太陽の子ども
リコさんが死んだと聞かされたのは、陽炎に景色が歪む昼下がりのことだった。
周囲の反応と言えば、よくお菓子をくれる顔見知りのおじさんが死んだ程度のものか、泣くことも忘れるほど茫然自失となっているかの両極端だ。もちろん僕は後者で、そうでない人が薄情なわけではなく、リコさんがここ『たいよう園』を出てから何年も経っていたし在園当時の彼女を知らない子も多かったからだ。
僕の心情を言い表すなら沈んだ太陽が二度と昇ってこないような気持ち。
リコさんが卒園して始めの数年、毎年開催される夏祭りの日に遊びにきてくれていた。両手いっぱいの花火を土産にくれるから、下級生は特に喜んだ。そんな彼らにとっては夏に来るお姉ちゃんがいなくなっただけのことで、リコさんが存在しないことより花火の数が減ってしまったことの方が悲しいはずだ。
訳あって児童養護施設で暮らす僕らにとって、この夏祭りは数少ない楽しみのひとつだったから。
リコさんが夏祭りに顔を出さなくなったのは二年前だからだ。それまでだって来る約束があったわけじゃない。ちょっと近くに来たからついでに寄ってみたような気軽さだったから、その日はたまたま忙しかっただけだろうと思っていた。
それと時を同じくして、どこかから匿名の寄付があることを園長に聞かされていたのも理由のひとつだ。匿名とは言っても振込名義人は『R』となっていたから、みんなはタイガーマスクさんではなくRさんと呼んでいた。毎月決まった日に振り込まれる一万円は、総額にすればかなりの額になる。これだけのお金を稼ぐにはどれほどの苦労を要するか、まだ園にいた僕は知らなかった。
寄付が五回を数える頃、上級生たちの間でRさんの正体はリコさんだという結論に達していた。Rはリコのイニシャルに違いない、ハンドルネームでもそれをよく使っていたから。先生たちに聞いても「そうだといいね」と言っていたから少なくとも僕は確信した。次の夏祭りでお礼しようと、祭りの数日前から拙い手紙をしたためていたのだ。Rの正体を明かして皆を驚かす計画なのだろうが、こちらから逆ドッキリを仕掛けてあげよう。
しかし次の夏祭りにも彼女は来なかった。変わらず寄付は続いていて、僕はそこでようやく思い出した。彼女は看護士を目指していて、ここを卒園してから専門学校に通い始めたことを。目標通りなら去年の春から白衣の天使になっているはずで、きっと新しい仕事が忙しくなったのだろう。
便りがないのは良い便りという言葉がある。便りはなくてもリコさんの痕跡を、その毎月の寄付で感じることができていた。
「お金があったら好きな物を買えるのに」
これがリコさんの口癖だった。誤解しないで欲しいのは決して贅沢しようという要求ではないのだ。他は全部お下がりでも我慢できるけど、靴だけは好きな物を選びたい。そんな程度の些細なわがままだった。
それでもこの園は比較的恵まれている方だと思う。色んな人が寄付してくれたりして、新品の洋服だってあるしクリスマスには全員にお菓子や流行りのキャラクターをあしらった文房具が配られた。リコさんみたいにお土産を持ってくる卒園生もいた。でもひとつ不満を述べるなら自分で選べる機会は少ない。
ある時、大量の衣類を寄付してもらったことがあったけれども、全員平等に分けようとしたらサイズなどの関係で男の子の服をあてがわれた女の子がいた。もちろんその逆もあって、でもくれた人の顔が浮かぶから文句も言えないし交換もできない。下級生は一週間もすればチグハグの衣類すらもごっこ遊びの小道具に昇華してみせる柔軟さがあったが、上級生たちほど「あれがお金だったら好きな服を買ってもらえたかもしれないのに」と考えてしまうのだ。お洒落な店の服でなくてもいい、量販店で値引き札が貼られているものだって構わないから自分で好きな服を選びたい。
