八千草麗は貫き通す②
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生徒会室を出た僕と綾辻は家に帰るために一年の昇降口へと向かっていた。
隣を歩く綾辻は心なしか大股で、ご機嫌斜めの様子だ。どうやらさっきの会長とのやり取りに腹を立てているらしい。
「全く何なの!? あの生徒会長!」
綾辻はぷんすか怒っていた顔を急に無表情に変え、会長の声色を真似して、
「ふんっ、残念ながら活動は認められないわ。だって! ………………ぐぬぬぬぬぬっ!ゆるせなーいっ!」
物真似をしたかと思うと今度はぶんぶんと上下に腕を振り出した。相変わらず喜怒哀楽の変化が目まぐるしい。
「許せないって言ってもな。実際に一人足りないと活動できないわけだし」
「でもっ! あの『どうせあなたには集められないわ』みたいな顔!」
「……してたか? そんな顔」
「ぜったいしてた! 私をバカにしてたもんっ! ちょっとおっぱいが大きいからって!」
それは関係ないだろ。……まあ確かに大きいけど。
「おい綾辻。会長はそんな悪い人じゃないぞ。昔からすごい優しい人で……」
「ふーん。ハルくんはああいうのがいいんだ」
「……は?」
「…………おっぱい生徒会長」
「は!? ちょっ……おまっ。ちげーし! そんなんじゃ……」
「ほらぁ! やっぱり動揺してる! ハルくんのえっち! すけべ! 巨乳ハンター!」
そうそう。我こそはこの世のすべての巨乳をハントするために生まれた唯一無二の狩人。今日もすべての巨乳をこのガンランスで……ってバカ野郎。
「確かに会長はスタイルも良くて美人だけど、僕にとっては姉みたいな存在でだな……」
「そんなの昔の話でしょ? 特にあのおっぱい会長は絶対にハルくんのこと狙ってるし! 私のことを図々しく間に入って来た邪魔者だってきっと思ってる!」
「いや、だから会長はそんな人じゃないって」
「もういい! 知らないっ! …………ハルくんのばか!」
綾辻はぷいっと反対方向を向いたかと思うと、ズンズンと大股で歩くスピードを速めた。どうやら僕を置いて行こうとしているらしい。
「待て! 綾辻! お前が一人で先に行くと……」
慌てて置いて行かれないようにスピードを合わせる。冷静さを欠いている綾辻に先に行かせるわけにはいかない。
「ふんっ!」
しかし綾辻は僕の言うことに耳を貸さず、速足で自分の思う方向に足を進めていった。その後も僕が何度か声をかけたが、その度に「ふんっ!」とか「ぷいっ!」とか言うだけで全く話を聞こうとしない。
……仕方がない。綾辻の気が済むまで歩かせるか。きっと何分か歩いたら自分の足では自宅に帰れないことに気が付くだろ。
そんなわけで歩き続けること三十分。
「……あ、あれ?」
足を止め、「どうしてこうなった?」という表情で首を傾げる綾辻。僕たちが三十分ひたすら歩き続けて着いた場所は、なんと先ほどまでいた生徒会室であった。
「………『あれ?』じゃないわ。なんで三十分校内を歩き回って生徒会室に戻ってきてるんだよ。うちの学校は迷宮か」
「家の方に向かってたはずなんだけどなぁ……」
嘘つけ。家に帰ろうとしているのに最初の階段を上る人間がどこにいる。お前んちは屋上にあるのか。美味しんぼの山岡さんか。
「とりあえず僕が連れて行くから家に帰ろう」
「……はぁい。ごめんなさい」
綾辻は肩を落としてシュンとしてしまった。一応反省はしているらしい。
綾辻は僕より少し後ろに下がり、ちょこんと服の袖をつまんだ。
何気なく振り返ると目が合い、綾辻は爽やかにニコッと微笑んだ。……もう機嫌直ってるのかよ。
僕と綾辻は生徒会室から真っ直ぐ一年の昇降口に向かい、そこから昨日と同じように歩いて家に帰る。
昇降口から出たあたりで綾辻がつまんでいた袖をクイクイと引っ張り、
「ねえねえハルくん。新しい部活の話だけどさ」
「ああ。あと一人なんとかしないとな」
何だかんだで僕も部活を作る方向へと気持ちが動いてしまっている。今日聞いたときは部活に入るなんて面倒くさいと思っていたのにな。知らぬ間に綾辻の術中にはまってしまっているということだろうか。
「たった一人くらいなんとかなるよね!」
「たった一人って言うけどな、結構厳しいぞ。うちの学校は兼部が出来ないし」
「ええ!? そうなの?」
「うちのクラスって放課後にほとんど誰も残らないだろ? それくらい学校全体の部活加入率が高いんだよ。だからまだ部活に入っていなくて暇なやつなんて中々いないだろうな」
「ゆーすけくんは?」
「あいつは剣道部」
「ふぇー。意外!」
「しかもあいつ、一年なのに団体戦のメンバーだぞ」
「ひぇー! すごいんだね! ただのチャラチャラしている人かと思っていたよ」
「まあ外見はチャラついているよな」
「ゆーすけくんはだめかぁ……。他にハルくんの知り合いで部活に入っていない人はいない?」
「んーそうだな……」
そう言われて考えてみる。
林はサッカー部だし、川端はバレー部だったっけ。畠山は柔道部で……やっぱり知り合いはみんな入っているな。元々僕は友達も多くないし部員を知り合いから探すのは難しそうだ。
「普段から話すようなヤツだと部活に入っていないヤツは一人もいな……」
と綾辻に伝えている途中で思い出した。
いるわ。一人だけ。ただ部活には入っていないけどあの人は他の仕事でメチャクチャ忙しいか……。
「どうしたの? ハルくん」
「いや、一人だけ部活に入っていない知り合いがいることを思い出したんだけど……」
「ええー! やったやったぁ! その人を誘ってみようよ!」
「でもその人はすごい忙しい人だし、多分入ってくれないと思うんだよな」
「そんなの聞いてみなきゃわからないじゃんっ!」
「いや、でもなあ……」
「いいじゃんいいじゃんっ! とりあえず誘ってみようよっ!」
「まあじゃあ声だけ掛けてみるか」
「やったぁーっ! さっすがハルくん! もう部員が見つかっちゃったね♪」
「いや待て。期待しない方がいいと思うぞ。僕の予想では八割方入らないと思うし」
「そんなに入る可能性が低いの? うちのクラスの人?」
「いや、先輩。二年生」
「え? ハルくんの先輩の知り合いってもしかして……」
「そう。生徒会長」
その名前を聞いた瞬間、綾辻は喜んでいた顔が急に絶望的なものへと変わり、「なぁんだ。おっぱい会長か……」と肩を落とした。
その呼び方やめてあげて。失礼だから。




