。キン肉マンに出てくるジェロニモの必殺技が『ウラーラーラー』っていう叫び声なの」


「? 二回聞いてもよくわかんないや」


「……ああそう」


「丁寧に説明をされるとものすごい恥ずかしくなってくるわ。今気がついたけど私はなんてダサいニックネームを……。これではハルぴょんと大差ないわ」


 会長は先程ニックネームの由来を自信満々に言った時とは打って変わって肩を落とした。

 ねえ僕と同レベルなことをそこまで嫌がらないでもらっていいかなあ。


「それにしてもダイエットって失礼だね! 八千草先輩はこーんなに綺麗なのに!」


 綾辻は自分のことのようにぷんすか怒っている。以前は会長に敵意を剥き出しにして「おっぱい会長!」とか呼んでいたのに随分仲良くなったもんだ。


「そうよね! 本当に失礼なのよこのアプリ! それでさっきも鵜久森くんに……」


「ハルくん八千草先輩に何か失礼なことを言ったの?」


「いや『体重増えたんですか?』って聞いただけなんだど」


「聞いただけって、女性にそれはすごい失礼だよ!?」


「……俺でもその発言がまずいことくらいわかるぞ鵜久森」


「八千草先輩、ハルくんにもっとビシッと言った方がいいよ」


「そうかしら……あ。そういえば私ハルくんに怒っていたんだわ」


 そうだった。会長は「ふんっ」てそっぽを向いて怒っていたんだった。怒っていたのを忘れるって子供じゃないんだから。


「じゃあ改めて……ふんっ。もう鵜久森くんなんて知らないわ!」


 いや、改めて言われても。


「会長、僕も綾辻に同感ですよ。会長はダイエットなんかしなくてもお美しいです」


「なっ……き、急にそんなお世辞を言われても嬉しくないわ!」


「お世辞じゃないですよ。僕がそういう類いのおべっかを使わないのは会長が一番良く知っているでしょ」


「確かに鵜久森くんは昔から他人に気を使うことが全くできない子だったわ」


「いやまあ確かにそうなんですけど。もう少しオブラートに包んで言ってね。お願いだから」


「ということは……」


 会長は僕の話をちっとも聞かずに何やらぶつぶつ呟きはじめた。


「……美しいって言葉は女性に対する最高の褒め言葉よね。それをみんなの前で私に言ってきて、しかもお世辞じゃないって言ってる。これは……! そうだわ! そうに決まっているわ!」


 なんだなんだ。どうしたんだ一体。得意の暴走モードか?


「ハルきゅううううん♥ やっぱり私たちって相思相愛だったのね♪」


 会長は頬を赤く染め、両手で自分の顔を押さえてくねくねと悶え始めた。

 やっぱり出た会長の暴走モード。完全に周りが見えなくなっている。


「……会長。落ち着いて下さい。美人って言っただけではそうはなりません」


「最近あまり会ってないから不安だったけど、やっぱり私たちって両思いだったんだ♥ 私ったらお馬鹿さんだわ。もっとハルきゅんを信じてあげなきゃ♪」


「全然話聞いてねえなこの人! おーい会長! 戻ってきて下さい!」


「もうわたしもさすがに慣れてきたよ……」


 今までは会長が暴走する度に何かとぶーぶー言っていた綾辻だが、多少の暴走では動じなくなったらしい。人間の感覚の麻痺って怖いなホント。


「……俺がビビっていた生徒会長は裏ではこんなだったのかよ」


 ただ初めて見る有金にはかなりの衝撃の出来事だったようで、今もまだ眉間に皺を寄せながら会長を凝視している。

 いつもは品行方正な生徒会長だけど実体はこんな変態なんだ。ごめんな。僕が謝るのもおかしいけど。


 数秒後、会長は「はっ!」と自分で我に返り誤魔化すようにコホンとひとつ咳払いをした。


「し、仕方がないわね。許してあげるわ!」


 わーい。ありがとー。


「じゃあ時間もないんで有金に行きますか」


 僕はこれ以上会長に醜態を晒させるわけにもいかないので話を有金に移した。


「ああ。そうか俺も見せんのか。ここに置けばいいのか?」


 そもそもこいつのために趣味診断アプリを始めたんだ。僕たちは暇潰しで一緒にやっただけなのに随分時間をかけてしまったな。ごめん有金。


 有金は僕たち三人と同じように自分のスマホを画面が見えるように机に置いた。


 さて、本日のメインディッシュ。有金駆の趣味の登場だ。


『クソムシにぴったりの趣味は将棋だよ☆』


 ……ふむ。なるほど。クソムシね。


「エラー三回出ちゃってる!」

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