綾辻穂香は部活がしたい④
そしてその日の放課後。時刻で言うと四時を過ぎた頃。昨日と同様、六時間目の授業終了と共に蜘蛛の子を散らすように教室からすぐに人がいなくなった。部活なり習い事なりバイトなりと、忙しいのが学生の常だ。
そんなわけで残っているのは帰宅部の僕と綾辻の暇人二人だけ。
「さ、帰るか。綾辻」
当然今日も僕と綾辻は一緒に帰ることになっている。昨日の今日で急に一人で登下校が出来るようになるほど、綾辻の方向音痴は甘いものではない。
中学校の時は一人で学校に通えるようになるまで一年半かかったらしい。一人前になるまでどんだけかかるんだよ。ユーキャンのボールペン字講座か。
僕の呼びかけに対して、何故か綾辻から返事はなかった。
ん?どうした……?聞こえなかったのか?
綾辻の方を見ると、机の上の鞄に手を置いたままじっと何かを考えているようだった。僕は先程よりも少し大きな声でもう一度声をかけた。
「なあ。綾辻?」
今度は僕の呼びかけに綾辻はパッと顔を上げた。そし目をキラキラと輝かせ、とっておきの素敵なことを発表するように、
「ハルくんっ!わたし、部活を作ることにしたよ!」
……。
急にどうしたんだ一体。
「な、何急に」
「部活だよ部活!わたし、部活を作るの!」
「どんな部活?」
「みんなで家に帰る部活っ!」
自信満々に言っているがそれは部活ではない。単なる集団下校だ。
「つまり帰宅部ってことか?」
「そうそう!帰宅部が無いなら作っちゃえばいいんだよー。わたしってあったまいいー!」
と、胸を張る綾辻。その胸部の二つのふくらみを強調するような仕草に思わず目を逸らす。
「ハルくん?」
「ん? あ、何かしら?」
「何かしらって……ハルくん変な顔で固まってるんだもん」
「なんでもないんだ。気にするな。変な顔はひい祖父さんの代からずっとだから」
「……変なの」
「そ、それより部員はどうするんだ?」
「私とハルくんだよ」
待て。僕を勝手に入れるな。
「……僕?」
「うんっ♪」
「なんで僕が」
「えぇー!いいじゃん!入ってよ」
「そもそも帰宅部なんて部活、学校側が認めてくれるはずないだろ」
「え、無理かなぁ……?」
綾辻は一般的な常識が欠落しているのだろうか。そもそもただ帰るだけなら部活にする必要がない。
「活動目的が帰宅をするだけだったら確実に無理だな」
「じゃあ他の活動目的があれば平気?」
「平気かはわからないけど、あった方がまだ可能性はあるな」
「うぅーん……。じゃあちょっと考えてみるねっ!」
綾辻は「よーし」と言いながら自分の席に座り、鞄からノートと筆記用具を取り出した。どうやらこれから教室に残って新しく作る部活の活動目的を考えるらしい。
僕は帰っちゃ……ダメだよな。綾辻が四時間かけて家に帰ることになっちゃうし。
僕は仕方がなく、隣の自分の席に腰を掛け、頬杖をついて綾辻を待つことにした。
そんで三十分後。
「できたぁー!」
綾辻は元気よくノートを持ち上げた。部活の活動内容などをノートにまとめたらしい。そして「はい、ハルくん」と僕にノートを手渡した。
「どれどれ」
☆心から部☆
概要:心から行動してみんなを幸せにする部活!あとおうちに帰る!
部長 ハルくん
副部長 わたし
以上♥
「却下」
こいつは三十分間を何に使ったんだ一体。
「えぇー! なんでなんで!?」
「まずなんで僕が部長なんだよ」
「だってわたし部長なんて出来ないもん」
「綾辻がやりたいって言い出した部活だろ」
「ハルくんの方が絶対に向いてるよ! しっかりしてるし」
「とにかくまだ入るか決めてない人間を部長にするんじゃない」
「……はぁーい。じゃあここはとりあえず保留ね」
綾辻はノートに書かれた部長の文字の後に(仮)と付け加えた。
「次に部活の概要。ざっくりしすぎてて家に帰る以外何をするのかが全くわからん」
唯一わかっている活動内容が家に帰ることって。逆に学校から家に帰らないやつって存在するの? 宿直? 座敷わらし?
