聖女な私のジョブチェンジ
幸せな結末の、その先。
聖女たる私は、光輝く祭壇の前で小さく溜息をついた。
「これで、エンド100、全部集め終わったわよ~」
「おつかれさま。貴女のおかげで、ようやくこの世界も安定したわ 」
そう言って微笑むのは、金髪碧眼の神々しい美少女だ。
この少女の前では、主人公補正の私もさすがに霞んでしまうだろう。
それもそのはず、彼女はこの世界を作り上げた正真正銘の神さまなのだ。
私が、前の私であった頃、ただのしがない高校生をしていた。
その日もいつものように学校に行こうとして、交通事故に合い…多分死んでしまったのだろう。
気がつくと私は、この光の神殿にいた。そして、この美少女神さまに世界創生の手伝いを持ちかけられたのだ。
世界創生って、と最初は引いた。そんな仰々しいこと、できるはずがない。
私は、ただの一般人でしかないのだ。
しかし、神さまは、だからこそ!と私をここへ導いたという。
神さま曰く、影響力のある者では世界が異物に対して反発して安定しないとのこと。
…なるほど、平凡であればあるほど使いやすいということか。
妙に納得した私は、他にすることもないし、と神さまの提案に従った。
それが、繰り返す日々の始まりとも知らず。
* * *
神さまは、世界を安定させるべく平行世界の可能性を知りたいそうだ。
言うなれば、IFの世界を何度も繰り返して、もしもの可能性を把握したいとのこと。
それにより、世界が壊れる選択を回避することができるという。
今の神さまの世界は、もしもの緊急事態が起これば簡単に滅亡してしまうそうだ。
あまりにも世界を支える土台が不安定であり、それらの土台をしっかりとしたい、とのことだった。
平凡である私にはなんだか曖昧で到底わかりえないこと。
ただの人でしかない私に、何ができるやら…と頭を抱えた。
説明を聞きながら、ミッションの難易度にどんどん私は青ざめていった。
そして、震える声で神さまに問うたのだ「それで、私は何をすればいいのですか?」と。
それを聞いた神さまは、とても良い笑顔で教えてくれた。
「簡単よ。この世界の要たる男どもを惚れさせて、世界に定着させてください。 」
乙女ゲームですね!そう言って興奮した私は、ようやく自分が選ばれた意味を見出した。
私は、乙女ゲームが大好きだ。
選択する瞬間、それにより起こるイベント、乱立するフラグ、素敵スチル。
私は、そんな世界を愛しているのだ。
「それで、設定は? 攻略対象は? 世界観はどんな感じなんですか?」
いきなりやる気に満ち溢れた私に驚きつつも、神さまは教えてくれた。
主人公の設定としては、神の遣わした聖女という設定(そのまんま!)
攻略対象は、5人。グッド・ノーマル・バッドの三種類で、ハーレムエンドは無し。
世界観としては、ドレスとか騎士とかの中世スタイルで、魔法もあるとのこと。
そして、今回のキーワードは精霊だという。
と、いうことは、王子様・貴族・魔法使い・精霊使い・騎士…などなどが盛りだくさんということか!
楽しい、楽しすぎるぞ、その世界!!
「貴女には、彼らの行く末を教えてほしいの。後にこの世界の要たる彼らがどのように世界を救うのか、壊すのか…それを私に教えて 」
「よーするに、全てのエンドを出せばいいんですね。ちなみに、神さまが望む平行世界の数は? 」
察しの良い私に、ご満悦の神さまは「100よ!」と即答した。
* * *
それからの私は、神さまと入念に主人公である聖女の設定を作り上げた。
最初に主人公が現れる場所は? 口調は? 雰囲気は? そもそも聖女の設定とは?
