綾辻穂香は部活がしたい③
「そういえば綾辻ちゃんってどこから転校してきたの?」
食事を終えた祐輔は紙パックのリンゴジュースをチューチュー飲みながら綾辻に聞いた。
「確か昨日ずっと女子校だったって言ってなかったっけ」
「そうなんです。小学校からずっと恵泉女子学院ってところに通ってました」
「えぇー! マジかよ! 恵泉女子学院って俺知ってるわ」
祐輔はオーバーに驚く素振りをみせた。
「え? 大松くん知ってるんですか!? なんでです?」
「うちの母ちゃんがそこ出身なんだよ。確かすっごい礼儀とかに厳しい学校だって聞いたけど」
「ふぇー、お母様が! そうなんですよ。かなり礼節を重んじる学校なので色々大変でしたよー」
「厳しい校則の女子校か。例えば?」
「身だしなみとかはもちろんですけど、挨拶とか言葉遣いもすごい厳しかったです。朝先生に『おはようございます』って言うと怒られちゃいますから」
「え……? 逆にそれって何て言えば正解なの?」
と、祐輔。確かに気になるな。僕の中学校とかだったら先生に会っても挨拶すらしないやつとかいたぞ。まあ一部のヤンキーだけど。
「『ごきげんよう』です」
「……すげえ肩こりそう」
なんか自分とは住む世界が違う人たちの挨拶な気がする。
「ですよね!私も正直あまり肌に合わなくて……。家に帰ると普通の言葉遣いに戻ってました」
そりゃそうだ。一般家庭の挨拶が「ごきげんよう」はだいぶ厳しい。
「もしかして綾辻ちゃんってだから俺らに敬語なの?」
「そうなんです。前の学校では学年に関わらず常に敬語を使うように言われていたので、家以外ではいつも敬語です」
そう言えば綾辻は僕以外の全クラスメイトにも敬語で話していた。
唯一親戚である清沢先生にはタメ口。なんかアンバランスな気がする。
「もう大して厳しくもない共学に転校してきたんだから敬語じゃなくてもいいんじゃないか?」
「そう……ですか? 上手く話せるかなぁ……」
「絶対そっちの方がいいって!それに大松くんだと固っ苦しいから祐輔でいいよ!」
祐輔は明るくフレンドリーにそう言い、ニカッと笑った。
「ゆ、ゆうすけくん。 よろしくねー?」
なんかまだたどたどしいな。何故か疑問形になっちゃってるし。
「僕もハルでいいよ。鵜久森なんて名字、先生しか呼ばないし」
「え、ホントですか!? やったぁーっ!」
なぜか綾辻は目を輝かせて立ち上がった。
「……本当も何も、みんなそう呼んでるし」
「エヘヘ……。それじゃあお言葉に甘えて。ハルくんハルくんハルくーん♪」
嬉しそうに僕の名前を連呼する綾辻。
……反則か。可愛すぎるだろ。天使か。そうか。天使が制服着て歩いてんのか。
「……ねえ綾辻ちゃん。俺とハルの時で違いすぎない?」
「え!? そうかなぁ……? そんなことないですよ?」
「もう一回俺を呼んでみて?」
「ゆ、ゆうすけくんこんにちは」
たどたどしい。ロボットかお前は。
「じゃあ次ハルを呼んでみて?」
「ねえねえハルくん♪」
「何?」
「エヘヘ。呼んでみただけ」
「全然ちげええええええッ! 綾辻ちゃん! わざと!? わざとなの? 銀座の高級寿司屋とカッペ寿司くらいの差あったよ!?」
「あ、あれ……? おかしいな。わたし、特に意識していないんだけど……」
綾辻はどうやら自覚症状が無いらしく、祐輔の言葉にあわてふためいている。
「……ハル。俺は心が折れそうだよ」
そう言う祐輔の目は涙目だった。
僕に言うな。綾辻に言え綾辻に。