江末ふみは馴染めない①
八月のとある月曜日。同好会を発足するために諸々の手続きを済ませた「心から部」はついに本日から始動することになった。
「さあーて! 今日が『心から部』始動の一日目だよっ!」
部室で拳を天井に向けて突き上げているのは、めでたく部長に就任した綾辻穂香さん。今日から部活(とはいってもまだ同好会だが)が始められるからか、いつもに増してテンションが高い。
よっぽど嬉しいんだろうな。中学の時は方向音痴のせいで部活なんて全く出来なかったって言っていたし。今朝からの様子を見ていても頭の中が部活一色になっているようだった。
まず今日の綾辻はいつもより一時間半も早く僕の家に迎えに来た。
「おはようハルくん! 朝練に行くよー!」
僕は寝間着姿のまま玄関で綾辻を迎えた。
「…………おはよう綾辻。すまん。後半が良く聞こえなかった。何だって?」
「朝練だよー! あ、さ、れ、ん!」
「そうか朝練か……」
「うん♪ 早く仕度して学校に行こー!」
「おやすみ」
僕が踵を返して自分の部屋に戻ろうとすると、
「えぇー! なんで? 早く行かないと朝練が始まっちゃうよ」
始まっちゃうも何もそこは部長であるお前のさじ加減だろ。
「……綾辻。お前朝練てどんなことをするのか知っているのか?」
「朝はあんまり時間が取れないから、ランニングとか素振りとか基礎的な練習?」
まあ運動部はそんなところだろうな。文化部には入ったことないから良く知らんけど。
「その通りだ。わかってるじゃないか」
「うん♪じゃあ早速私たちも学校に行って朝練を……」
「待て待て待て待て。どう考えても必要ないだろ」
「へ? どうして?」
「生徒の相談に乗るための部活が何でランニングや素振りをするんだよ」
僕らが結成した「心から部」のメインの活動は学校生活で悩みや不安を抱える生徒の相談に乗り、解決をすることである。どう考えても朝練は必要ない。
綾辻は寝間着の僕に「一時間半後にもう一度来い」と追い返され、不満そうな顔で家へと戻って行った。
その後、僕はきっかり一時間半後に再び迎えに来た綾辻といつものように登校した。
登校中も綾辻はずーっとニコニコニコニコニコニコニコニコ。文字に起こしたらゲシュタルト崩壊を引き起こすくらいずっとニコニコしていた。
「……随分嬉しそうだな」
「へへぇーっ♪ わかる?」
「ああ。顔に書いてある」
「ほんと? えへへへ。今日から部活、楽しみだね」
「そうだな。せっかく作った部活だもんな」
「うんっ!しかも人の役に立てる部活ができるなんて、すっごい嬉しいんだ」
綾辻は恥ずかしげもなくそんなことを言った。屈託のないその笑顔から、心の底から本気でそう思っていることがわかる。
当初は帰宅部を作ろうとしていた綾辻だったが、高校に入ったら「人のために何かがしたい!」とずっと思っていたらしく、在校生の悩みを解決する部活、「心から部」を創部した。結果として綾辻に一番合った部活になったんじゃないかなと僕は思っている。
「三人でいい部活にしていこうね、ハルくん」
「ああ。きっと綾辻が部長なら上手く行くよ」
「ふぇ? どうしてどうして?」
「さあ。なんとなくだな」
僕は「なんとなくじゃわかんないよぉ」と不満そうな綾辻をいなしつつ、綾辻の歩くペースに合わせてゆっくりと歩いて学校に向かった。
まあそんなこんなで綾辻は学校についてもハイテンションのまま過ごし、いよいよお待ちかねの放課後となったわけだ。
現在時刻は午後四時で部室には僕と綾辻、今日は生徒会の仕事がないということで会長も来ている。
「それにしてもこの得体の知れない同好会にこんなにちゃんとした部室まで与えられるとは」
僕が誰に言うわけでもなく呟くと、
