江末ふみは馴染めない⑥
「下着姿で絶叫する会長と……おっぱい」
あまりにも衝撃的な光景だった。
そして更に驚いたのはその光景に見入ってしまった自分だ。
あの金縛りにあったような感覚と、何かにとりつかれたかのように全く動かすことのできない視線。
姉同然の会長にこんな感情を抱くのはおかしなことかもしれないが、正直に言って会長はとても綺麗でとても艶かしかった。
突如幼馴染みの成長を突き付けられ、僕の心臓は今もバクバクと強く拍動している。
ずっと見ないようにしてきた幼馴染みの女性らしさ。
と、
おっぱい。
凛とした顔立ちと発育の良い体のアンバランスさが、より一層会長の魅了を引き立てていた。
「そりゃファンクラブもできるよな……」
今までは見て見ぬふりをしてきた。だって会長は僕にとってはお姉ちゃんだから。
でも実の姉ではない。
だったらこの気持ちの高まりは至って普通のことなのか?
でも会長には婚約者がいて……。
ああああああああ!!わからん!何なんだこの気持ちは!たかが女子の着替えを見てしまったくらいで!僕は小五か!赤い実はじけたか!磯野カツオか!
気が気じゃない精神状態で部室に向かって歩いて行く。
すると今まさしく頭の中でいっぱいになっていた会長が階段を下りたところで待ち構えていた。
まさかこんなにノータイムで出くわすとは。正直心の準備ができていない。
会長も僕に気がつき、こちらに気まずそうな視線を向けた。
……これはまずこちらから謝罪をするべきだろうな。
「……会長。さっきはその……すいません」
「ななな何のことかしら?」
「え、何のことってさっきの生徒会室の」
「あーあ!着替えているところを見ちゃったことよね? べ、別にあれくらいは気にしないわ。だって昔は一緒にお風呂に入っていたくらいじゃない」
会長はいつもに比べると早口で、少し焦っているような感じだった。言葉とは裏腹に先程の出来事への動揺がうかがい知れる。
「それは確かにそうですけど……」
「ま、全くあれくらいのことでそんなに狼狽えるなんて鵜久森くんも意外と子供なのねっ!」
……僕は子供だから動揺しているのだろうか。
そうでは無い気がする。これが数年前であれば僕は今こんな気持ちになっていない。これはもっと何か別の……。
「いや、そうじゃなくてですね……」
「と、とにかく!お互い忘れることにしましょ? ね?」
会長は僕の言葉を遮り、捲し立てるように言った。
「会長がそれでいいのでしたらいいですけど……。あ、体調は大丈夫なんですか? かなり汗もかいていましたけど」
「平気よ平気!ほら、ピンピンしているわ! 私がインパルスの堤下並みに汗っかきなの知ってるでしょ? ってもう! 恥ずかしいこと言わせないでよ! ハッハー!」
いや「ハッハー」じゃなくて。ていうか年頃の女の子が自分をたとえるのにインパルスの堤下って。もっと何かあったろ。
「……なら良かったです」
「ち、ちなみに……一応聞いておきたいのだけど」
会長は自分の胸を支えるように腕を組んだ。
やめて。どうしても目が行っちゃうから。
「なんです?」
「その……鵜久森くんはどこまで見たのかしら」
「どこまでって何がですか?」
「さっきの生徒会室でのことに決まっているでしょ!」
キッと僕を睨むその顔は少し頬が紅潮している。
「……お互い忘れるんじゃなかったんですか」
「わ、忘れるわよ? もちろん忘れるのだけれど、その前に一応。ね?」
いや、ね?って言われてもな。まあ別にいいか。
「えっと……ドアを開けたら会長が着替えていて、それであまりの衝撃に固まってしまって」
「その後は?」
「僕に気がついた会長が絶叫ながら部室から出ていくのをただ見ていました」
「……それだけ?」
「はい」
「その間は? その……私が言ってたことを聞いてない?」
「会長が言っていたことですか? 僕に気が付いて絶叫していたのは聞いていましたけどそれ以外は……」
「ほんとに!?」
「はい。あまりの衝撃に固まってしまって、心ここにあらずだったので」
会長は地面に膝をつき、ぷるぷると震え始めた。
「か、会長?」
心配になり、僕が会長の顔を覗きこむと、
「っしゃあああああ! おらああああああ! 危なかったぜドちきしょおおおおおおお!」
会長は膝をついたまま握りしめた両手で何度も何度も激しくガッツポーズをした。
何か知らんが喜びを表現しているらしい。いつものハートマークいっぱいの暴走とは違ってオラオラ系だ。また新しいキャラが現れた。
「……急にどうしたんですか会長」
冷静に僕が聞くと会長はハッした様子で、
「どうもこうもないわよ? 鵜久森くんが私の着替えで固まっちゃうなんて驚いただけ」
と言い、立ち上がりながらスカートについたホコリをはたいてはらった。
「そりゃ固まりますよ。僕だって男ですし」
「そうなの……?」
だったら何だと思っていたんだ一体。
「ええ、まあ」
「じゃ、じゃあその、鵜久森くんにとって私も……そういう対象だったりするの……?」
「……そういう対象というのは」
「男の子はみんな女の子のエッチな姿を想像したりするんでしょ? 鵜久森くんも私のエッチなところが見たかったのかって聞いているの!」
会長は顔を真っ赤にしながら僕に迫った。
近いいいいいっていうか何を急に聞いてるのこの人!?何これ!新種の言葉責め!?
「ちょ……そ、そんな変なことストレートに聞かないでくださいよ!」
ま、まずは冷静になってもらわないと……!この人はとにかく暴走癖があるから落ち着かせることが先決だ。
しかし僕の言葉はむしろ火に油を注いだようで、
「変なことじゃない!私とハルくんにとって大切なことなの!ぜったいぜったい知りたいの!」
会長は顔を真っ赤にしたまま駄々っ子のように腕を上下にブンブン振った。
「何なんだその謎の熱意は! 会長ちょっと最近おかしいですよ!」
「おかしくなんかない!」
「いや、絶対におかしいですって! 冷静になってください」
「ちゃんと落ち着いてるもん! ハルくんのばか!」
「ばっ……そうやってららちゃんは昔からいつも僕が困るようなことばかり言って!」
「だってだって、それはハルくんが……!」
「すとーっぷ!」
僕と会長がお互い感情的になって大声で言い合っていたところに思わぬ声が挟まれた。
「どうしたの? 二人とも。部室にまで声聞こえてきたよ?」
そこには少しあきれたような顔でこちらに歩いてくる綾辻がいた。
「綾辻……。いや、ちょっと会長がだな」
「ち、違うわ! 鵜久森くんがおかしいのよ」
まだ言うかこのわからずやモンスターは。僕は絶対におかしくないだろ。これはどう考えても会長が……。
「……何があったのか知らないけど私たちは今ふみちゃんの依頼を受けているんだよ? 部員同士でもめてる場合じゃないよ」
「ぐっ……」
「うっ……」
綾辻さんからのまさかのど正論だった。さすがにこれには僕も会長も返す言葉がない。
「……確かにそうね。ごめんなさい。まずは江末さんのために力を合わせるべきね」
「綾辻の言う通りだな。すまん」
「うん♪それじゃあ二人とも部室に戻ろ? ふみちゃんが待ってるよ」
綾辻に促され、僕と会長は部室に向かった。
とりあえずさっきのやり取りはひとまず休戦だ。まずは江末のために全力を尽くそう。