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鵜久森春は間に合わない②

 教室に駆け込んだのはホームルーム開始のチャイムが鳴った直後だった。もう間に合わないと思っていたが少しでも早くと走った甲斐があり、いつも先生がいるはずの教卓にはまだ誰もいなかった。


「あれ、先生は?」


 僕は息を切らしながら前の席の大松祐輔(おおまつゆうすけ)に聞いた。


「まだ来てないぞ。よかったな」


 良かった。時間的には遅刻だが記録には残らない。学級委員としての面目はなんとか保たれた。


「ふぅー。危ないところだった。運に助けられた」


 僕は鞄を机の上に置き、自分の席に腰を掛けた。


「真面目で有名なハルが遅刻なんて珍しい」


「珍しいっていうか時間に遅れたのは人生で初めてだよ」


「マジかよ! それもそれですごいな」


 祐輔は大げさに驚いた素振りを見せる。


「朝は強いからいつも早め早めに行動してるんだけど、今日は全く起きれなくて」


「ほー。それでその寝癖か」


 ニヤニヤした祐輔の視線が僕の頭の方へと向いているのがわかった。チッ。誰も気付かないと思っていたが早速一人目にツッコまれてしまった。


「やっぱり目立つ?」


 直そうと寝癖が立っていたと思われる場所を手で触ってみるが、自分ではどうなっているかがわからない。


「まあ少し気になるくらいかな。ハルはいつもシャキッとしているから余計に」


「今トイレ行って直してこようかな」


「でももう先生来るぞ。それにそっちの方がちょっとアホっぽいし、いつもとのギャップもあって好感が持てる」


「アホっぽいのは嫌だ」


「いつものハルは固すぎるんだよ」


「でもアホっぽい学級委員なんて嫌だろ」


「んー。俺は少し隙があるくらいの方が良いと思うけど。あ、ギャップと言えばさ。その手のところのかわいい絆創膏はどうしたんだ?」


 祐輔は何から何まで目ざといヤツだった。

 僕が水色のくまさんの絆創膏をしていれば目立つのはわかっていたが、まさかクラスに入って数分で気が付くとは。


「これは……」


 どう答えればいいものか少し迷った。美少女とぶつかったと言えばそれまでであるが、何故か少し言うのが恥ずかしい。


「いや、ちょっと学校前の路地でぶつかって色々あって……」


 思わず出てきたのは「私は隠し事をしていますよ☆」と言わんばかりの言葉だった。これではもっと詳しく聞いてと言っているようなものだ。


「へー、路地で。誰と?」


 当然祐輔からは追撃の質問が入った。


「……人と」


 僕は何を馬鹿な返答をしているんだろうか。知能ゼロか。路地でクマや宇宙人とぶつかった話なんて聞いたことないわ。


「どんな人?」


「普通の大きさの……」


 一度泥沼に入ると中々抜け出せない。今の僕には正常な回答は出来なかった。


「ぷっ……くくっ……普通の大きさって! ははっ! ハルって頭の回転はいいのに隠し事だけはできないよな」


 さすがに十年来の付き合いの友人はお見通しだ。僕が隠し事をしていても二秒でバレてしまうのは小学校の時も今も一緒だ。

 僕は観念して正直に今朝あったことを包み隠さず話すことにした。


「……うちの高校の制服を着た女の子とぶつかったんだよ」


「マジで!? なんでそんな面白いことを最初から言わないんだよ!」


 祐輔は前のめりになって今にも椅子から転げ落ちそうな勢いだ。


「いや、なんかちょっと恥ずかしくてな」


「で、その子はどんな子だったんだ? 食パンくわえてた?」


 そうそう。食パンをくわえてツインテールで、「ちこく、ちこく、だいちこくー!」……って今時そんなベタな女子がいるか。いや昔もいたのかはわからないけど。そもそも食パンをくわえてたら喋れないし。