「去年まで文芸部が使っていた部室が空いていたから使えるように手配したのよ」
と、八千草会長。ちなみに文芸部は部員が一人もいなくなり廃部したらしい。アーメン。
会長は今回の部活の申請書類の作成や顧問の先生の決定、部室の手配などをたったの三日間ですべてやってくれた。
まさに才色兼備。超絶仕事の出来るパーフェクトウーマンである。これで同時に生徒会長の仕事もこなしていたのだから恐れ入る。
ちなみに顧問になってくれたのは綾辻の親戚でもある清沢先生だ。偶然何部の顧問にもなっていなかったので、穂香のためと二つ返事で快諾してくれた。
「さっすが八千草先輩♪ 頼りになるね」
「あたりまえでしょ? 私は生徒会長よ」
会長はふふんっと自信有り気に胸を張った。
部室は長机が二つくっつけられており、両側にパイプ椅子が四脚ずつ並べられている。しばらく使われていなかったので埃っぽいが、それ以外は備品も比較的きれいで三人しかいない同好会には十分すぎるほどだ。
「綾辻。それで今日は何をするんだ?」
「メインの活動内容は学校生活で悩みや不安を抱える生徒の相談に乗ることって聞いたけど」
僕と会長が綾辻に視線を向けると、
「うん! 今日からじゃんじゃん色んな人の相談に乗って解決していくよー!」
と、こぶしを握り締めてやる気満々のご様子。しかし当然のことながら、出来立てほやほやの心から部の存在を全校生徒は知る由もない。
「待て綾辻。冷静に考えろ。僕たちはまだこの部活を作ったことを全校生徒に周知していないだろ」
「……あ」
口を開けたまま固まる綾辻。やる気は大いにあるのだが思考は追い付いていないらしい。
「……綾辻さん。気付いていなかったの?」
会長も呆れた表情で綾辻に聞く。
「えーっと……。あはは……」
握りしめられたこぶしはいつの間にか解かれ、綾辻は誤魔化すように自分の髪を触った。
「おい。頼むぞ部長」
「あ! じゃ、じゃあ今日は学校の人たちに『心から部』を知ってもらうために出来ることをみんなで考えよーう!」
気持ちの切り替えだけは人一倍速いようで、綾辻はやる気に満ち溢れた表情で再びこぶしを突き上げた。
ていうか綾辻さん。あなたハイテンションで乗り切ろうとしてない?
「ベタだけどポスターを作って校内の掲示スペースに掲示とかか」
「まずはそこからでしょうね。一度存在が知られれば口コミで広がっていくかもしれないし」
「ポスター! それいいねハルくん。三人でかわいいポスターたくさん作って、心から部のこと知ってもらおー」
僕はかわいいポスターは多分作れないけど、とりあえず初日にやることは決まった。まあ活動内容としては地味だが仕方ないな。まずは知ってもらわない限り、誰かが来るはずもないし……。
と、僕が思っていた矢先。コンコンと部室のドアをノックする音が聞こえた。
「……誰かしら」
「ああっ! もしかしてお客さんじゃない!?」
「いや、どうだろうな。さっきも言ったけどこの部の存在はまだ知られていないだろうし」
と言いながら僕は席を立ち、部室のドアを開けた。
するとそこには一人の少女がちょこんと立っていた。目の前に僕が現れても直立不動。少し恥ずかしそうな表情で目線を下げたまま何も言わずに突っ立っている。
……誰だ?この女の子。
制服こそ着てはいるがどう考えても高校生には見えない。中学生?いや、服装によっては小学生にも見えるだろう。
「あなた……一年C組の江末さん?」
会長は少女を見るとすぐに名前を口にした。その言葉に江末と呼ばれた少女は無言でこくりと頷く。
……この外見で高校生か。ていうかC組って隣のクラスじゃないか。
