1
「ここは・・・どこ」
目が覚めてすぐに見えたものは沼だった。
みんなが想像するようなきれいな森ではなく、今にも幽霊が飛び出しそうな雰囲気の森が広がり、背筋がぞわっとした。
「アガアァア」
声の壊れたロボットのようなイカれた声が聞こえたのは私の真後ろだった。
それに気づいたときにはすでにそいつは私の肩にかみついた後だった。
「うあああぁあああぁああぁあああぁあああ」
イタい イタイ 痛い いたイ いタい イタイ いたい イたい イタイ 痛い イタイ 痛イ イキタイ いタい イキタイ 生きたい イキたイ いキたい
イキタイ!!
その時私の頭にあったのは苦痛から逃れること、そして「生きること」だった。
生きることができるならなんだっていい。
どんな姿になってもいいからイキタイ。
そんなことを願ってしまったからこんなことになったのかもしれない。
次に目を開けたとき、私の目に映っていたのは腐った女の死体だった。
ただの死体ではなく、首がもげて腹が裂け、そばには目が落ち、足はもげていて、それが女だという確信がもてたのはその女がスカートをはいていたおかげだった。
そして、真っ赤に染まる ジブンノテ・・・
「なんで私の手が・・・アカ?どうなってるの?え?」
「システムメッセージ 種族が変わりました。人間から食人へ変更されました。」
「システム・・めっせーじ?」
頭の中にクエスチョンマークしか浮かばない。
人間はわかるけど食人?
食人ってなに?
しかもシステムメッセージって・・・・、声じゃなくて文字で伝わってくる。
目に直接焼き付けられてるみたいに。
「新スキル 創 について世界目録に登録しますか?」
「え・・?とりあず、NO」
「以上 システムメッセージを終了します」
「あ ちょっとま・・」
急にきて急に消えた「システムメッセージ」とやら、そして世界目録とやらは一体何だったんだろう・・。
でもあれのおかげで少し落ち着いたかもしれない。
「よし・・落ち着いて。そう、声に出して落ちつくの。大丈夫よ 志桜里」
自分で自分に話しかけて自分を落ち着かせる。
そして気が付いた、口がカピカピになってとっても話しにくい。
「まず、川を探して、それから手と顔を洗って、それから明かりを確保する。」
口に出して次にすることを確認して、行動する。
混乱した私には一番安心する方法だった。
しばらくフラフラと歩いていると水の流れる音が聞こえてきた。
川だと思って走っていくとそこには二人の子供がいた。
まだ子供だけど、つぎはぎの服を着て遊んでいた。
その時、私の頭には人間に会えた喜びしかなく、自分がいまどんな格好をしているとか、その子供の着ている服が私の知っている服と大きく違うとか、そういったことは全く頭になくって、ただただあの衝撃的な出来事を誰かに聞いてほしくて飛び出してしまった。
「あ あの!すみません!」
「キャー!バケモノが出た!!」
「アムナ!逃げるぞ!騎士様に知らせないと!」
その子供たちは私の姿を見るなり目をまるめ、指をさし化け物だと言ってきた。
なんて失礼な。確かに血まみれけど、化け物までいう必要ないじゃない、と女の子が逃げるとき落としていった小さな鏡を拾い、のぞきこんだ。
「う・・そ・・・・でしょ?」
そこにあったのはぼろぼろの顔、血の付いた口、そして左目がなくなっていた。
そうか・・。さっきあそこにあったのは私の目だったのか。
なんとなくそんな考えしか浮かばなかった。
ちゃんとした人間だったはずなのに、気づいたらゾンビになっていて片目を失った私の精神はきっとおかしくなってたんだ。
「さっきあの男の子、騎士様って言ってた。よく考えたらあの子たちが着ていた服ってまるで昔のヨーロッパの服みたい・・・。私の知っているようなものじゃないよ・・・・・。っていうかとりあえず逃げなきゃ!」
私は走ってきた方向に逃げた。
あの子供が言っていた騎士様が私の想像と同じなら、その人たちが来るのが恐ろしくて、見えない何かに追われているような気がして恐ろしかった。
「うっ!」
しばらく走っていると急に空腹感がやってきた。
「なんで?確かさっき弁当食べたはずのなのに・・・。」
私が最後に受けた授業は5時間目だったから少し前にお弁当は食べたはず。
なのに、まるで1か月何も食べていないような空腹感に襲われた。
何か食べたい。腹を満たしたい。
でも足は止めず、ひたすら走っているとさっきの死体の場所まで戻ってきてしまった。
しかし、そこには鎧をきた兵士たちが2人、女の死体を調べていたのだ。
「こいつはひどいなぁ。いくらこうなったからってここまで食い荒らされてかわいそうに。」
