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鵜久森春は間に合わない③

「転校生……?」


「そう! 『あー、あの時勇気を出して名前くらい聞いておけば良かったなー』と後悔していた矢先、奇跡は起こる。きっとその子はうちのクラスに転校してくる転校生なんだ!」


 祐輔は拳を握りしめて目を輝かせた。


 確かにあの子がうちの制服で同級生とまでわかっている以上、残る可能性と言えば転校生くらいではある。


「でもそれはあまりにベタな展開過ぎないか?」


 路地でぶつかった子が実際は転校生で、黒板の前で自己紹介しようとした時にお互い目が合って「あー!あの時のー!」みたいな王道の流れ。アニメでは起きても現実には起きそうにない。


「いいじゃないかベタでも! 上手くいけば」


「祐輔はうちのクラスに来る前提で話しているけど、僕はそんなに偶然は重ならないと思うんだけどな」


 そりゃあの子がうちのクラスに転校生としてやってきたら僕だって嬉しいけど。でもさすがにそれでは話が出来すぎている。

 しかし祐輔は僕の話など一切聞かず、何やら自分の世界に入り込んでいた。


「思えば今までのハルは恋愛に対してあまりに奥手だった。ちょっと気になる女子が出来ても自分の煩悩を消すために山に籠ったり、滝に打たれたり、寝る前に乳首にカラシを塗ったり……」


「いやいや待て。してないわそんなこと。僕は一体どんなイメージなんだよ」


 特に三つ目。そんなんで煩悩は消えないから。修行舐めんな。僕の両乳首はシューマイか。


「まあでもこれでもう大丈夫だな!」


「……僕は来ないと思うけど」


「いいや、来るね。俺だって伊達にラブコメマスターと呼ばれてない。俺の勘を信じるんだ、ハル!」


 そこは恋愛マスターじゃないとダメだろ。ラブコメマスターではただのオタクだ。


「まあ期待せずに待っておくよ」


「あ、その顔は信じてないな? おそらくそろそろ長引いていた職員会議も終わって先生が入ってくるだろ。そしたらその後ろにちょこんと、今朝ハルが出会った可愛い女子高生が必ず……」


 と、その時、祐輔が話している最中にガラガラッと教室のドアが開いた。


「ほら来た!」


 僕とハルは即座にドアの方へと視線を向ける。

 祐輔の言う通り今朝の女の子は本当にいるのだろうか。普通に考えればいるはずはない。でも、もしいてくれたら……。


 まず入って来たのはスーツ姿が様になっている女性教師。うちのクラスの学級担任であり日本史の担当でもある清沢愛先生だ。

 二十代後半と学校の先生の中ではかなり若い方。鼻立ちが整っており、化粧っ気がないにもかかわらずかなりの美人で、男女問わず生徒からの人気も高い。


「おはよう。すまんな。朝の会議が少し長引いてしまって」


 先生はそう言いながら忙しそうに教室へと入って来た。そしてその後ろには……。

 無人。誰もいない。


「おい……先生一人だけじゃん。祐輔」


 やっぱり誰もいなかった。そりゃそうだ。朝ぶつかった子が転校生だなんてそんなアニメみたいな話、冷静に考えればあるはずない。

 ……でも本当はすっごい期待していたよおおおおおおおおお!祐輔の嘘つき!


「あ、あれ? おかしいな……」


 予想の外れたラブコメマスターは何度も入り口の方を確認しながら「俺の勘が外れるなんて」と独り言を言っている。

 もういい。お前を信じた僕が馬鹿だった。もう静かに座っていろ。



 その後、ホームルームが終わった後に、祐輔が「他のクラスの転校生かも! 行くぞハル!」と言うので五分休みに他のクラスをすべて回り確認した。しかし、どこのクラスにも転校生は来ていなかった。

 そんな甘くないよな。少しでも期待していた僕が甘かった。ホント僕ってスイーツ野郎。


 ただ期待をしていた分気持ちの落差も激しいもので、二時間目も三時間目も授業が全く手に付かず、内容も頭に入ってこなかった。

 今も四時間目の数学担当の村上先生が教室に入って来たが、僕は教科書を出す気すら起きず、机に突っ伏したままだ。


 あの子は今どこで何しているんだろう。


 転校生じゃないとしたら在校生ということになる。あの子も今どこかのクラスで授業を受けているのだろうか。

 何組なのかな……。朝は転校生が来たかどうかを聞いただけで在校生の確認はほとんどできなかった。昼休みにまた祐輔を連れて全クラス確認して来ようかな。

 でもそんなことをしたらストーカーみたいか。それにもし会えたとしても会いたいと思っていたのは僕の方だけで気持ち悪がられるかも……ああああああああああああ!!なんじゃあああこの気持ちはあああああああ!僕は一体どうしたらいいんじゃああああああああ!


「突然だかこのクラスに転校生が来たので紹介する」


 ……ん?今村上先生が何か言ったか?


 僕はガバッと体を起こし、教卓の方を向いた。


「すいません先生、今なんてえええええええええええええええええ!?」


 僕の視界に入って来たのは村上先生ではなかった。


 視界に入ってきた相手は僕と目が合うと、大きな目をさらに大きく見開き、


「ええええ!?あ、朝の寝癖の人!?」


 驚愕の表情でこちらを見ていたのは、朝出会った少女だった。


 来た。本当に転校生だった。

 いや、それにしても寝癖の人って。やっぱり目立っていたのか。


 現実にはラブコメみたいなことは起きないと思っていたが訂正しなくてはならない。

 現実は時にラブコメよりも奇なり。まさかの四時間目転校生である。

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