神さまが設定した世界のターニングポイントが、精霊界との回路が上手く機能しなくなり、精霊が減少するという現象である。
世界の守りたる精霊が減ったことにより、作物が育たなくなったり、病気が流行ったりする。
そんな時、精霊の声を聞き精霊を呼び出すことができる聖女が王都に現れる、というところから平行世界が始まるそうだ。
聖女の役目は、精霊の声を聞いて五大精霊の守り人たる人間を探し、精霊界との繋がりを再び強固にするというものだ。
そして、探すべき5人が攻略対象である男性である、らしい。
ちなみに誰かについては、神さまから教えてもらった。(ズルいかもしれないが、ゲームだったらわかることだし)
火・水・緑・地・光の精霊の守り人たる彼らは、まぁ、それぞれのカラーの髪色をして、それっぽい性格をしているからすぐにわかるだろう。
そんな彼らと、私は惹かれあって、恋をする…。ふふふ、楽しすぎる。
「誰から攻略するか…悩みどころですね 」
「そうですね、私としては、やはり光の精霊の王子とか…緑の精霊の騎士とか… 」
「神さまは、紳士系癒し男子が好みなんですね~ 」
「え? そうなの?なんか、優しそうだから、貴女にもいいかなって… 」
なんて、楽しい話をしてターゲットを絞った私は、意気揚々と世界におりて行った。
そこから、めざせエンド100!聖女の伝説が幕を開けたのだった。
それからの私は頑張った。
画面での選択肢だけの恋愛と違って、生身の恋愛は本当に難しかった。
そうよね…考えれば、画面とばっかりにらめっこしていた私に、選択肢のない恋愛は難しすぎた。
始めは、何度もルートにすら入れない、ただのドノーマルエンドで、五大精霊の守り人を見つけるだけで終わっていた。
ルートにすら入らないなんて…と落ち込んでいた私を、神さまは励まして色々とアドバイスをくれた。
あのタイミングでは、こうしたらよかった。あの場面では、こう言えばよかった。
そんなアドバイスから、私は少しずつエンド数を増やしていった。
素敵で格好いい攻略対象たちのことは割愛するとして、私は神さまの作った世界が好きになっていた。
精霊たちを愛し敬う人々は、基本的に優しい。そんな人々を慈しむかのように精霊たちも優しかった。
もちろん、時に残酷なことだっておこるし、理不尽もある。それでも、この世界は奇麗だと私は思った。
そうして、世界の安定のために、と私は益々はりきってこの世界の攻略に力を入れていったのだった。
「…思えば、長かったような…短かったような…そんな日々でしたね 」
「えぇ、そうね。長かったわ… 」
しみじみ、と私と膝を突き合わせて座る美少女神さま。
「聖女、貴女のおかげで、この世界は安定に至りました…。さて、名残惜しいのですが、貴女の願いを叶えましょう 」
「願い… 」
そう、神さまは一番最初に私に言ったのだ。もしも、全て終えたら私の願いを叶えてくれる、と。
それは、元の世界に戻るでもよし、聖女としてグッドエンドの先の世界を楽しむもよし、とのことだった。
全能の神さまが優しくほほ笑む。そこで、私は、ずっと思っていたことを神さまにお願いしたのだった。
* * *
最初にお願いした場所で私は目を覚ます。
サラリと肩にかかる髪は、この世界では珍しくもない黒色。多分、瞳も黒だろう。
容姿についても、聖女の頃のように美の化身なんてお世辞にも言えない、普通の顔。
きっと、生前の私の顔に限りなく近い顔なんだと思う。
持ち物を確認すれば、想像以上に所持金やら装備やらが豪華だ。
ありがとう、神さま。
じゃあ、聖女からジョブチェンジしてやりますか、と私は近くの町を目指して歩き始めた。
* * *
高い塔から外を見ていれば、ごぅ、ごぅと沢山の人の声が聞こえた。
全て、私を捉えにきたのだろう兵士の音だ。
あぁ、長かった。ここまで来るのに、何度も挫折を繰り返した。
しかし、ここまできたのだ。この轟音は、私が、私たる役目を全うした証拠なのだろう。
世界の人々は、私を憎んでいる。
それでも私は、この世界の人々を、精霊たちを愛している。だから、
「この世界に決定的に足りない悪になるのは、私の本望だわ 」
優しくて、奇麗な世界。誰もが良心をもって、誰かのために生きている。
でも、もしも、そうじゃない者があらわれたら?
