有金駆は落ち目の逆を行く③
「引き受けたはいいけど、どうやって有金を更生させようか」
引き受けた以上有金が更生できるように全力を尽くす義務が僕たちにはある。具体的な作戦を立てて、有金が完全にギャンブルを止められるように仕向けなくてはならない。
……のだが、僕たちにはギャンブルに関する知識が全くない。当たり前だがギャンブル依存性の知り合いなんて周りにいないし、ギャンブルそのもの自体もやったことがない。唯一やったことあるのはドラクエのカジノくらい。あのポーカーのダブルアップが面白いんだよなあ。
「ちなみに先生はギャンブルの経験は」
「無いな。そもそも私はギャンブルがあまり好きではない。あるとしたらドラクエのカジノくらいか」
まさかの同じ経験値だった。先生ドラクエやるんだ。ちょっと意外。
「愛ちゃんは若い時から真面目でしっかりしてたもんねー」
「おい穂香。若い時から真面目だって? 待て待て。それだと今の私がもう若くないみたいじゃないか。私はまだ全然若い時だろう」
「え? えっと……私からみると愛ちゃんはもう十分に大人なんだけどな」
「でも大人の中では若い方だろ? ほら私ってまだ二十代だし、親戚のおばさんたちにもまだまだ若いって言われるし、LINEのやりとりはスタンプを使うし、スプラトゥーン好きだし、ヤングジャンプだってまだ読んでいるし」
先生はペラペラと早口で捲し立てた。
親戚に若いと言われたエピソードを生徒の前で必死に話す女性教師。なんて悲しいんだろう。
なんか先生が彼氏がいない理由の一端が見えた気がする。あとスプラトゥーンとヤンジャンは関係ないだろ。
「まあでも確かに先生の容姿は大学生と言われても違和感無いですね」
僕は切羽詰まっている様子の先生を宥めるように言った。
実際に見た目は若いわけだし先生が年上に見られるのは仕事っぷりが素晴らしいからでもあるし。
すると先生は僕の言葉に涙目になり、
「鵜久森ィ……。お前いいやつだな……」
良かった。落ち着いてくれたようだ。でも先生、そんなことで生徒の前で泣かないでね?その涙は卒業式までとっておいてね?
「クックック……。見え透いたお世辞。とても正気の沙汰とは思えねえ」
やっと先生が落ち着いたかと思っていたところに何故か有金が挑発的にぶっこんできた。おいサイコパス野郎。空気を読めお前は。そんでお世辞じゃねえわ別に。
これには清沢先生も露骨に反応し、
「有金。お前は命が惜しくないようだな。穂香、職員室に木刀があるから持ってきてくれ」
涙目から一転、今度は歯を食いしばり有金を睨みつけている。さすが綾辻の親戚だ。喜怒哀楽の変化がめまぐるしい。
それより木刀ってやだこわい。一体何に使うのかしら。
「ひいいいいいいい!」
有金は情けない声を出した。そこまで怯えるなら挑発するようなことを言うなよ。
「愛ちゃん、生徒を撲殺しようとしちゃダメだよ」
「チッ……。こいつが生徒じゃなければ」
いや生徒じゃなくても撲殺しちゃダメだから。
それにしても話がどんどん逸れていくなあ。有金が更生するためのプランを考えているのに何でこいつは撲殺されそうになってるの。
このままではまずいな。なんとか話を戻さなくては。
「話を戻しますけど誰もギャンブルに関する知識を持ってない以上、どう対策を考えて行きましょうか」
「いるよー。ギャンブルに詳しい人」
「僕たちの知り合いで?」
「うん。ほら、有金くん」
あ、確かにそうか。当事者を抜かして考えてしまっていた。ここに三度の飯よりギャンブルが好きな男がいるんだった。
「有金。ギャンブルをやめるに当たって何か具体的な施策は思い当たるか?」
「そんなものがあったらとっくに実践してる」
有金は胸を張って自信満々の様子でそう言った。
まあそりゃあそうだよなあ。有金はそれを見つけるためにここに来ているわけだし。でもその自信満々な態度は腹が立つからやめてね。
すると綾辻が不思議そうな顔で、
「そもそも止めたいならそういうお店に行かなければいいだけじゃないの?」
おっしゃる通りです綾辻さん。でもそれで行かなくて済むのならこの世にギャンブル依存性なんて一人もいないわけで。
「自分の意志に反して行ってしまうからこんなに苦しんでいるんだろうなきっと」
「でもさあ、きっと世の中にはパチンコとかよりも楽しいことってたくさんあるよ? その中でなんでギャンブルが一番になっちゃうの?」
綾辻は思った疑問をそのまま有金に投げかけた。
「わからねえ。俺にもわからねえんだ。でもどんなに止めようと思っても、頭の中ではギャンブルがすべてのことの中で最優先事項になっちまう……」
有金はまた「ぐっ……!」とか「がっ……!」とか「畜生……!」と繰返し、頭を抱えた。
んー。今日一日のこいつの様子を見ているとやっぱり単なる本人の意志の弱さとかとは違う気がする。単純に精神的な病というかなんというか……。
