有金駆は落ち目の逆を行く⑤
有金駆が依頼に来て二日目の放課後。
現在一日の最後である六時間目の授業がちょうど終わったところで、僕と綾辻は机の上に鞄を置いて帰りの支度をしている。
今日の授業はテスト前であるためか演習の時間が多く、体育も無かったので一日教室の自分の席に座りっぱなしだった。うちの学校は椅子が固いからすっごいケツが痛い。座布団支給してホント。
「じゃ、行くか」
「うん♪」
僕と綾辻はいつもと同じように二人並んで教室を出て心から部の部室へと向かう。
さて今日から僕たちは有金の「ギャンブル依存から抜け出す」という依頼のサポートをしていくために、具体的な策を立てて行動に移していく。依頼を受けたはいいが、果たして上手くいくかどうか。
割と本人の気持ち一つなところが大きいからなあ。
「有金くんちゃんと来るかなあ」
「まあ大丈夫だとは思うけど」
有金本人が昨日あれだけやる気だったからばっくれることはないと無いと思うが……。
あ、でもあいつは依存症なんだから突然パチンコに行きたくなったりするかもしれない。しまったな。あいつのクラスに迎えに行って一緒に来るようにすればよかったか。
多少の不安を抱えながら部室の前に到着すると、僕の不安に反して有金はすでに来ており、ドアに寄りかかりながらスマホをいじっていた。
あーホントよかった。初日から頓挫するかと思った。
「有金。早いな」
僕が声を掛けると、有金は視線を上げてスマホをズボンのポケットにしまった。
「おう。迷惑をかけるが今日から放課後はよろしく頼む」
有金は真剣な表情で頭を下げた。んー。こいつはこうしている分には好青年なんだけどなあ。でも本性はギャンブル狂いで空気の読めないヘタレ野郎なんだよなあ。
「迷惑なんかじゃないよ! さ、部室に入ろー♪」
有金がちゃんとと来たことに綾辻も嬉しそうで、ルンルンの様子で部室の鍵をを開けて中へと入った。
「さてと、早速お茶お茶ー♪」
綾辻はいつも座っている席に鞄を置き、「ふっふーん」と鼻歌を歌いながら電気ケトルに冷蔵庫から出したミネラルウォーターをトクトクと注いだ。
僕と有金はお茶は綾辻に任せて自分の席に鞄を置き、腰を掛ける。
「さて、ここから何をするかが問題だな」
僕が誰に言うわけでもなくそう言うと、
「この機会にギャンブルに変わる新しいやりがいが見つけられればいいと思ってるんだが」
と、真面目な顔の有金。
「そうだな。うちの部室に来なくなった後にギャンブルを再開してしまったら元も子もないしな」
僕たちの部活は有金がギャンブル依存症から抜け出すための支援を行う。ただそれはあくまでサポートであって、最終的には有金が自分の力でこの負のスパイラルから脱け出さなくてはいけない。
そのためには有金が言う通り、「ギャンブル以上に夢中になれる何か」が必要なように思える。
「ちなみに有金くんって趣味って何かあるの?」
綾辻が窓際の少し離れたスペースでお茶の準備をしながら聞いた。
「あ、待って綾辻。詳しい話は会長が来てからにしよう。今日は放課後生徒会の仕事が無いからすぐ来るって」
「他にも部員がいんのか?」
「うん。二年生の八千草麗生徒会長だよ」
「なっ……会長!?」
「? どうかした?」
「あの生徒会長がこの部活に入ってんのか?」
「ん? そうだけど会長がいると何か不都合が……」
と、話していたところでちょうどガチャリと部室のドアが開き、
「お疲れ様」
話題に上がっていた張本人の生徒会長、八千草麗が入ってきた。漫画のようなナイスタイミングだ。うん。予定調和とか言うな。
今日も相変わらずの綺麗な黒髪に凛とした清楚な顔立ちで、会長の性格を表すように背筋がスッと伸びていて姿勢がいい。
「あ、会長。お疲れ様です」
「八千草先輩お疲れ様ー♪」
「鵜久森くん、綾辻さん。最近来れなくてごめんなさいね。でもやっと生徒会の仕事が一段落したからこれからはなるべく来るようにするわ。新しい依頼者も来たみたいだしね」
「全然気にしないで! 八千草先輩が来てくれるなら百人力だよー」
綾辻は三人分のお茶を乗せたお盆を持ち、僕と有金と自分の席に湯飲みを置いて行った。そして会長に「八千草先輩の分も今から入れるね♪」と付け足す。
「うふふ。ありがとう。で、そこにいるのが今回の依頼し……」
会長はスッと有金の方へと視線をやった。すると穏やかな視線が一転、急に眉間に皴が寄り、苦々しいものへと変わった。
「この男は……」
会長は嫌悪感丸出しの表情で有金を見つめている。その視線を有金も感じているようで、俯きながら苦笑いをした。
そう言えば会長は転校初日から綾辻のことを知っていたくらい生徒の情報には詳しい人だった。そうか。なら有金のこともすでに知っているか。これはきっと有金のギャンブル依存症のことも……。
