キャラクタ編
「先生私小説書きたいんですけど全く書けません。どうしたらよいですか?」
ミキは唐突に切り出した。
ここは小説作法研究家、カケルの研究室だ。
「またまたざっくりとした質問だね。その質問にはこないだ答えたじゃないか」
カケルは蕎麦をすすりながら答えた。コンビニで買ってきた蕎麦だが、なかなかうまい。
「謎を作れば物語は出来るって話でしたよね。そういえば隣の部屋にあった死体、どうなりました?」
ミキは大きな瞳をカケルに向ける。カケルは思わず眼を反らした。
「ああ、あれね。あれは君に説明するために用意しておいたエキストラさ。バイト代をはずんだので嬉しそうに帰っていったよ」
「そうですか。そんなことだろうとは思ってました。ホントの死体だったら一大事ですもんね」
ミキはケラケラと笑う。騙されやすい素直な子だ。世界がみなこの子のようだったら、きっと戦争なんて起きないだろう、とカケルは思う。
「そんなことより、小説書きたいって話だったよね。」
「そうです、謎を作るっていうのは、まあわかるんですけど、それだけじゃちょっと」
ミキは少し困ったというように眉を寄せる。その表情を見て、なかなかかわいいとカケルは思った。
「そう、謎だけではストーリーは書けない。他にもいろんなコツがあるからね。じゃ今日はコツの中のひとつ、『脇役キャラクタを出そう!』について話そうか」
カケルは最後の一口を食べ終えて言った。
「『脇役キャラクタを出そう!』ですか?いろんな人が登場してきたら話がこんがらがりそうですけど」
ミキは疑いの目を向ける。
「そのデメリットも確かにあるけどね。ところでミキ君は今どんな小説書いてるの?」
「何も思い浮かばないのでこないだここに来たときに起こったことをそのまま書いてます」
ミキは笑顔で答える。
「横着だね君は。でもなんでもよいから何か書く、という最低限のことは出来てるからそこは評価するよ。タイトルはつけてるの?」
「はい。『カクニハ談義』ってつけました」
「ひどいタイトルだね。君ね、タイトルもちゃんと考えないとだめだよ。小説を書くコツには『キャッチーなタイトルをつける!』というのもあるんだよ。東野圭吾先生の『真夏の方程式』なんてすごくいいタイトルだろう。僕、あのタイトル聞いただけで涙出てくるよ」
「直木賞作家と比べられてもこまります。でも、大丈夫です。パソコンでやってますから後からでも簡単に編集できます。
「・・・あ、そう。で、その小説、登場するキャラクタは僕と君の二人だけだろう」
「いいえ、最後にもう一人出しました!先生が双子ということにして、弟さんを」
カケルの顔色が変わる。ミキの顔を見たまま固まってしまった。双子の弟がいることは誰も知らないはずだ。偶然だろうか?
「先生、どうしました?」
ミキはカケルの顔を覗き込む。カケルはミキの目をしばらく見つめたが、その目に他意は見つからなかった。どうやら本当に双子がいることは知らないようだ。偶然とは怖い。
「・・・えっと、そう、脇役を出そうという話だったね。」
なんとか平静を取り戻し、話を続けた。
「だいたい小説初心者は会話をずっと主人公と相手の一対一でやりがちだけど、話が硬直することがままある。ここに第三者が加わるとまた話が変化するんだ。例えばいま、ここには主人公の僕とヒロインのミキ君、二人しかいない。このままでも物語は進めることは出来るけど、単調だ。ためしに脇役に登場してもらおう」
「ちょっと待って下さい、いつ私がヒロインになったんですか」
ミキが抗議の声をあげる。そうはいってもこの『カクニハ談義』、最終的に僕とミキ君が結ばれてハッピーエンドになることはもう決まっているんだが。
その時、研究室のドアをノックする音が聞こえた。
「お、都合よく誰かが来たようだ。第三者だね。出来るだけ意外な、面白いキャラクタのほうが盛り上がるんだけど、どうだろうね」といいながらカケルは扉を開けた。
「こんにちは、カケルさん。」
大きなツバの白い帽子を被った、スタイルの良い女性が入ってきた。はて、誰だろう。
「お久しぶりね」と帽子を取りながら女は答えた。「ちょっとカケルさんにお話があってきました」
「えっ、お母さん!?」とミキはすっとんきょうな声を上げた。これはなかなか意外な人物だ。さて、どうしよう。
「あれ、お母さん今アメリカで仕事してるんじゃなかったの?私と会うの三年ぶりだよね?それにカケル先生と知り合いなの!?えっ?」
ミキがどんどん設定を加えていく。大丈夫か?
