第2話 PLACE・has・NO NAME(IV)
「グレイはどうしてる?」
「ケイと一緒にアルテミシアにいるはずでさぁ」
「あとなんかもう一人イケメンさんがおった気がすんなぁ?」
「んだとぉ!? いや、そんな事よりも今はコイツらだ」
いつものベルカさんが戻ってきたようで僕は何だか嬉しくなってしまった。
図らずとも両陣営の睨み合いに割って入る様相になってしまったが、今の僕達にはベルカさん達と敵対する意味もつもりもない。必然的に僕はベルカさん達に背を預けるようにルキフ・ロフォへと向き直った。
「なんだぁ、アスト。背中から撃たれるたァ思わねぇのか?」
振り向く事なく僕は答える。
「大海賊が仲間を撃つなんて下手は打たないでしょう?」
「言ってくれるなぁ、オイ。役所の連中がいるのは気に入らねぇが、テメェら全員アタシのためにいい働きをしな」
「働きって何を……?」
「決まってんだろ! ブラフマンの名を騙る裏切り者を始末すんだよ!」
ベルカさんとルキフ・ロフォは互いを裏切り者と言い合うが、果たしてどちらの言い分が正しいのか。少なくとも僕は、傲慢で不遜なルキフよりも、傍若無人で利己主義なベルカさんの方がまだ信用できる。どちらが正しいかではなく、だ。
はっきり言ってどちらも正しくはない。かと言って自分が正しいとも思わない。何が正しいかなんて誰にも分からないのかもしれない。だけど、自分が信じた道をただひたすら歩んでいく者を咎める権利など誰も有してなどいない。その権利を保持しているかのようなJ・D・Uの、ルキフ・ロフォの主張は絶対に間違っていると僕は断言する。
「己が欲を満たさんがために大局を見誤るなど支配者の器ではない。我らドラゴン族と人間などという下等種を同質と考えたがそもそもの過ちだったという事か」
傲慢と偏見────まるで汚物を見るかのような視線を浴びせかける彼に対し、僕は今までに持った事も無い感情を抱いた。それは、ともすれば殺意へと変貌するかもしれない嫌悪感だった。しかし、そんな醜い感情を消してくれたのはクリスさんの一言だった。
「そうね、人間なんて欲の塊だもん。ワタシはイケメンはべらせてファビュラスに生きていきたいもの」
「ファビュラスという言葉の用法を間違えていると思うが?」
「うっさい、クソメガネ! だいたいアンタがあっちこっちフラフラフラフラ飛び回ってるのが悪いんじゃないワケ?」
「いや、ボク達はジャーナリストなのだからあっちこっち飛び回る……」
「ワタシはアンタのバディでしょう? だったらそういう事は二人でやらなきゃ意味が無いって言ってるワケ! 解る?」
クリスさんに言い包められタジタジなシンさんを見る機会などそうそうあるものではない。この痴話喧嘩をじっくりと見ていたいところだが、舌戦が繰り広げられているのはこちらだけではない。
「人間の本質は欲深く傲慢で醜いものだという事が解ったであろう。やはり我が導くしかあるまい」
「貴様が言うな! 貴様がやろうとしている事はただの独裁だ!」
「独裁の何が悪い? この世界は絶対的な支配によってのみ統治されるのだ。それとも、お前達に統治できるとでも言うのか? パルティクラールよ」
「我々は独裁的な政治など敷かん! 貴様とは違う道を歩んでいく」
「変わらぬよ。お前達のやろうとしている事と我が行う事も同じ政、それが政治という物だ。円卓を囲んで決議を取るも、我が世を図ろうとも結局は同じ道に辿り着く」
「そんな事があってたまるか! 俺達はお前なんかよりリック課長を信じてんだ!」
銃口を突き付けたままポールさんがルキフ・ロフォへと詰め寄るが、軽く掌を当てられただけのポールさんは大きく後方のクリスさんとシンさんが言い争う場へと吹き飛ばされてしまった。
幸いポールさんは大事には至らず、態勢を立て直してルキフ・ロフォへと向き直るが、レイアさんがそれを制してルキフ・ロフォへと歩を進める。
「人間など無力。この程度の力で吹き飛ぶ者に何が出来ると言う? 何も成す事は出来ぬ」
「それはどうかしらね?」
「特異点と言えど、この常識が通じぬわけではあるまい。我らドラゴン族は人間よりも優れているという事は明白。劣等種は優良種に導かれるが定理だ」
「アンタが言う常識ってのはただの固定観念。自分の常識が他者の常識だとは思わない事ね。百人いれば百通りの常識がある、だからそこに軋轢が生じるのも頷ける話。でもね、ほんの少しでもいいからそれを受け入れてみたっていいんじゃない? 自分の常識の中に無かった常識を受け入れる事で、今まで知らなかった新しい常識を見つける事が出来るかもしれない。アタシはそれを見つけるためにジャーナリストになったの」
レイアさんの言い分は理解できる。だが、その全てに賛成できるかと問われれば答えはノーだ。
人類とドラゴン族のどちらに正義があるのか、その答えをレイアさんは示していない。ポールさんじゃないけど、僕にはアンドロメダ銀河役所に正義があるように思える。どうにも僕は思った事が顔に出るようで、レイアさんに綺麗に表情を読まれたようだった。
「アンタの考えてる事くらい解るわよ。でもねアスト……真実は一つしかないとしても、正義が一つしかないとは限らないのよ。当然……悪もね」
「じゃあ、正義って一体何なんですかっ!?」
「それはアンタの中にあるモノよ。もちろん、アタシの中にもあるし、クリスやシンの中にもあるし、ルキフ・ロフォにもある。ベルカ……アンタの中にもあるんでしょ?」
唐突な意趣返しのように矛先を向けられたにもかかわらず、ベルカさんはそれを待っていたかのように淡々と答えた。
「アタシの中には正義なんてモンは無いね。そもそもアタシの中には何も無い。空っぽなんだよ……アタシは」
自虐的に空っぽと自らを評したベルカさんだったが、これまで見てきた限りではベルカさんはしっかりと一本筋が通った人だと思う。
彼女が『空っぽ』だと言うなら、僕なんかすっからかんだ。
善悪の定義は誰かが決めるものではない、そうレイアさんは言っているが、ならばリックさん達の行動に意味があるのだろうか。そして、ルキフ・ロフォをはじめとするオールトの雲の存在が正義だとするならば僕達の存在意義とは何なのだろうか。
「海賊に正義があるわけないだろうが! それとも何か? 新聞屋は海賊を正義だとでも言うのか!」
ポールさんの言い分は充分過ぎるほどに道理にかなっている。何が正しいのか、僕達は正しい道を歩いているのか、それを見極めなければならない。しかし、そう思っていたのは僕だけだった。
「ポーさんやアストっちの言いたい事は解るわよ。でもね、そもそも、正義だ悪だ、敵だ味方だなんて騒いでるのがおかしいと思うワケ。ワタシもレイアも、それと多分エミリーもそう思ってるハズ」
「何が正しいのかを見極める事は大事だ。だけど、それを正しいと信じ切ってしまうのは危険な行為だ。行き過ぎた正義は悪になりかねない」
クリスさんもシンさんもレイアさんと同じ考えなのだろうが、僕にはまだ納得できない部分がある。
僕の中にも正義があるのならそれを信じたい。だけど、僕はレイアさん達も信じている。そのレイアさん達の正義と僕の正義が違う方向を向いているなら、僕は何を信じればいいのだろうか────その答えは意外な所からもたらされた。