「ほら、有金くん。生徒会長の八千草先輩だよ」
二人の様子をさほど不思議にも感じていない様子の綾辻は、有金に挨拶を促した。
「…………こ、こんにちは」
「久しぶりね、有金駆。まだうちの学校にいたとは驚きだわ」
会長はいつものハキハキとした口調だが、声色から少し苛立ちが混ざっているのがわかる。
「あれ? 八千草先輩は有金くんのこと知ってるの?」
「知っているに決まっているわ。至上最低の男よ」
会長は腕を組みながら強い口調でそう言った。
「最低って」
「最低は最低よ。そうね……。例えば鵜久森くんは友達の家でポテトチップスを食べて、油まみれの指をそのまま絨毯で拭くような人間をどう思うかしら」
「いや、そりゃ最低ですよ。出禁です。出禁」
「この男はその七倍は最低よ」
「そんなに!? 有金くんってそんなにひどい人だったの?」
驚愕の顔で会長と有金を交互に見る綾辻。いや、わかりにくいわ。よくそれでピンと来たなお前。
「ええ。この男は高校生の分際でパチンコ屋に通っていて、それなのにちょっと勉強ができるだけで退学になっていないクズ人間よ。いえ、クズ以下だわ。クズ以下の便座野郎よ」
酷い言われようだった。クズと便座で便座の方がランクが下なのはちょっとよくわからないが、会長が有金のことを好ましく思っていないことだけは十二分に伝わった。
そして先ほどからボッコボコに言われまくっている有金はというと下を向いてしょぼくれている。まあ全部事実だしなあ。反論の仕様がないよなあ。
「会長。そんなクズの有金ですけど、今回はどうしてもギャンブルを止めて立ち直りたいということなんです」
「この男がねえ。本気かしら」
「本気だよ! ね、有金くん」
「も、もちろんだ! この気持ちに嘘はない!」
「だから心から部としては是非協力してあげたいと思っているんですが」
会長は僕たちの言葉に「はぁー」とため息をつき、
「……私だって本気でこの男がギャンブルを止めて真っ当な学生生活を歩むつもりなら、協力することはやぶさかではないわ。でもどうも信用が出来ないのよね」
「どうして? 本人もこんなにやる気だよ?」
「綾辻さん。人間は口でならどんなことだって簡単に言えるのよ。この男は今まで私たち生徒会や学校側から散々ギャンブルを止めるように言われても全く止めることが出来なかったの。それがちょっと思い立ったからって急に止めれるとは思えないわ」
会長の言葉は反論の仕様のない正論だった。
正直に言って僕もそこは不安なところではある。確かに有金のやる気の程は言葉から伝わってきているが、あくまでも言葉での宣言だ。本人の行動が変わらなければ本人の習慣を変えることはできないし、人生を変えることもできない。
「うーんそうなのかなぁ……」
「会長のおっしゃる通りです。有金はどうしようもないダメ人間ですし、こんなやつの口頭での決意表明なんて何の役にも立ちません」
「は、ハルくん」
綾辻は不安そうな顔で僕を見た。僕まで会長の側に立ったら綾辻も依頼を受けた張本人として立つ瀬がないのだろう。
でも大丈夫だ綾辻。依頼は一度受けた以上僕だって全力を尽くす。それに会長だって今は不平不満を言っているが、本当は協力するつもりのはずだ。
会長は昔から何かをする時に不安があれば最初に言うタイプだったけど、最終的には文句一つ言わずにどんなことでもやり遂げていた記憶がある。
「だから僕たちはこいつが口だけで終わらずに行動まで変えられるようにサポートをしていきましょう。こいつはクズだけど馬鹿ではない。やり方を間違えなければきっと立ち直れるはずです」
僕の言葉に会長は少し考え込み、
「……でも、上手くできるかしら」
「有金次第なところもありますが、上手くいかなかった場合はこいつを退学にしてギャンブルなど存在しない離島に島流しにしましょう」
「そ、そうだよ八千草先輩!とりあえずやってみて無理ならポイだよ!」
僕の言葉に綾辻も妙なテンションで乗っかった。
綾辻さん。僕の島流しは軽口で言ったんだけどあなたの無理ならポイは本気じゃないよね? 大丈夫だよね?
「それもそうね。以前の彼とは状況が変わっているかもしれないし」
会長の顔から眉間の皺が消え、僕と綾辻に向かって柔らかい表情で微笑んだ。よかった。どうやらやる気になってくれたらしい。
そして会長は顔を有金の方に向け、
「有金駆。私は生徒会長として今まであなたがやってきたことを許すわけにはいかない。でも一人の学生として、心から部の部員として、全力であなたのサポートをしてあげるわ。覚悟しなさい」
と、ビシッと指をさして宣言した。
その言葉に有金は「今回は本気なんだ! よろしく頼む!」と頭を下げた。その様子を見ていた綾辻は「さっすが八千草先輩♪」と喜んだ。