繰り返す世界の中で、私はその疑問を捨てきれなかった。
それに…乙女ゲームには、やはり悪女キャラが必要だと思うのだ。
稀代の悪女。世界を混乱に陥れる者。精霊の簒奪者。
そう、それらの名を欲しいままにして、私は暗躍を続けた。
エンド100回という知識は、伊達ではない。私はこの世界のことを知りつくしている。
どうしたら、世界がよりよく在りつづけられるだろうかという問いに私は一つの結論をだした。
それには必要悪が居る。
私は、後に名前を残す悪女となるだろう。
聖女たる資質を持ちながら五大精霊を私利私欲のために扱い、世界を壊しかけた。
そして、人々は学んだ。悪という存在がどのようなものであるのか、を。
今後、もしも私のような者が現れたとしても、もう、この世界は揺るがないだろう。
遠いところから私を見ている神さま、どんな顔をしているのかな。
怒っている?もしかして、泣いている? だとしても、神さま、これが101個目のエンドだよ。
聖女がいなくても、世界は精霊の守り人を見つけ出した。
こんな可能性も、あるんだよ。それを示すことができたから、私は満足。これで役目は終わりだ。
「おい、姫さん。とっとと逃げるぞ 」
静かに終えようとしていた私に後ろから声がかかった。
黒髪に黒い瞳で目つきの悪い、悪人面の男は、私の右腕的存在の護衛だった。
私がこの世界に戻ってきて、最初によった町で雇った男だ。
「逃げる? 」
「そうだ、このままだと逃げられなくなるぞ 」
珍しく焦ったような表情の男に、思わず微笑んでしまった。
「いいのよ。 五大精霊の守り人も見つかった。世界は悪を容認した。ならば、私の役目も終わりでしょう。…お前には、色々と助けてもらった。ありがとう。お前の顔は誰にも見られてないはずだから…逃げなさい 」
私の言葉を聞いて、男の表情が歪んだ。その顔は、納得いかないってこと?
「解せねぇな。…ここで終わるのか。こんなところで、終えちまっていいのかよ! 」
「…いいのよ。私の終わりは、ここだって決めていたの。お前は知らないだろうけど、私は何度も繰り返したの。そして、必要な物の存在に気付いたの 」
「意味がわかんねぇよ。でも、あんたは、何も憎んでいなかった。むしろ、全てを慈しんで守ろうとしていただろう。だったら、なんで、この世界はあんたをっ 」
優しい世界の優しい人。それは、目の前の男も例外ではなかったということだろう。
美少女でもない、ただの私に長い間仕えてきてくれた男。
最初は、精霊が見えないから丁度いいと雇ったけれど、彼のさりげない優しさにはずいぶんと助けられた。
彼が居たから、私はやりたいことを最後までやりぬくことができた。
私が私として世界を生きてこれたのは彼のおかげだろう。感謝しても足りないくらいだ。
「本当に、ありがとう。 どうか、この愛すべき世界で、貴方は幸せに生きてね 」
そこで、私は、ようやく瞳を閉じたのだった。
* * *
神さま…正座が長くて、足が痛いです。
そうして、還ってきた光の神殿で、美少女神さまに激おこモードでお説教をされている。
「貴女の願いだからと思っていましたが…こんなの、私は認めませんよ!! 」
別にいいじゃないか、私がいいなって思ってやっていたことなのだから。
「でも、神さま、これで101個目のエンドを見ることができたよね。世界はより安定するでしょ 」
「…そうも、いかないんです。貴女を送ったのは本流の世界。世界の本筋だったんです。貴女の働きは確かに、世界に可能性を与えてくれました。そして、6つめの精霊を呼び寄せてしまった 」
え?何それ、6つめって何々?追加ディスク的な!?