「あらミキ、あなたもお久しぶりね。ついこの間アメリカから帰って来たのよ。そうか、学校カケルさんのとこだったわね。偶然ってあるものね」
「そうか、ミキ君は知らなかったね。君のお母さんのクミさんとは昔いろいろあってね。」
しょうがないのでカケルも話を合わせた。意外な脇役は来た。物語はどう変化するだろう?
「カケルさん、突然なんだけど昨日の夜、ここに女性が訪ねてこなかった?」
「女性?昨日の夜?いや・・・特に誰も来てないね」
カケルはしどろもどろに答える。
「そう、変ね。実は私の知り合いが連絡がつかなくて。調べてみたら、カケルさんのところへ行くといって昨日の夜出て行ったそうで、それから足取りがつかめないのよ」
まずい。ここに来ることは誰にも言わないように言っておいたのに。
「そうなんだ。しかし変だね。ここには誰も来なかったし、そんな連絡も受けなかった。」
額に汗がにじむ。とりあえずしらばっくれるしかない。
「先生、あのアルバイトの女性は?」
ミキがたずねる。よけいなことを。
「ああ、彼女は違うよ、朝来たんだし。」
カケルは部屋の壁時計を見る。
「えっと、悪いんだけど二人とも。これから講義があるんだ。話はまた後日ということにして、今日のところは帰ってくれないか」
「ええっ、まだ聞きたいことあったのに」
「講義ならしかたないわよミキ。久しぶりに会ったんだし、二人でご飯でも食べに行きましょう」
「そう、それがいいよ。悪いね。また今度」
追い立てるようにカケルは二人を部屋から出した。まったく、脇役を出したはいいが、まさか追いつめられる展開になるとは。死体は完璧に処分した。心配なのは彼女だけ。なにか手を打たなくては。
「兄さん、まずいことになったね」
双子の弟、イケルが天上裏から顔を出した。伊賀忍法免許皆伝なだけはある。
「イケル、今帰ったクミさん、ちょっとあとつけてきてくれないか」
「わかった。でも彼女隙があまりない。気づかれないように尾行するのは骨が折れそう」
「そうか、昔から彼女勘が良かったからな。できる範囲で良いよ」
イケルはうなずいて姿を消した。
「あとは・・・」
カケルは携帯を開けた。
「あれ、お母さん食事は?」
「ごめんねミキ、お母さんちょっと早急に調べなきゃいけないことができたの。食事はまた今度」
「もう、相変わらず自分の都合しか考えないのね。」
「悪いわね、今度必ず埋め合わせするわ」
そういって真っ赤なスポーツカーに乗り込む。
「この前も同じこと言って結局三年会わずじまいじゃない。まあいいわ。気を付けて」
「ありがとう。あ、それからミキ」
車のエンジンをかけてミキを見る。娘によく似た美人だ。
「カケル先生は嘘つきよ。昔からそう。くれぐれも気を付けてね」
そう言い残して赤いスポーツカーはうねりを上げて走り去っていった。まったくあわただしい。あきれるミキのポケットからメールの着信音がする。ミキは携帯を取り出し、確認する。カケルからだ。
『君の母親は何か隠してる。信用しないように』
メールの文面はそう書かれてあった。どちらも全く信用ならない。
母親が一年前から日本に住んでいるのは知っていた。カケルの隙を見て倒れた女性の脈をみていたのであれは本物の死体だったことも。まあ二人よりも私のほうがもっと嘘つきなんだけど。11月の冷たい空気を感じながら、ミキは笑った。