「ギャンブルが最優先事項か。考えただけで頭がおかしくなりそうだな」
先生も腕を組みため息をついた。
「有金くん、かわいそう……」
綾辻も眉を八の字にして項垂れている有金を見つめる。
有金本人もギャンブルは止めたいと思っている。でも自分の意志に反して止めることが出来ない。そこから生まれてくる自分への嫌悪感は並大抵のものではないだろう。
そしてまた自己嫌悪を紛らわすためにギャンブルにのめり込んで、か……。絵に描いたような負のスパイラルだ。この最悪な悪循環から上手く有金を拾い上げるとこができればいいんだけど。
「あ! そうだ!」
突如声を上げたのは綾辻だった。何かを閃いた顔をしている。
「どうした? 綾辻」
「有金くんがギャンブルができないように先に予定を入れちゃうっていうのはどうかなぁ」
と綾辻。「へへー。いい考えでしょ?」と付け加えた。
「物理的にギャンブルができない状況を作ってしまうということか」
「そうそう。そうすれば嫌でもギャンブルをやめられるでしょ?」
確かに一理ある。僕たちが予定を組んでしまえば有金が自分に甘えて楽な方に流されることもない。
「いいかもしれないな」
と先生も頷く。
「ねえ有金くんはいつギャンブルをしているの?」
「……土日の昼は日ノ出町の場外馬券場で馬券を勝って、その後は大抵パチンコをしている」
お手本のようなクズの週末だった。目の前にいる爽やかで全国トップクラスの秀才がこんな週末を送っていると思うと何だかこっちが悲しくなる。
「それだけ?」
「いや……放課後に雀荘に行くこともある」
「それは週に何回くらい?」
「ほぼ毎日だ」
週末は競馬にパチンコ、平日は麻雀か。お前はクズ人間のトライアスロンにでも挑んでいるのか。
「残念ながら手遅れだ。手の施しようがない」
僕が哀れむ視線を有金に向けてそう言うと、
「ハルくん、そんなこと言っちゃだめだよぉ。一つずつ丁寧に解決していけばきっと良くなるよ!」
綾辻は爽やかな笑顔を向けて有金を励ました。
「良かったな有金。うちの部長が寛大で」
「……俺のために本当にすまねえと思っている」
有金は真剣な面持ちで僕たちに頭を下げた。ぶっ飛んだやつではあるが、僕たちの協力には一応感謝をしているらしい。
「気にしないで!うちの部活は困った人を助ける部活なんだから」
そう言って綾辻は胸を張った。
「穂香ァ……。お前は本当に立派になって……」
先生は綾辻の一連の言動に感極まったようでハンカチで目頭を押さえている。
「えへへ。そうかなぁ」
綾辻も先生の言葉に満更でも無さそうな様子で照れた。感情がそのまま表に出てしまうところが如何にも綾辻らしい。
「おい有金。お前は私の可愛い親戚の厚意を無にするんじゃないぞ」
先生はギラッとした鋭い視線で有金を睨んだ。
「も、もちろんだ先生!もし約束を破ったら焼けた鉄板の上で土下座でもなんでもする……!」
大丈夫かそんな約束をして。そんな気合いの入った誠意を見せられても僕らはただただドン引きなんだが。
しかし清沢先生は有金の発言が納得いかないようで、
「ふざけるな。そんなんじゃダメだ。現実味がない。第一そんなことをお前にさせたらこっちが犯罪者になってしまうだろ」
いや待て。犯罪者ってそもそも先生は先程木刀で人を撲殺しようとしていただろ。あれはカウントされないのか?
「じ、じゃあ俺はどうすれば……」
「お前がもし約束を破ったら……そうだな。パンツ一丁で熱々の鍋焼きうどんを持って暗闇の階段を上れ」
ほほう。ほぼ全裸で暗闇の中を熱々の鍋焼きうどんか……。
……。
「現実的にできる罰だけどどう考えても辛い!」
とても教育者の考える罰ではなかった。少しバランスを崩しただけで有金の皮膚はとんでもないことになる。
「お、俺がそんな拷問を……!?」
「何を言う。お前は焼けた鉄板の上で土下座しようとしていたんだぞ? 鍋焼きうどんくらい簡単なもんだろ」
とりあえず僕も有金を追い詰める先生に乗っかっておくか。
「確かに先生の言う通りだぞ有金。バランスを崩さなければいいわけだしな。ただ少しでも崩した瞬間に皮膚がずるんずるんになるけど」
「ひいいいいいいいいい!」
有金は腰を抜かして椅子から崩れ落ちた。とても自分から焼き土下座を提案した人間とは思えない。
「ふ、二人ともそんなのさすがに有金くんがかわいそうだよぉ」
「かわいそうなことがあるもんか。ギャンブルをしなければ何もしなくていいわけだから」
「あ、そっか。それもそうだね♪」
「ち、畜生……! こいつら全員鬼畜じゃねえか……!」
有金はすっかり怯えてしまったがこれも本人のためだ。もし有金が綾辻の厚意を無にするような反旗を翻す行為に及んだ場合は清沢先生発案の暗闇階段鍋焼きうどんの刑に決定した。
阿鼻叫喚のグロい罰になること受け合いだよ☆
……どうか有金がちゃんと約束を守りますように。




