表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

1-3.『非日常の日常』

『村田犯罪科学研究所』

そう呼ばれる、近未来的な外見をした巨大な施設。

その3階にある会議室D-3Bに、彼の姿はあった。

ブラックコーヒーのカップを片手に、憂いの篭った目で窓の外を見つめる、30代後半くらいの男。

端整な顔立ちをした彼は、スーツ姿がよく似合っていた。

ネクタイは紺色に輝き、そのピンには黒いヒョウの飾りが付いている。


そこまで広くはないその会議室には、ロの字型にテーブルが置かれ、最大12人が囲めるように椅子が配置されていた。

東側の壁は全面ガラス張りで、午前10時を回った今でも、眩しい陽の光が室内を満たしている。

彼はそこで、独りで静かに座っていた。

仕事中とは思えない、ゆったりとした時間が流れる。

そんな中、不意に微かな足音が耳に届いた。

それは段々と近くなり、この部屋の前で止まる。

そして次の瞬間、ピッという電子音と共に、会議室の自動ドアがスライドした。


「お疲れさま、総一」


そう声をかけて入ってきたのは、白衣を羽織った30代前半くらいの女性だった。

少し長めの茶髪をアップで纏めた彼女は、ホチキスで留められた十数枚のレポートを持っている。


「昨晩の報告、上がってきたわよ」


彼女は流れるような動きで、総一のすぐ隣に腰掛けた。

椅子をクルリと回し、彼の方に体を向ける。

総一はコーヒーカップを置くと、微笑みながらレポートを受け取った。


「ありがとう。けど、なんで手渡しなんだ? メールで送ってくれた方が、手早く済むのに」


「別にいいじゃない。なんかそういう気分だったの」


彼女はそう言いながら、心の中で叫んだ。


一緒に居たいからよ! 気づいてよ!!

分かるわけないじゃない。もし本当に分かるんだったら、とっくのとうにフラれてるから。

ちょっ、なんでフラれる前提なの!?

ていうか、そんなに分かってほしいなら、本人に直接言えばいいのに。

無理だって! 恥ずかしいじゃない!!

残念だったわね、意気地なしさん。


勝手な自問自答で、彼女は少し傷ついた。

しかし目の前の彼は、お構いなしにレポートを読み進めている。

自分には、特に興味がないようだ。

彼女は小さく溜息を吐いた。

それから、一度咳払いし、再び口を開く。


「そこに書いてある通り、今回の装着者は『海堂 玲(かいどう れい)』、25歳男性フリーター。『フェンリル』を用いてコンビニ強盗を働いたけど、知っての通り、あなたと『クロヒョウ』に昨晩逮捕された」


彼女はレポートの内容を、かいつまんで説明した。

それを聞いた総一が、書類から目を上げる。


「……フェンリル?」


「昨日、アイツが使ってた『アーマー』の名前。見た目が狼っぽかったから、そう名付けたの」


「普通に『オオカミ』とか『ウルフ』とかで良かったんじゃないか?」


彼は眉をひそめた。

しかし、そんな彼に、彼女はさらりと言う。


「けどフェンリルの方が、カッコいいでしょ?」


「……そうか」


首を傾げつつも、総一は頷いた。

いつもそうだ。

彼女は『分かりやすさ』や『実用性』よりも、『カッコよさ』を優先するタイプの人間だった。

そしてその『カッコよさ』が、彼にはイマイチ理解できないのである。


「それにしても、せっかくアーマーを手に入れたのに、やったことと言えばコンビニ強盗か」


「あら、そんな小さいホシじゃご不満?」


彼の呟きに、彼女はからかうように笑った。


「いや、被害が小さいに越したことはない。が……普通こんな力を手に入れたら、もっと何かあるだろう? なんでこんなことに……」


「他に思いつかなかったんじゃないかしら? 宝くじで一等が当たっても、すぐには有用な使い方なんて思い浮かばないものでしょ?」


「さぁ? 宝くじは買ったことがないから、分からないな」


冗談めかして、総一は小さく笑う。

彼女も釣られるように、穏やかな微笑みを浮かべた。

少なくとも、顔には。


ほわぁ〜…… 今の、なんか夫婦っぽくない!? ぽくない!?

ぽくない。自意識過剰。

ねぇ見た!? 今の総一の笑顔! 見た!?

まぁ、確かにいい表情だった。

でしょ〜!!

うぜぇ……


目の前で、同僚が自分の表情ひとつに一喜一憂していることを、総一は知らない。


「まぁ、ありがとう。レポート、確かに受け取った」


そう言って、彼は書類を置き、彼女を見る。

しかし、彼女も彼を見つめたまま、動こうとしない。


「……どうした? 研究室に戻らないのか?」


「そんな追い出すようなこと言わなくてもいいじゃない」


「いや、そういう意図で言ったわけでは……」


慌てて弁解しようとする総一。

それを見て、彼女は悪戯っぽく笑った。


「分かってる。けど、もう少しここにいてもいいでしょ?」


「あぁ、もちろんだ」


そこで会話は途切れ、静寂が戻る。

総一は、残っている仕事を整理しながら、コーヒーを啜っていた。

彼女もまた、表面上ではそんな風を装っている。

しかし、その心の中は、全く穏やかではなかった。


どうしよどうしよ!? なんか話しかけた方がいいのかな!?

ウザがられるだけ。やめときなさい。

やっぱりそうかな…… けど、無言でもいい! 幸せ〜……

うわキモ。こんなのが自分とか嫌すぎ……

やばいニヤけそう! 顔に出しちゃダメ、顔に出しちゃ……あぁ〜我慢できないかも!!

我慢しなさい。その気持ち悪い面、表に出したら公害レベル。

あっ、そうだ!! ちょうど、近くに新しいイタリアンがオープンしたんだった! この機会にデ、デートに……!


そのときだった。

彼女の思考を遮るように、総一のスマートフォンが鳴る。


「すまない」


一言謝り、彼は黒いそれをテーブルの上に出した。

ディスプレイには『クロヒョウ』と表示されている。

それを見て、総一は笑顔を浮かべた。

同時に、慣れた手つきで、通話ボタンをタップする。


「どうした、クロヒョウ?」


《メンテナンスとリペアが完了したわ。確認しに来なさい》


スピーカーから流れてきたのは、電子的なエコーのかかった少女のような声。

昨晩現れた黒い鎧のそれと、全く同じものだ。


「分かった、すぐに行く」


総一がそう答えると、通話は勝手に終了した。

彼はスマートフォンを仕舞うと、残っていたコーヒーを飲み切る。

そしてレポートを小脇に抱え、席を立った。


「それじゃあ、ちょっと行ってくる」


「えっ、あっ…………えぇ、いってらっしゃい」


開きかけた口をパクパクさせ、喉まで出かかっていた言葉を何とか飲み込む。

彼女は引きつった笑顔を浮かべ、会議室を去る総一の背を見送った。


あぁああ!! なんてタイミングで、もう!

今回ばかりは同情する。

もう許さない! クロヒョウのOSにウィルス仕込んでやる〜!!

それ開発者特権の乱用。やめなさい。

だってだってだって〜!

はいはい。もう総一もいないんだし、さっさと仕事に戻るわよ。


悔しさと恥ずかしさで顔を赤くし、小さく地団駄を踏む。

彼との距離は、まだまだ縮まりそうにない。

お読みいただき、ありがとうございました。

少しでも気に入っていただけていれば幸いです。


よろしければ、評価や感想など、お願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