「だからみんなを幸せにするんだって!」
「具体的に何をするんだよ」
「うーんと、えーっと……道に迷っている人を助けたりとか?」
残念ながら校内で迷っている人がいるとしたら多分あなたです。よって必要なし。
「他には?」
「校内の治安をまもるためにパトロールしたりとか」
「……お前がパトロールに行ったら迷子になるだろ」
「むむむむ……。じゃあなんだろうなぁ……。ハルくん、何がいいと思う?」
「んーそこは綾辻のしたいことでいいんじゃないか?」
「わたしのしたいことかぁ……」
綾辻は上唇と鼻の間にシャーペンを挟み、腕を組みながら考え始めた。リアルでそれやる人初めて見たわ。
そして悩むこと五分。綾辻は真剣な表情で僕に話を始めた。
「わたしね。小学校の時も、中学校の時も、方向音痴のせいでいつも周りの人に迷惑をかけてきたんだ」
「ああ。昨日の昼休みにも言ってたよな」
「うん。いつも周りの人たちがわたしのことを助けてくれて……。でもわたしはその人たちになにもお返しができなかったなぁ」
綾辻は少し遠くの方を見るようにしてそう言った。
「周りの人に恵まれていたのは綾辻に人徳があったからだろ。その人たちもお前にお返しをして欲しくて助けたわけじゃないよ」
情けは人の為ならずとはよく言ったもので、僕の好きな言葉でもある。
「ねえハルくん。わたしがいままで人に助けてもらった分、誰か困っている人を助けるような部活を作れないかなあ」
「うん。綾辻らしくていいな。例えば?」
「学校生活で悩んでいる人の相談に乗ってあげたり、その悩みを解決するためにお手伝いをしたりするのはどう?」
なるほど、学生の悩みを解決するための部活か。
学校生活の悩みを相談する専門のカウンセラーがうちの学校には存在するが、確か月に二度しか来ない上にあまり存在も知られていない。
学内には多くの悩みを抱えた生徒が存在するだろうし、もし僕たちが部活として毎日活動を行えば、悩みのある生徒たちに需要があるかもしれない。
「んー。それは悪くないかもな。綾辻が相談相手なら人も来そうだし」
「ほんと!?」
「でも大変だと思うぞ? どんな悩みを相談されるかわからないし、解決できるかもわかない」
「大丈夫だよっ!」
「……すごい自信だな」
「私とハルくんが一緒にやればきっと大丈夫っ! それに人間は心から行動すれば、出来ないことなんて一つもないんだよ!」
「心から?」
「うんっ!全身全霊でぶち当たるんだよ!」
綾辻は爽やかな笑顔で拳を握りしめた。
「すごい根性論だな……。まあ綾辻らしいけど」
まさしく感即動の猪突猛進系女子。見ている分には清々しいけど危なっかしくもある。
「エヘヘ……。でしょ?」
別に褒めたわけではないんだが、本人は喜んでいるしまあいいか。
「じゃあ決まり!じゃあ早速このノートを愛ちゃんに見せに……」
「待て待て正気か。それで部活の申請が通るわけないだろ」
「そうなの?」
「たしか部活の申請は生徒会室に書類があったはずだ。どうせ僕たちは暇だしこれから取りに行こうか」
「さっすが部長!頼りになるね」
だから僕は部長はやらないって。まだ入るかどうかだって決めていないし。
まあきっとこのまま綾辻の猛プッシュに負けて入部することになるんだろうけど。
それはそれで楽しそうだし、まあいいか。