リコさんもそのひとりで、卒園の間際には「看護士になったらたくさん働くから楽しみにしていてね」と言い残し巣立って行った。
これだけあれば好きな洋服を選び放題で買えるでしょ。得意気な顔で振り込みをするリコさんの顔が目に浮かぶようだ。
† † †
まだ僕が幼い頃、一年半ほど前に卒園したお姉さんが遊びにきた。こうして卒園生が遊びにきて他愛のない話をしてまた帰っていくのは特別珍しいことではない。
しかしその日はなんだかいつもと違っていて、リコさんともうひとり居合わせた高校生のお姉さんの顔は浮かなかった。どうしたのと訊ねてみてもふたりは曖昧に笑うばかりだ。
その夜、試験前の中高生が学習部屋に集っていた。音読の宿題があるから誰かに聞いてもらいたかったけれどもみんな忙しそうで切り出せない。当然リコさんの姿もあったが、なんだか所在なさげだ。読んだことに変わりないはずと考え直し、誰もいない壁に向かって囁くボリュームで『スイミー』を読んでいた。
「卒園したら私たち、どうなるんだろう」
カリカリと鉛筆が滑る音に紛れて聞こえてきた呟きに僕の気持ちはさらわれた。
まだまだ僕自身の卒園は先だけど、もう高校生のリコさんたちにとっては喫緊の課題だ。ここにいる子たちの多くは、一緒に暮らせない事情はあれど一応保護者の存在がある。
でも僕やリコさんのように、本当に誰も身寄りがいない子だって少なからずいるのだ。昼間にきたお姉さんもまたそうだった。
彼女らの言い表せぬ不安を無意識に重ねてしまう僕。振り返ると偶然なのか、リコさんと目が合う。「音読の邪魔してごめんね、ヒロト」とリコさんが笑い、聞いている人がいたことに嬉しさを覚えた。そのまま再開するのも不自然な気がして、当たり障りない質問を投げかけた。
「リコさんは、卒園したらどうするの?」
「看護士の学校に行きたいんだよね。奨学金で行ける学校を見つけたの」
「しょうがくきん?」
「勉強するお金を借りれるのよ」
「ふーん」
手に職をつけたいと考える子は多くて、リコさんの考えもまた堅実なものだ。持っている人よりハードルは高いけれど、進学くらいは突破不可能な壁ではなかった。
「……お金があったら、好きな物を買えるのにな。だから絶対に看護士になりたい。目標がひとつできちゃったから。昼間のサエちゃん、年明けの成人式のことで愚痴りに来たんだよ」
「成人式がどうしたの?」
「着る振袖がないの。借りるだけでもすごく高いし、まあ、そもそも私たちに無理よねって」
「そんなに高いの?」
「マジでビビるよ。保護者がいないとローンも組めないから絶対無理。振袖にも奨学金があったらいいのに。だから私が作ろうって思うの」
それからというもの、ことあるごとにリコさんは目標の話をしていた。
ランドセルは必要だから誰かが寄付をしてくれたりするし、新入生全員の新品を手に入れられるアテがある。中学生もまた同様で、今時は高校生活に必要なものもなんとか工面するアテがある。ここは高校生までが暮らすことのできる家だから。
しかし卒園後のことはどうだ。その先の進学を望めば、当たり前のように自力で稼ぐか奨学金に頼ることになる。勉強と自活できるだけの糧を得るのはとても苦労することで、そもそも進学を諦めることの方が多いくらいなのだ。そんな状況で振袖のような贅沢品を望めばどうなるだろう。自分で用意できないなら我慢しろ、そう言われるのは火を見るより明らかで、大人の前でそれを口にするお姉さんを少なくとも僕は見たことがない。だから子どもの間でだけでも思いを発散をするのだ。