「パンはくわえてなかったけど、かなり可愛くて性格の良さそうな子だった。その子にぶつかった時にできた傷を手当てしてもらって」


「さいっっっこうの展開じゃないか! そんでしかもその子はうちの学校なんだろ!? これは文字通りハルにも春が来たな。おいみんな! ハルにもついに春が……」


 さらに前のめりになった祐輔はクラス全体に向けて大声で報告を始めようとした。男子の多くと女子数名が「何かあったのか?」と言う表情で僕たちの方に視線を向けている。


「やめろアホ祐輔! でかい声で言うんじゃない!」


 それと人の名前でセンスの無い駄洒落はやめろ。


「ちぇっ。なんだよ、めてたいことなのに」


 祐輔は席から席に座り直した。クラスメイトたちも「なんだ何でもないのか」と僕たちから視線を外す。


「めでたいって言ってもまだ何も起こってないだろ」


 ただぶつかって傷の手当てをしてもらっただけ。もしかしたらもう二度と会わないかもしれない。


「わかんないぞ? そんなラブコメみたいな展開、なんかちょっと運命的なものを感じるじゃん!」


「まあ確かにそれはちょっと思ったけど」


「で、その子の名前は?」


 冷静さを取り戻した祐輔だったが、質問の追撃は続くようだ。


「いや、聞いてないけど……」


「…………は?」


「いや、は?って言われても」


 あの女の子は傷の手当てをしてくれた直後、サバンナのダチョウのような激走でどこかへと消えてしまったため、何かを聞くのは不可能だった。

 当然祐輔はそんなこと知らないわけで、僕がビビって何もしなかったんだとお怒りの様子だ。


「何してんのこのチキン野郎。おい。一旦ちょっとそこに座れ」


 僕はもう席に座っているんだけど。


「そんだけラブコメみたいな劇的なことがあって、しかもその子のことを性格が良くて可愛いとまで思って、何一つ行動に移さなかったのか?」


「いや、ちょっとタイミングがだな……」


「言い訳は聞きたくない」


 言い返そうとしたが、ピシャリとそう言われると反撃のしようがない。


「……はい」


「全くお前は珍しく甘い話を持ってきたと思ったら、何も行動しないなんて……。一体どういうつもりだ」


 いや、どういうつもりも何もないんだが。まあ今の祐輔に口答えをしても無駄だろう。実際に僕も声を掛けなかったことを少し後悔しているし。


「返す言葉もございません」


「ただまあ過ぎたことは仕方がない。大丈夫だハル! うちの学校の生徒である以上探す方法なんていくらでもある」


 くどくどした説教口調から一転、今度は僕に何か案をくれるようだ。何その急なアメとムチ。


「確かに祐輔先生の仰有る通りです」


「まず学年は?」


「学年? いや、だからそう言うのを聞くタイミングがなくて……」


「リボンの色でわかるだろうこの蚊蜻蛉(かとんぼ)!」


 そうだ。うちの学校は制服のリボンの色が学年ごとに分かれているんだった。今の学年だとピンクが一年、紺が二年、緑が三年だ。


「あ、そうか! ……確かピンクだったな」


「おいハル。お前頼むぞマジで! ピンクだったら同じ学年じゃないか」


 祐輔の言う通り、冷静に考えれば同級生ということになる。ただ、僕はこの学校に来てからうちの学年であんなに可愛い子は見たことがない。


「いや、でもあんな可愛い子を一年校舎で見たたことは無いな」


 あそこまで可愛い子だったら誰かしらが話題にあげていそうだけど……。


「本当にピンクだった?」


「そこは見間違えてないと思う」


 今冷静に思い返してみても、あの子のリボンはピンク色だった。つまり僕たちと同じ学年。だけどどこでも見たことがない。


「ふむふむ、なるほど。だとしたら…………」


 祐輔は顎に手を当てて、考える仕草をした。そしてパッと閃いた顔をして、


「ハル、その子は転校生だ! 間違いない!」

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