制服を着ていて一年C組と会長が言っているにもかかわらず、僕はまだ目の前にいるこの少女が高校生だということが信じられない。少女はそれほどまでに特徴的な容姿をしていた。
まず背は僕より頭一個半くらい低い。百四十センチそこそこくらいしかなさそうだ。顔立ちも幼さが残っており童顔。うちの中二の妹より年下じゃないかと疑いたくなる。
そして何より目を引くのがしっとりとした金髪のサイドテール。前髪の辺りが一部だけピョコンと跳ねているのが可愛らしさに拍車をかけている。
「……ここに来れば困った生徒を助けてくれると聞いた」
ボソボソとした抑揚のない口調で江末がそう言うと、
「おおおお客さんだぁぁーっ!」
ガタッと椅子から立ち上がった綾辻が、たたたたーッと部室のドアのところまでやって来た。
「さあさあ立ち話もなんですし、中へどーぞ♪」
江末は無表情で頷き、ちまちまとした歩幅で部室の中へと入って来た。
「さあさあ」とテンション高めな綾辻に促されて部室の中央にある長机の椅子に腰を掛ける。
僕と綾辻と会長の三人も別に事前に決めていたわけではないが、話しやすいようにと自然に江末の反対側に向かい合うようにして座った。
「えーっと……。まずお名前は?」
「……江末ふみ」
江末はどうやら人と話すのが苦手なようだ。目線もこちらには向けられずに伏し目がちで、恥ずかしいのか緊張しているのか少し落ち着かない様子だった。
「ふみちゃんね。わたしは一年B組でこの部活の部長をやっている綾辻穂香だよ。よろしくね! そしてこちらのお二人は部員の八千草先輩とハルくん」
「生徒会長の八千草麗よ。よろしくね。江末さん」
「一年B組の鵜久森春だ」
僕ら三人の自己紹介に対して、江末はぺこりとお辞儀をする。
「それでそれで! 今日はどうして心から部に?」
綾辻は乗り出すように江末に聞いた。
「……清沢先生に紹介してもらった」
「へぇー! 愛ちゃんが」
綾辻は「なるほどー」と納得した様子だ。
清沢先生か。通りで誰も知らないはずなのにお客さんが来るわけだ。先生も顧問として早速活動をしてくれていたらしい。
と、話しているところで再びコンコンコンと部室のドアが叩かれた。
今度は僕が席を立つ前にガチャッとドアが開き、まさに今話をしていた清沢先生が中に入って来た。
「すまん。江末は来ているか?」
「あ、先生。今ちょうど江末が清沢先生の紹介で来たって話をしていたところです」
江末は椅子に座ったままぺこりと頭を下げた。
「そうか。一人で来ていたか。良かった良かった」
先生は江末の隣に腰を掛けて、
「それで、もう相談の内容は聞いたのか?」
「いえ、まだです。これから聞こうとしていたところで」
僕がそう言うと、江末は急にスッと僕たちの方に視線を向けた。
そして先ほどの恥ずかしそうな表情から一転、何を考えているのか全く分からない無表情で僕たち三人のことを見回した。
「……もう伝えている」
「? 伝えているって何を?」
綾辻は不思議そうに首を傾げた。そりゃそうだ。江末はまだ自分の名前と清沢先生の紹介で来たことしか言っていない。
「……相談の内容。地球の言語は得意ではないから直接脳に電気信号を飛ばした」
……はい?
「悪い江末。それはどういうことだ?」
「……我の惑星ではテレパシーでコミュニケーションをとるのが普通」
われのほし?なにそれ。この近くにそんな地名あったかしら。それにしてもテレパシーでコミュニケーションをとるなんて個性的だね☆
「清沢先生。これは一体どういう……」
会長は非難というよりは困惑の視線を先生に向けた。
「ハッハー。いやーそれがな。こいつは自分のことを地球侵略に来た宇宙人だって言うんだ」
心から部の記念すべき一人目の依頼人は、なんと宇宙人だった。