「早く働いて稼いで、ちょっとずつ貯金するんだ。今のおチビちゃんが成人式を迎える頃には間に合うかも。そのお金で好きな振袖を借りてもらうの。そしてまた次のおチビちゃんのために頑張ってお金返してもらえばいいんだから」
私たちが私たちの力で仕組みを作るんだから自由なのだ。なぜ一時の振袖にこだわるのか分からなかったけれども、その話をする時のリコさんはとても輝いて見えた。
中にはそんな絵空事と冷めたことをいう子もいたけれど、僕だけは分からないなりにもその目標を応援し続けた。
「ヒロトだけはいつも味方してくれるね」
「なんかリコさん、カッコいいって思うから」
「どうもありがとうね」
リコさんを含め何人かの卒園していくお姉さんたちを見送り、女の子にとっての振袖は僕ら男が考えるよりはるかに重要なものだと理解する頃、僕は中学生になっていた。
高校を卒業することは、この居心地よいたいよう園を去ることでもある。それからは自立をしなければならない。僕のような境遇で高校に行く選択肢が残されているだけマシなもので、そのチャンスを無駄になんかできない。かつて学習部屋に集っていたお兄さんらのように死に物狂いで勉強に没頭した。その頃には夏祭りに来なくなったリコさんとは久しく会っていない。
† † †
リコさんの目標は、毎日少しずつ節約をしたであろう努力の結晶という形でたいよう園に送られてきていた。
――我ら太陽の子ども也。
節目あるごとに歌われる僕たちの園歌。
僕たちは太陽の子どもなのだ。日の光は遍く平等に降り注ぐ。平等な光を浴びて僕たちは育っていく。
平等なんてキレイゴトだってそろそろ気付いていたけれど、それでも僕たちは育っていくしかない。けれども光だったら何でも良いわけじゃない、自分を象る光がないと僕たちは大人になりきれない。
リコさんの頑張りは、底辺なりに押し付けられた平等をはねのける自己主張だと僕は感じていた。服なら何でも良いわけじゃない。自分の服を着て初めて自分になれるから。贅沢な悩みとそしる輩がいたとしても知るものか。それは僕らが自分の手で掴み取る自由なのだ。
「またRさんから寄付が来たってさ」
「会ってみたいなあ」
下級生が話している様子を僕は机に向かいながら聞いていた。あの日、僕の音読を聞いてくれたリコさんはこんな感じだったのかも。そんな想像をするだけでも心は昂ぶって、僕も大人になったら必ず同じことをしてみせようと決意を新たにしたのだった。
だからこそ突然の訃報は僕の心にあまりにも大きな穴を開けた。
リコさんが夏祭りに来なくなったのは仕事が忙しくなったからではなく、どこか辺鄙なところに遺棄され雨曝しになっていたから。Rさんはリコさんではなかったのだ。
交通事故ですら滅多に遭うものでもないのに、よりにもよって誰かに殺されてしまうなんてどこまで神様はイジワルなのだろう。人類が平等なら今までたくさん我慢をしてきたリコさんは、もっともっと幸せになるべき人だった。
血眼になって探してみても新聞の地方欄にすら載らなかったその事件について、僕は殆ど概要を知らないでいた。
しかしリコさんの人となりを知る参考人として園長が裁判に呼ばれ戻ってきた日、泣き腫らした顔を見れば彼女に決して非はなかったことくらい察するに有り余る。誰にもその件について語ることはしなかったけれど、在園時のリコさんと僕の関係をよく知ってた園長は、食い下がり問い詰めればほんの少しだけ話を聞かせてくれた。
「どうしてリコさんが?」
トラブルに巻き込まれた? それとも通り魔? 誰かをかばったとか?
