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綾辻穂香は運命だと確信している

 これから夏も本番に突入していく七月初旬。

 うららかな夏の昼下がりである。

 僕は夏の日差しが差し込む窓側の自分の席で寝たふりをしていた。


 平和な平和な高校の昼休み。クラスのほぼ全員が昼食を食べ終わり、皆が思い思いの時間を過ごしている。

 サッカーボールを持って外に行くやつもいれば、友達とゲームの話で盛り上がっているやつもいる。窓際で一人静かに本を読むやつもいる。実に平和な夏の昼下がりだ。


 そんな中、何故僕は自分の席で寝たふりなんかをしているのか。


 理由は僕の席から少し離れたところで机を合わせて未だに昼食を食べている三人の女子グループだ。食事をしながら女子トークを繰り広げているためかいつまで経っても食べ終わらず、まだ机の上に弁当箱を広げている。


 別にクラスの女子が近くで話しながら食事をしているくらいどうってことは無いのだが、問題はその話している内容だった。


 話は二十分ほど前に遡る。


 まだ昼休みが始まってすぐの頃に隣の三人の女子トークが始まった。

 最初は誰々先輩がカッコいいとか取るに足らない内容の話を三人で楽しそうにしていたのだが、そのうち少し離れたところで同じように弁当を食べていた僕のことを巻き込み始めた。


「ねえねえハルくん。ハルくんは三年生の先輩で誰が一番かっこいいと思う?」


 わざわざこちらまで歩いてきて聞いてきたのは、僕が入っている部活の部長をしている綾辻穂香だ。

 絵に描いたような天真爛漫な性格で、いつも僕に人懐っこく「ねえねえハルくん」と、どうでもいい話を振ってくる。


「…………知らん」


 そんなクソどうでもいいことを男の僕に聞くんじゃない。


「えー!つまんない」


 綾辻穂香は頬を膨らませながら自分の席へと戻っていった。


「鵜久森くんは何て?」


「知らないだってー」


「えーでも絶対に早坂先輩だよー」


 三人でそんなことを言いながらキャッキャと盛り上がっている。楽しそうで何よりだけど、その生産性の無い女子トークに僕を巻き込まないでもらいたい。


 そしてそれから三分後。


「ねえねえハルくん」


 綾辻穂香はまた僕の席までやって来た。何としても女子トークの中に僕の意見を交えたいらしい。


「夏場の魚で一番美味しいのって何だと思う?」


 今度は少し興味のそそられる話題だった。カッコいい先輩の次に夏場の魚って。どんだけ雑食なんだこいつら。ニホンツキノワグマか。


「……………白鱚(シロギス)


「あー(キス)!お寿司で食べたことある!夏のお魚だったんだね」


 今度は嬉しそうに小走りで自分の席へと戻っていった。

 寿司もいいが、とりあえず天ぷらで食え。それか塩焼き。


「鵜久森くん何だって?」


白鱚(シロギス)だってー」


「結構渋いところできたわね」


「釣りをする人なのかも」


 そんなこんなでまたキャッキャウフフと楽しそうに話す三人。夏場の魚の話をしていたのは最初だけで、途中からは魚の中で何が一番イケメンかという謎の会話へとシフトチェンジしていった。そんなこと話してどうすんの。


 そしてまたまた三分後。


「ねえねえハルくん。今現役でやってるマスクのプロレスラーで……」


「ちょっと待て」


「え?」


 今度はすべてを言い終わる前に僕が口を挟んだ。これ以上この非生産的な会話に巻き込まれたくない。


「悪い。昨日あまり寝れなかったから僕は寝る」


「えー!冷たい!せっかく四人で楽しくお話ししてたのに!」


 どうやら会話を楽しんでいた女子三人のグループに僕もカウントされていたらしい。


 綾辻穂香は頬を膨らませて自分の席へと戻っていった。


「鵜久森くんは何て?」


「ハルくん寝るって」


「残念ね。貴重な男性の意見が聞けると思ったのに」


 プロレスラーの話で男の意見は別に貴重じゃない。ていうかお前らさっきから話に一貫性が無さすぎだろ。


 それ以降僕は三人の女子トークに巻き込まれないために大して眠くもないのに机に突っ伏し狸寝入りをし続け、今に至る。

 これで僕の平穏な昼休みは守られた。次の授業までの十数分間、夏の日差し差し込む暖かいこの席で日向ぼっこと行こうじゃないか。


 と、思っていた矢先。


「ねえねえ。鵜久森くんと穂香って付き合ってるんだよね」


 女子の一人が綾辻穂香にとんでもないことを聞き始めた。


 おいいいいいいい!急に何を話し出すんだお前らは。僕は寝てないぞ。寝たふりだぞこれ。全部聞こえているんだぞ。


 話が始まってしまった以上「寝たふりでした☆」と起き上がるわけにもいかないので、仕方がなく僕はそのまま会話を聞くことにした。

 

「私とハルくん? 付き合ってないよ」


「え、あれで!?」


「そんな、あれでって言われても……」


「綾辻さんは鵜久森くんのこと好きじゃないのかしら?」


「好きだよ。世界で一番」


 綾辻穂香は当たり前のことを聞くなと言わんばかりの平然とした口調だ。


「じゃあ今はまだ片思いってこと?」


「やだなー、そんなことないよ。ハルくんも私のこと大好きだよー」


「そ、そう……。でも付き合ってないのよね?」


 全く迷いのない綾辻穂香の発言に、周りの友達の声色が少しずつ困惑したものへと変わっていく。


「うん。まだ付き合ってないよ」


「なんで? お互い好きなら付き合っちゃえばいいのに」


「えーいいよーそんなの」


「何故? 好きなら付き合いたいと考えるものだと思うけど」


「うーん……。だって私とハルくんは運命の相手だもん」


「運命の……」


「相手……?」


「付き合うとか形式的なことなんかしなくても、いずれ結婚するから」


「う、鵜久森くんもそう思ってるの!?」


「うーん……。そこまではどうだろ。あ、聞いてみよっか!」


 え…………。この話僕に振られるの?


「え、あ、いやその……。今は鵜久森くん寝ているし……」


 友達の片方がさすがに綾辻穂香を止めようとしている。

 ナイス!そうだ、僕は寝ている!やめさせろ!そんな恥ずかしいことに答えられるか!


「寝てる? ハルくんが?」


 そう言った後、小走りで誰かがこちらに近づいてくる音がした。

 ぐっ……。あいつこっちに近づいてきたな。僕が寝ているかどうかを確かめるつもりかもしれない。

 ここはなんとしても寝たふりを通さなくては。つねられても引っ掻かれても、とにかく寝たふりだ。


「えい!こちょこちょこちょーッ!」


「だはははははははっ!!やめろ、やめろ穂香……っ!ぎ、ギブアップ!」


 振り返ると綾辻穂香は「やっぱり起きてたー」と言わんばかりの表情でニンマリ微笑んでいた。

 どうやら狸寝入りは最初からバレていたらしい。


「おはようっ!ハルくんっ!」


「お、おう……」


「ねえねえハルくん!私とハルくんって…………」



 何故、綾辻穂香は僕のことを運命の相手だと確信しているのか。


 それを説明するためには、去年から僕の周りに起こり始めた奇々怪々な現象について話をしなければならない。


 最初は確か、綾辻穂香と初めて出会った今からちょうど一年前。七月の初めだったはずだ。

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