「闇の精霊が、目覚めているんです。…貴方の従者だった男。あの者は6番目の守り人だったようなのです… 」
「なんでぇえええ! だって、あいつは精霊とか見えてないって… 」
「それは、嘘です。多分、貴女の傍にいるために色々と偽っていたのでしょう 」
そんな…長い付き合いだったのに、全然気がつかなかった。これだから、画面じゃない対人関係は難しすぎるんだ…。
「神さま…もしかして、私、世界を壊しちゃう? 」
「いいえ、ただ、救済が必要だと思うのです 」
美少女らしい神々しい笑みで、神さまは私に最後の攻略者をつきつけて、問答無用で世界に落としてくれました。
* * *
目を覚ますと、不思議なことに聖女が降り立った泉にいた。
なるほど、設定としての聖女として、続けなきゃならないもんね。
それからの私は聖女スキルを使いまくって、この世界の現状を探った。
精霊の簒奪者や闇の女王とかまで言われている前の自分ことを聞いてなんとも言えない気持ちになりつつも、世界の救済者として私は闇の精霊が集う地を探した。
その途中で五大精霊の守り人たちが仲間になっちゃったり、なんか逆ハーみたいになっちゃって複雑な気持ちになったりした。
でも、みんな聖女って好きだよね。まぁ、美少女だし、神さまの加護があるからね。
じゃあ、ただの私だったときの私に優しかったあの男は、何を思っていたのだろう。
なんて、もやもやしている間に一向は闇の精霊が集まる地についた。
この地は、闇の女王がこの世から消えた地であったらしい。…道理で懐かしいはずだよ。
私のミッションとしては、闇の精霊に飲み込まれた男の自我を取り戻して、闇の精霊を制御してもらうこと。
最期に私が居たのは、確か…あぁ、ここだ。石造りの高い塔。
此処から見る風景が好きだったんだっけなぁ。
なんて、感慨深い気持ちになりながら塔を登っていると、気がつけば一人ぼっちになっていた。
そうか、全ての精霊の加護があり闇の精霊の加護もある私(チートww)と違って、彼らにはこの塔の中は相当苦しいだろう。
じゃあ、さっさと終わらせなきゃね。そうして、私は塔の一番上までたどり着いた。
「ラギー! あんた、なにやってんの? 私の最期の言葉、ちゃんと覚えているの? 」
男の名前を呼びながら、ちょっとケンカ腰で扉を開ければ、そこには最期に時と変わらない姿でたたずむ男が居た。
「だれだ? あぁ、噂で聞いた聖女か。…お前には用はない。俺が待っているのは 」
「あんたの都合は聞いてないです! さっさと、この精霊どーにかしなさいよねー!まったく、悪役は私だけで十分なんだからね! 」
ビシッと指を差せば、男の表情は驚きに変わった。よーやく気づいたか!
「姫さん…なのか 」
「そうよ、今回は聖女としての登場よ!て、ちょっと 」
大威張りで聖女らしく(?)胸をはると、目の前の男にいきなり抱きしめられてしまった。
「ちょ、そんなに寂しかったの? あ、あんた私に嘘ついてたんでしょ!精霊見えないとか言って~ 」
「あぁ、本物だ。あんたは、本物の姫さんだ… 」
久しぶりの再会なのに、なんだか温度差を感じるが…。この男そんなに寂しがり屋たっだっけ?
仕方なく、抱きつぶされないように手を伸ばして背中をポンポンとしてやった。
その瞬間、塔を覆っていた闇の精霊たちが消えていくのを感じた。正確には、無害になっていった。
「神の信託をもって、貴方を闇の精霊の守り人としましょう 」
そうして、私の聖女としての役目は終わりを告げたのだった。
ちなみに、ラギとのエンドはハッピーエンドしか出せなかった。なぜならば最初から好感度Maxだったから。
自分がどんだけ好かれていたんだか…ちょっと複雑な気分だ。
「姫さん、今のあんたキラキラしすぎてウザい 」
「むかつくー!! 」
しかも、こいつは、聖女の私じゃなくて前の私が良いという。
なんか、もう、恥ずかしすぎて聖女キャラできないんですけどっ。
「良いんだよ。俺の前では聖女でもない、ただのアンタでいてくれ」
そう言って、ラギが微笑むものだから、私は顔が熱くなっていくのを感じた。
その瞬間、ポンという音がして煙りに巻かれて、気がつけば私はあの頃の私に戻っていた。
「神さま…? 」
空を見上げれば、あの美少女神さまがにっこりと笑った姿が見えたような気がした。
ありがとう、と言う間もなく、ラギに抱きしめられる。
「おかえり、姫さん 」
「うん、ただいま 」
「もう、悪女になんてなるなよ。聖女もやめておけ 」
「…なれないわよ 」
そうして私は、聖女でもない悪女でもない、ただの私になったのだった。
連載にしようとして断念。
姫さん呼びを書きたかっただけという。