ぐるぐる回る憶測は一言で否定される。
「ちょっとした口論で、ついカッとなったって……」
なんだよそれ、どういうことだよそれは。ぐるぐるしていた頭に一気に血が上っていく。落ち着きなさいと抱きすくめられ髪を撫でられたが、腕を突っ張り自分から離れた。ちょっとしたというくらいなのだから、命を取られなければいけないような事態なんかじゃなくて一方的な悪意がリコさんに牙を剥いたのだ。
「でも反省してるって言うから、ね?」
言い聞かせるように呟く園長の視線が、ほんのわずかだけ下に落ちる。僕に『貴方だって生まれた時は祝福されたのよ』と言う時も、この人はかすか震えるくらいの程度に視線が落ちるのだ。そんなことは恐ろしくて指摘できないけれど。
その頃どういうわけかRさんからの寄付が止まっていたが、この一件があまりにショッキングで誰も、僕すらも気にしていなかった。再びRさんからの寄付が再開されたその日までは。
先生たちが話している場面に盗み聞きのような形で遭遇してしまったため、寄付の再開を知る子どもは恐らく僕だけだ。
現金書留で送られてきた寄付の差出人住所が刑務所だったのだ。三カ月に一度のペースで送られてくるというそれは、ちょうどRさんからの寄付三カ月分の金額とピタリ合致していた。
Rさんがかつて振込日にしていた日は、リコさんの月命日とされる日でもあったのは偶然なんかではない。
室外に僕がいることも知らずに先生たちはその現金書留に戸惑い話し合っている。
高校受験を間近に控える年齢になっていた僕は嫌でも真実に気付いてしまい、頭の中で何かが崩壊する音がした。
リコさんからの便りと信じてやまなかった寄付は、リコさんの無事と成功を期待させるある種のアリバイ工作に過ぎなかったのだ。僕らのような身よりがない人間にとって、ある日突然音信不通になったとしても探してくれる家族はいない。いるとすればこのたいよう園だけだった。
それなのに僕たちは、犯人の工作にまんまと嵌められ呑気に三度も夏を迎えてしまった。
もっと早く気付いていれば。せめて夏祭りに初めてこなくなったあの年、すぐに探してあげていれば。結末は変わらなくても、ひとり寂しく雨風になんか曝されることもなかったのに。
好きな物を買えると信じていたお金が、大切な人を残酷に奪う冷たさに身震いしてしまう。アリバイ工作のつもりの寄付も、今は贖罪気取りでやっているだけなのだろう。
そんなお金で買った服なんて着られない。そんなものに救いなど感じられるはずがないのだ。
おねしょの布団を一緒に片付けくれたリコさんは。
唐揚げを内緒で分けてくれたリコさんは。
どんなに忙しくても最後は音読を聞いてくれたリコさんは。
何にもない寂しさを分かち合ってくれたリコさんはもういない。
大勢いる下級生の中でも、この僕には「弟みたい」と言ってくれたリコさん。擬似姉弟の関係を知らず知らず築いていたのはやはり、たいよう園に来ることになった理由が同じだったからだろう。唯一の肉親を失ったに等しい現実が心をじわじわと蝕んでいく。
しばらくして、Rさんからの寄付再開をみなに告げることにしたのが先生たちの結論だった。送金元こそ公表されなかったが、あくまでもお金はお金と処理することにしたらしい。
Rさんから寄付が届いたよと聞かされる日の夕食はいつもより豪華になっていた。出処が出処であるから、後に残らない食べ物で消化してしまおうという先生たちの意図が透けて見えた。事実を知らない他の子どもは大喜びだけれど、僕だけはやりきれない気持ちを抱えていた。
三カ月に一度のそれは、今も犯人がのうのうと生きていることを思い出させる異物に過ぎない。その日の食事はロクに喉を通らず、味噌汁だけを流し込んではおかずを全て下級生にあげてしまう。滅多に出てこないケーキすらもあげてしまえば流石に先生の目についた。
「具合でも悪いの?」
