第2話 Purification・of・DESTINY(Ⅰ)
至聖所へとやって来た目的は聖櫃の取材だった筈なのに……なんでこうなるのだろう? 取材にトラブルは付き物なのかもしれないけれど、身の危険を感じる事がこんなに多い職業だとは思わなかったよ、ジャーナリストってのが。
犯罪組織の次は宇宙海賊……かぁ。
ルードの指輪を見つめながら、僕はあの時、運命を受け入れると誓った事を思い出す。確かにそう誓ったけれど……何か違う気がする。
望まない運命まで受け入れなければならないのだろうか?
「アル、あいつらの首尾はどうなってる?」
「リオとグレイなら今こっちに向かってますぜ、お頭」
「そうかい、首尾は上々だな。それから……『お頭』って呼ぶなって何度も言ってんだろうがぁっ!」
どこから取り出したのか、トイレなどでよく見かけるスリッパでアルヴィの頭を思いっきり叩くベルカ。
すぱこーん、と耳障りのいい破裂音が至聖所全体に響き渡る。そして、それと時を同じくして至聖所の壁も豪快な音を立てて崩れ落ちてゆき、そのポッカリ開いた空間からはSTが顔を覗かせていた。
「ST!? なんでこんな所にっ!?」
「レイアッ! ちょっとヤバイわよっ!」
「な、な、な、何でっ!?」
「ほぅ……カスタマイズされたSTかぁ。コイツは凄い」
「何という事を……」
慌てふためくクリスさんと絶望に打ちひしがれているレビさんのリアクションは極めて正しいと思う。こんな時にでも冷静なレイアさんの姿勢は見習わなければならない。そしてシンさんは相変わらずと言うか……
「こンのクソバカメカオタク! なんでこんな時にSTをじっくり観察してるしっ!? 意味わかんないわよ!」
「え? だって珍しいじゃないか? カスタマイズされたSTなんてそうそう見れる物じゃないし」
「うぅぅぅるっさいっ! こっちは丸腰同然だって事、分かってんの!? こうなった責任取んなさいっ!」
レイアさんとシンさんが言い争っている間にも、2体のSTは聖櫃を外へと運び出そうとしている。さすがとと言えばいいのか、海賊らしく(?)肩部にドクロのマークが描かれている。
そんな事はどうでもよく、僕とクリスさんはたまらず2人の仲裁に入った。
「レイアさん、シンさん、あれっ!」
「ちょっと二人ともっ! いい加減にしなさいよね!」
レビさんはただただ呆然と立ち尽くしている。至聖所という神聖な場を荒らされてしまったのだから無理もない事なのかも知れない。
「船長! コイツを運べばいいんですかい?」
「ボス、脱出の準備はバッチリ出来てますぜ」
二体のSTから聞こえてくる声────おそらくはリオ・テイラーとグレイ・ボニータの二人なのだろう────その声に激しく反応したベルカが二体のSTに向けてスリッパを投げつける。
「だーかーらっ! そーゆー風にアタシの事を呼ぶなっ! ちゃんと『キャプテン』と呼べっていつも言ってんだろーがっ!」
何だろう、この既視感は。すっごく身近にこんな人がいる気がする……
「ん? 何よ、アスト?」
僕の視線に気付いたレイアさんが不機嫌そうにジト目視線を投げかけてくる。僕はすかさずその視線を回避……出来るわけもなく。
「いやー……何か……似てるなーって……いや、もちろんレイアさんの方が断然素敵ですよ!?」
「うぅぅぅっるるるっさぁぁぁいっ!」
巻き舌を絡めたレイアさんが、ギッチリと丸めた『至聖所案内観光ブック』で僕の後頭部を豪快に叩いてきた。ほら、やっぱり似てるよ……それはともかく。
聖櫃を抱えた二体のSTをこのままむざむざと見過ごす訳にはいかない! 僕は再度ルードの指輪に語りかける。
「おいっ、ルードの指輪っ! 答えろよっ! この状況を何とかしなきゃならないんだよ! 頼むから応えてくれ!」
しかし、僕の呼び掛けも虚しく、指輪は何も応えてはくれなかった。僕は『指輪の支配者』ではなくなったのだろうか?
ん? 待てよ。
それならばそれで良いのではないだろうか。僕は人間でいる事を望んでいる。『指輪の支配者』から解放され、特異点などと言う得体の知れない存在からも解放される……いい事ずくめじゃないか! でも、今はそうも言っていられない状況だ。今だけでいい。今だけ、僕に力を……僕は指輪を嵌めている右手の拳を左手で覆いながら力一杯握りしめた。手のひらに爪がくい込んでいくのが分かる。
僕は自然と祈るように目を閉じた。
『お呼びですか、マイ・マスター』