「でも人間に被害が出る前に食われてくれてありがたいけどな。」
「確かにな!生きたままこいつらにかみつかれたら、おんなじようになっちまうんだもんな。」
「理性をなくして食い荒らすだけのバケモノになるのはごめんだぜ。」
「だよな~。それでこいつ、どうする?背負って帰るにはちょっとばかし大変だぜ。」
「ここに埋めておくか。上官にはもっとひどい状態でした~って報告すればいいだろう」
男たちはそう言って腰の小さなポーチには決して入らないような大きさのスコップを取り出し、穴を掘り始めた。
「どういうこと?あのひとまさかゾンビなの・・・。っていうことは私もゾンビ・・?」
先ほど男たちが言っていた話をまとめると、私が知っているゾンビとまったく同じで、私もあの人も同じゾンビなのだと確信した。
そうして眺めている間に男たちは遺体を埋めて、そこから立ち去ろうとしていた。
その時になってようやく空腹感が戻ってきた。
「おなか・・すいたな。でも食べるものも持ってないし、おいしそうだなぁ。」
あの男たちを見て思わずそんな声がでた。
「誰だ!?」
想像以上に大きい声が出て、立ち去ろうとしていた男たちが私に反応し振り返った。
男たちの声に驚いた私は、先生に叱られたときのように背筋を伸ばした。
すると今まで隠れていた茂みから私の頭が出てしまった。
「なんだ!?またか??」
男たちはホッとしたような声をだした。
この世界ではゾンビはそれほど強くない部類に入るようだ。
「ちょっとまて、じゃあさっきの声は誰の声だ?」
「私の声ですけど・・・。」
思わず返してしまったけど、確かによく見る映画のゾンビたちはこんなに流ちょうにしゃべらない。
ウアーとか意味のない言葉を発しているだけだったきがする。
そういえばさっき私を襲ったあの女もそんな声を出していた気がする。
「しゃべった!?ってことは上位種か!」
「でもそんなの聞いたことも見たこともないぞ!もしかして変化系のモンスターかもしれ
ない!どっちにしろここは町に近い。倒すぞ!」
そういうなりその男たちは腰にさした剣を抜き、私に向けてきた。
「ちょっと待ってください!別に私はあなたたちに何かしようとしているわけではなくてですね!」
「黙れ!害虫が!」
気の短そうなほうが剣を振りかぶって走ってきた。
運動が得意じゃない私は、ろくに見ることすらもかなわず、気づいたころにはその男の人の剣は私のおなかに刺さっていた。
「ぐあ!」
思わず声が出た。
でも不思議と痛みは感じない。
あるのは衝撃だけ。
男はすぐに私のおなかから剣を引き抜いた。
倒れこんだ私の髪の毛をつかみ、頭を持ち上げて
「死んだか?」
「さあな。でも危ないからあんまり近づくなよ」
そう言った。
近づくなよ、とは言われたにかかわらずもその男は顔を近づけて私の顔を覗き込んだ。
その瞬間、私の空腹感がマックスなった。
目を開くと目の前にあった顔にかみついた。
「うああ!」
「マジかよ!」
ほほをかみつかれた男は痛みに叫び、そばにいた男は先ほどしまった剣を取り出そうとした。
私はただただ口に広がる血と肉の味を楽しんでいた。
そうしている間に私がかみついた男は急に意識を失った。
後ろに倒れた男に興味をなくした私は、そばにいた男にかみつこうとして、その男が剣をふりあげてるのを見た。
あぁ、また刺されるのはいやだな。そう思って、剣が当たる場所を少しでもずらそうと体をできるだけ横にずらした。
そうすると、想像していた以上に体は大きくずれて男の剣は私の体には当たらなかった。
剣を振りおろしたままの男の背中に飛び乗り、首にかみついた。
するとすぐにその男も意識を失い、地面に倒れこんだ。
そこで正気を取り戻した私は地面に倒れこんだ二人を見て、さっきの会話を思い出した。
「生きたままかみつかれると仲間になる」
「そうなってしまうと理性を失う」
そんなことを考えている間に、男たちはのそりと起き上がって、私のところにフラフラと歩いてきた。
「いや・・・来ないで!!」
もう少しで私に触れるという位置まで来たとき、私は叫んだ。
するとその男たちはぴたりと止まった。
「え・・?」
二人のゾンビに囲まれたまま私は口が開いたまま固まってしまった。
「と とりあえず少し離れて。」
そういうと二人は私から5歩くらい離れたところにそれぞれ立った。
どうやらこいつらは私の言葉に従うらしい。
立ち上がりよく見ると、さっきまで生きた人間だったのに今ではもうその面影はなく、肌は変色し、目はうつろになっていた。
「どうしよう・・・。なんか仲間作っちゃった?」