違うと首を振りかけ思いとどまる。お腹がユルいみたいで早めに寝ますと、味噌汁のお椀を下げた。楽しい夕食を台無しにするなんて野暮なことはしたくない。
僕たちは太陽の子なんかじゃない、ただの人間だ。
降り注ぐ光ならなんでもかんでも受け止められるわけじゃない。
持ってなくても受け入れ難いものはいくらでもある。事実を知ってしまった以上、Rさんの寄付は僕のアイデンティティすらも脅かす凶器になっていた。
豪華な食事が定例になりつつある頃、その凶器は僕に牙を向いた。
先生が全員に便箋を配り、Rさんにお礼を書きましょうと言ったのだ。今までだって寄付者が特定されるなら礼状を出すことは当然に行われていた。今回もそれに倣うだけだ。事件の衝撃は僕を除いてとうに和らいでいた頃だった。
その場で書き上げてしまう子もいれば、絵を描いてあげたいと居室に戻る子もいる。僕は何を書けるのか。
便箋の回収は明朝だ。布団に籠もって考え抜いても、浮かんでくるのは罵詈雑言のオンパレード。やっぱり書きたくなんかない。便箋を握りつぶし、隣の子を起こさぬよう静かに部屋を抜け出した。どういうつもりでそんな輩に礼状を出そうなどと言い出したのか先生に問い質してみるつもりだった。
廊下の突き当たり、宿直室からは会話が漏れ聞こえている。僕はまた盗み聞きの位置を取った。
「……反省しているみたいだし」
「……彼も大変な境遇のようで」
「……手紙で悔いて立ち直ってくれれば」
反省している? 立ち直る? 何を寝ぼけたことを言っているのだ!
父母に望まれなかった僕らは、互いに求め合うことでただ唯一の『自分』というものを手に入れたんだ。そんなささやかな後ろ盾を奪った命の冒涜者だけが立ち直るなんて、そんなの許せるはずがない。堪らず壁を殴りつけたところ、音に気付いた先生が出てきた。
「ヒロトくん……!」
「手紙なんて書かないからな!」
丸めた便箋を床に叩きつけて吠えると先生は目を丸くした。一寸おいて、僕の興奮の原因を察したようで何も言ってはこなかった。代わりに見せられたのは悲しく伏せた表情だ。厳しく叱られた方がずっとマシだったかもしれない。冷水を浴びせられた気持ちになって、たちまち怒りの焔が消え失せた。
僕だってもうガキじゃない。大人の事情というものについて考えることもできるし、許すとか許さないとか立ち直るとか立ち直らないとか、そんなものどうでもよいと気が付いているのだ。この手紙はたいよう園にとって重要なことも分かっているのだ。頭を振って「もう一枚ください」と呟いた。
「Rさんが誰か気付いてしまったんでしょう? 無理しなくてもいいんだからね」
肩に置かれた手にずしりと重量を感じた。
「その人は、ちゃんと反省してる?」
「そうじゃなかったらこんなこと出来ないと思うな」
この先生は園長と違って嘘がとても上手い。この台詞はどっちだと考えあぐねていたら「苦しくなるならいいんだよ」と言ってくれた。
「そういうんじゃないです。ちゃんと書くから、便箋ちょうだい」
日々電卓を叩きながら帳簿を睨みながら頭を抱えている園長の姿を知らないわけじゃなかった。支援の手はいくらあっても足りない、それが子どもを育てるということなのだ。園長は嘘が下手なのではなく、僕らに感情移入しすぎてしまうだけなのだ。そんな大人たちの努力を見ていたらわがままなんか言ってられなくて、今までだって自分を殺して生きてきたじゃないか。何を今更、恐れることがあるというのか。
『いつもありがとうございます。Rさんのおかげで元気に頑張れます。これからもよろしくお願いします。今度たいよう園に来てください。』
思ってもいない無難な台詞を並べたてた最後に、本音をひとつだけ混ぜた。一発ぐらい殴るかもしれないし、蹴っ飛ばすかもしれないし、かみつくぐらいするかもしれない。のっぺらぼうなそいつの顔を殴ってみたらぐちゃりと歪んで潰れる。陽炎と一緒にそいつを溶かしてしまう想像をしながら書き終えた便箋を丁寧に折りたたんだ。