第2話 Purification・of・DESTINY(Ⅲ)
ベルカのターゲットは聖櫃だけでなく、この『ルードの指輪』もそのリストに入っていた。てゆーか、何故『神器』を『お宝』と呼び、それを狙うのだろうか。
それを考えるのは、この状況を脱してから……だよな、やっぱり。
キセルを銜え、銃口を向けるベルカの冷たい視線を浴びる僕の頬を一筋の汗が伝う。こんな緊張感、出来る事なら二度と味わいたくなかったのになぁ……
「さぁ、命が惜しいんだろ? さっさとその指輪をこっちに渡しな」
そう言うだろうとは思っていた。だって、常套句だもん……って、レイアさんならそう言いかねない。僕は迷わず指輪を外しにかかるけどね。だって、命あってのものだね、だからだ。ベルカの言う通り、命は惜しい。
とは言うものの、だ。あれから幾度となく指輪を外そうと試みたが、外れる気配は一向に見せてはくれない。
「残念ですけど、この指輪は僕の指から外れないんですよ。諦めてくれませんか?」
強がりや抵抗や反抗などではなく、これが実情なのだ。僕の言葉には諦めの念が過分に乗っかっているはずだ。
しかし、そこはさすがに海賊。予想通りというべきか、簡単に諦めるわけが無かった。
「外れない、だって? ふん、そんなバカな話があるか。坊や、アタシらが女だからって……海賊をナメるんじゃないよ! ま、どうしても『外せない』ってんなら……力ずくで奪うまでさっ!」
その言葉を言い終わらぬうちに、ベルカはご挨拶にとブラスターガンを一発、僕の足元へと撃ち込んできた。
「さぁ、どうする? 次は外さないぜ?」
その言葉に偽りはないのだろう。ベルカの視線は絶対零度よりも冷たく、視線を合わせただけで全てが凍りつきそうになる。
チラッとレイアさん達の顔を見やるが、やはり万策尽きたかのようにお通夜ムード全開なのが見て取れる。シンさんも右手を額にあてがい、目を閉じて首を振る。
指輪は外れない、加えてメンテナンス中だから神器の力に頼る事は出来ない、他に神器はない、おまけに海賊達に対抗出来うる武器も無い。とくれば、選択肢は唯一つ。
神頼み……じゃなくて。
潔くお宝を差し出す事……つまり、僕自身を彼女達に差し出さなければならない。僕の考えを察知してくれたのか、ベルカに向かって一歩踏み出した僕をレイアさんが呼び止める。
「アストッ! アンタ……まさか……?」
「……すみません、レイアさん。でも、この場を収めるには……僕にはこれしか方法が思いつきませんでした」
僕はみんなを救うため、海賊達への供物になる事を選択した。てゆーか、現時点ではそれしか選択肢は無い。
「アスト君!」
「アストっち!」
もしかしたら、僕はもうみんなと会う事は出来ないのかも知れない。でも、外れない指輪を差し出す事を拒否すれば、ここで全員が死ぬ事になるだろう。それだけは何があっても絶対に阻止しなければならない。
僕が彼女達の元へ行けば最悪の事態は免れるだろう。
これが最良の選択。
ここで誰かが死ぬ事はない。
生きてさえいれば……きっとまた必ず会える……そう信じる。
「レイアさん、シンさん、クリスさん……お元気で……」
一歩、また一歩と、キセルを銜え紫煙をくゆらせるベルカの元へ近づく。
「……坊や、何の真似だい?」
「さっきも言った通り、この指輪を外す事は出来ません。なので……僕自身を連れて行って下さい」
「はぁ? 何だそりゃ?」
「その代わりっ! その代わり……ここにいるみんなの命だけは助けて下さい! お願いしますっ!」
今までレイアさんには頭を下げてばっかりだったけど、レイアさん以外の人に頭を下げる日が来るとは……だけど、誰かを守るために頭を下げるのも悪くない気分だ。ましてやそれが、自分にとって大切な人のためなら……
本望だ。
僕は改めて『運命を受け入れる』という言葉を心に深く刻みつけるように反芻した。
「……坊や、名前は?」
「……へ?」
「名前を聞いてんだよ!」
「ア、アスト……アスト・モリサキ……です」
「アスト……か。よし、アスト。お前は今日からアタシのモノだ。文句は言わせないよ。さっさと船に乗んなっ!」
半ば強引に僕の腕を掴んだベルカは、ワイヤー・ガンを船のデッキへと撃ち込み、そのままデッキに向かって一直線に宙を舞う。
「うわわわわっ!?」
「暴れんじゃないよっ! ジャーナリストさん達よぉ……何だかアンタ達とはまた会いそうな気がするが、取り敢えずコイツは頂いてくぜ! アルヴィ、舵を取りなっ!」
「アイアイサーッ! 取り舵いっぱーい!」
「バカヤロッ! それだと至聖所に突っ込んじまうだろーがっ! 面舵だ!」
舵を取り直したベルカ達の旗艦『アルテミシア』は、聖櫃と僕を乗せて空を翔け出した。